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ハイグロース企業のインセンティブストラクチャーに関する考察

8/13更新:本noteの最後に本考察に対して頂いた質問への回答を参考として追加しました。

昨今、スタートアップ界隈でSOなどの株式報酬に関する話題が盛り上がっています。今後、(北米などと同様に)日本でもスタートアップやハイグロースな企業に多くの優秀な人材が流れ、それが日本経済成長の牽引装置となっていくためにも、より「魅力的な株式型報酬の必要性」に焦点が当たっていることは歓迎すべきことと思います。

また(未上場のスタートアップだけでなく、)コーポレートガバナンス改革の流れも汲み、上場企業においても、経営陣の短期思考を是正し、より中長期の企業価値成長にアラインしていくためにも株式報酬を持たせていこうという流れがあることも見逃せません。事業モデルや保有資産のポテンシャルを再度抜本的に見直し、企業をターンアラウンドしつつ、新たな成長カーブへと乗せていく必要性の高い多くの日本企業にとってクリティカルな動きになっていると感じます。

ただ、日本の株式報酬の適用はまだまだ黎明期であり、「SOなどの株式報酬がないより、あった方が良い」ということ自体はかなり普及してきているものの、現金報酬とのバランスや株式報酬の水準等の「報酬設計のあるべき」に関する考え方はまだまだ情報も限られていると感じます。

私自身はPE時代から株式報酬に触れる機会も多かったです(PEは投資先の経営陣に対してしっかりとした水準の株式報酬を渡し、その分明確に中期成果にコミットしてもらう、というスタイルです)。その後PEからスタートアップ業界に移り様々な試行錯誤を繰り返す中で、特にハイグロース企業においてのインセンティブストラクチャーについて、一定の知見が溜まってきました。

今回は、株式報酬の重要性がますます上がっていく中で、今後インセンティブストラクチャーを設計される方や、逆にそうしたインセンティブプランを受ける側の経営陣や社員の方の参考になればと思い、(弊社10Xにおける設計も踏まえつつ、)私個人としての考え方を記載させて頂きます。


そもそもなぜ株式報酬を設定