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不況下での財務的な経営の舵取りについて

2021年年末・2022年初からの大きな株式市況やマクロ環境の変化に伴い、多くの企業、特にスタートアップやハイグロース企業においては、その経営戦略の変更を余儀なくされているところも少なくないと思います。

(いわゆるスタートアップ企業である)弊社10Xにおいては、元来より長期目線で着実に会社や事業の基盤を作っていく経営スタイルを取っていたので、大きく慌てることはありませんでした。とはいえ、大きな環境変化に対して、適切に対応していくために特に財務的な観点での経営上の力点の置き方をレビューし直しました。

ちょうどその取り組みも手をつけ始めてから半年程度経ってきましたので、同様もしくは近い状況にある会社の方々にとって何かの参考になったり、もしくはスタートアップのCFOが実際にどういう仕事をやっているのかイメージしたい方への参考になればという思いから、筆を取らせて頂きます。



まず大前提として

この市場環境の悪化は、「株式資本市場におけるスタートアップ(含むハイグロース企業)の調達環境の悪化 ・難易度上昇」と様々な地政学的な要因に伴う「実体経済・マクロ市場の不確実性の急激な増加」という2点に分解できます。

それまでは、(少し乱暴にいえば)資本市場からの資金調達が比較的容易&安価な資本コストで可能だった環境であり、多くの資金を大胆に調達し、それを(多少粗くても)とにかく成長につぎ込み続けて、その成長率を以ってまた大胆な資金調達を繰り返す、という攻め方が王道でした。

それがここに来て、(株式資本コストが高くなったことを契機に、)成長率の高さに加えて、成長投資に対しての効率性や確実性の高さが伴うこと、が重要な要素として求められるようになってきました。

つまり、以下のような環境変化を前提に財務視点で経営の舵取りをする必要が出てきています。

財務視点でのスタートアップ・グロース企業経営にとっての環境変化

詰まるところ、引き続きスタートアップ・グロース企業は、成長自体が最も重要な目的であることは変わりませんが、そこに向けての登り方を考え直す必要があると言えます。「目標の時間軸を短期に設定し続け、とにかく短距離ダッシュを繰り返してスピードで登り切る」スタイルから、「様々な不確実性を想定しながらそれを乗り越え続け、力強く長期で成長し続けられる状態を整える」というモードに切り替える必要が出てきています。

環境変化を受け実際にフォーカスした(している)こと

ここからが本題です。

上記の環境変化を受けて、具体的にこの半年どういったことを意識しながら取り組んできているかを3つのステップに分けて、簡単に触れて行きます。(もちろん企業の置かれた環境によって、とるべきスタンスは違うと思うので、参考程度に見て頂けると幸いです。)

1/まずはとにかく資金的に生き残れる状態を確保し続ける

今回の環境変化に伴いまず重視すべきは、とにかくキャッシュフローを確保し続け、会社が長くチャレンジできる環境を整えることだと考えました。

資本市場の変化に伴い調達の難易度が上がったり、valuationが厳しくなったりするのはもちろんですが、さらにマクロ市場・実体経済の不確実性も高まる中、今後の事業成長・売上計画に対する不確実性(とくにダウンサイド)も考慮して様々なキャッシュフローシナリオ、ダウンサイドケースのバックアッププランを作り、どのような状況でも会社が継続して戦い続ける状態を確保できる準備を進めています。

特にキャッシュフローマネジメントにおける注力領域として、(1) 次の事業成長マイルストーン達成までの適切なrunway確保、(2) 事業からのCF(特に営業CF)へのfocus、(3) 様々な調達ソースの確保、の3つの意識を強く持つようにしています。

(1) 次の事業成長マイルストーン達成までの適切なrunway確保

今まではそれなりに順調に成長していれば、runwayが短くなったところで次の調達をより高いvaluationで重ねていくことが自然にできていたと思います。ただ、足元の環境を踏まえると、今後会社運営する中で、「想定していたよりも成長スピードが鈍化したことにより調達の難易度がさらに上がるケース」や、「runwayが足りずに十分次のステージに向けたマイルストーンに到達する前に調達に動かざるを得ないケース」などが起こる確率が上がっています。

それも踏まえて、改めて様々なダウンサイドケースも想定しながら、runwayをできる限り長く保ち続けることが重要です。もちろん(株主にとってのスタートアップの価値は将来の成長の期待値 = Terminal Valueが実質全てなので、)成長し続けなければ何の意味もないのは大前提で、そのために改めて成長と成長投資のバランスを取っていく形になります。

結果として、従来のとにかく成長の機会に対して全方位的に投資するというやり方よりは、(顧客セグメント・プロダクト・グロース施策などのそれぞれの切り口で)成長投資の効率性や確実性・再現性が高い領域をシャープに見極めて、優先順位を付けた(カネやヒトの)リソースアロケーションをサポートする方向に舵を切っていくイメージで進めています。(具体例を挙げると、例えば外部要因に影響を受けづらく再現性を作りやすいfocusの一例として、既存顧客から作ることができる売上成長であるNRRにスポットを当てていくなどが考えられます)

また、確実に会社としての次の重要なマイルストーンにヒットさせる確度を高めるべく、特に重要性の高いものに対しては、「何を達成したいのか」、「どう達成していくのが良いのか。最大のリスクは何か」、「達成にために必要なリソースやサポートは何か」などについて、管掌する部門や担当者とのディスカッションを(状況変化も早いので)頻度と深さどちらも強化し、財務の立場からサポートしていくイメージです。

(2) 事業からのCF(特に営業CF)へのfocus

資本の調達コストが非常に安い状態から、一定資本コストが上がった足元の環境においては、相対的に事業からのキャッシュフロー(CF)、特に営業CFの重要性が増してきているとも言えます。

スタートアップやグロース企業においても、例えばクライアント企業からの入金タイミングを早めてもらう方法を考えたり、仕入れ先への支払いを遅らせるなど、運転資本の効率化を計りCCC(キャッシュコンバージョンサイクル)を改善する、もしくは改めてプライシングやそれに対する提供コストを見直すことで営業CFを改善していく余地はあるので、この辺りは成長スピードに影響のない範囲で、やれることをしっかり探していき、(中長期でみてインパクトのある形で)新たなCFを捻出することを意識しています。

(3) 様々な調達ソースの確保

少し前までは順調に会社が成長していれば投資したいという投資家は集まりやすく、多くの会社がオーバーサブスクライブになる状態でしたが、足元は投資家側も相当選り好みする状況になっています。改めて、足元の投資家のスタンス(どういう企業であれば積極投資したいと思うのか、今後の成長の時間軸やトライしていくチャレンジをサポートしてくれる可能性が高いか、など)を見極めながら、(様々なシナリオに備えるべく)投資家パイプラインの拡張を行ってきました。

結果としてこうした状況下でも、(例えば上場までの時間軸に対する不確実性は上がっていますが、)長期的に産業を変革していくような大きなチャレンジをサポートしてくれる投資家もいることが確認できていますし、(逆に、昨年より温度感が変化している投資家もいますので)本質的にどういう投資家と長期的な関係性を気づいていくのが良いか、ということを考えさせられるきっかけにもなりました。

さらに株主資本コスト上昇により、改めてDebt調達の相対的な重要性も増してきています。弊社は従前より、将来的な大型のDebt調達の可能性やWACCの最適化も見越して様々な銀行との関係性作りを促進してきましたてが、これを機により踏み込んだ形でのDebt調達(運転資金融資やレベニューベーストファイナンス、ブリッジローン、クラウド型社債などの様々なオプションを銀行と共に協議していく)の議論を深めています。

その中では、(赤字になりがちな事業に対して融資を獲得してくるために)セグメント別のP/L作成や固変分解含めたコスト構造の分解など、リスクプロファイルを銀行などにわかりやすい形で分解していくなどの工夫が重要と感じています。Debt拡大がスムーズにいけば、runwayに余力を持たせられ、より成長に対して大胆に投資していける環境を作りやすくなると思っています。

このプロセスを進める中での嬉しい発見としては、一部の銀行は、むしろこういう状況こそ、有望で大志を持つスタートアップを支えて行きたいという積極的なスタンスを表明頂けたり、(弊社の場合は地方の小売企業との協業も多い中、)地銀からも積極的な支援のお声がけをいただけるようになってきていることがあります。

2/メンバーに対して状況説明し、安心感を持って取り組んでもらえる状態を作る

上記のキャッシュフローマネジメントの強化の次の段階で取り組んでいることは、社員などの主要なステークホルダーに対して、足元の状況や今後のキャッシュマネジメントプラン、社内施策の優先順位付け、その中に含まれている不確実性やそれをマネージするためのプランなど、をしっかりと伝えることです。

何より、環境変化に伴い、当然様々に不安に感じることは出てくると思うので、むしろオープンに会社の置かれた状況、不確実性やチャレンジングな部分なども含めてしっかりと説明し、伝えていくことで、日々の取り組みに安心して集中してもらうことが大事だと思っています。

実際に以下のブログの内容をさらに掘り下げて具体的な数字も入れた詳細の内容を経営から社内のメンバーに説明するセッションを設け、そこに既存株主のDCM原さんにも出席頂き、客観的な視点でのコメントも頂きました。更に、(これは従来からもそうですが)Cash-burnやrunwayの状況、今後の24monthのCF計画なども定期的にメンバー向けに説明していますし、新たに入るメンバー向けにも個別に事業計画や資金繰り状況の詳細説明セッションも設けています。

こうした会社のキャッシュマネジメントや今後の山の登り方、市況への向き合い方に関する丁寧な説明は、今いるメンバーだけでなく、(未来のメンバーになり得る)採用候補者などの方にも説明させて頂く機会も多く、改めて不安が生れがちな環境における説明責任を果たす重要性を強く感じています。

更にこうした環境下で、前述の通り、短距離走の積み重ねでの登り方よりは、(時間軸の不確実性を伴いながら)長期戦で大きな会社・事業を作っていくような戦い方になっていますので、社員向けのインセンティブについても改めて長期の会社の成長に適切にアラインするものとしてブラッシュアップできないかということも議論しています。(従来より、弊社はSOを会社成長と個人のインセンティブをアラインする仕組みとして運用していますので、その方針や大枠の仕組み自体には大きな変更はありませんが、より時間軸の不確実性に対しての備えをインセンティブプランに織り込むためのブラッシュアップです)


3/(上記を確保した上で、)成長に向けた積極的な投資機会を追求する

ここまでは比較的有事モードの守りのトーンの話が多かったですが、同時に(我々が今後10-20年と会社を長期的に成長させていく方向性から逆算すると)この機会は大きなチャンスにもなり得ると捉えています。

例えば、景気やマクロ市況は歴史が証明する通りサイクル性があり、必ずどこかで戻ってきますので、そこに向けて今のうちに成長の基盤を仕込んでおくことは大事だと思います。また、そもそもスタートアップのプロダクトや事業の仕込みは、領域によっては華が開くまで数年かかるものも多く、施策を実行してから財務的な数字に結果が出るまでの時差を踏まえると、数年後、将来利益率よりも売上成長がより評価されるフェーズになった時にその波に乗るには、今から仕込んでおく必要があるかもしれません。

加えて足元の環境ではどの会社も経営の難易度は上がっている中で、こうした環境でも人材や事業に大胆に投資できる会社であれば、むしろ他の企業に対してより一歩も二歩も前に出られるかもしれません。(Nstock/SmartHR宮田さんのブログにも「雨の日なら15台抜ける」というアイルトンセナの言葉が引用されていました)

当然闇雲な攻めの投資はこうした環境で当然welcomeされるべきではないですが、上述したように適切なキャッシュフローマネジメントができており、社員メンバーへの説明・理解度・納得感の醸成がしっかりできている状態においては、期待されるリターンに対する不確実性が高い領域でも、中長期視点での攻めの投資に投下できる余力の幅(キャップ)を明確化し、そこに意識的に一定のリソースを大胆に投下することが大事だと思っています。

ダウンサイドに対する手当やその予見がしっかりできているからこそ、会社として「攻めて良い幅」が明確に決めていける。守りを固めた上で、積極的に攻めに打って出ることが未来に向け差を生み出す重要な論点と感じています。

詰まるところ、キャッシュフローやrunwayという守りを固めながら、攻めるべきところには投資するという両利きの戦い方が求めらます。そして、この実効性を担保することも簡単ではなく、これは経営だけの問題ではなく、会社のメンバーも巻き込んで初めて成り立つものです。メンバーそれぞれが「絞るところと大胆に攻めるところのメリハリ」を意識・自覚しながら自律的に進めることで、初めてスピードと効率性の高さを高いレベルで両立できるのでは、という仮説から、以下のような企業価値インパクトと各部門やメンバーの取り組みの繋がりを可視化する取り組みも推進しています。

会社の企業価値構成要素を各施策で動かせるレバーレベルまでブレークダウンしたもの

最後に

ここまで大きなアップダウンを身をもって経験したことのある人は決して多くなく、我々としても過去からの先人の学びや一緒に同じ時代に戦っているスタートアップの皆さんとの意見交換等を通して、こうした荒波における舵取りを試行錯誤しています(ので、当然これで完璧ではなく、これからも見直し続けるものになると思います)。

いずれにしても後から振り返って、「難しい環境で揉まれたことが、会社が大きくなる上で、強い土台を踏み固める良い機会だった」と言えるよう、今を精一杯チーム一丸で頑張っていければと思います。

最後になりましたが、スタートアップは、今の事業規模や組織規模を見れば世の中にとってはまだ何者でもない存在であり、とにかく長期に渡って、10x、100x、1000xと成長していけるようにチャレンジし続けるかが、スタートアップの存在意義そのものです。そのために、マクロ環境などの波に振り回されずに長きにわたり安定して成長し続けられるような準備を常日頃からできるかが重要だと今回改めて気づかされる機会となりました。

その観点で実際にそれを成し遂げた偉大な先人達から学べることは多いと思いながら、気持ちの良いくらいの右肩上がりのグラフを眺めつつ本noteを終わりにしたいと思います。


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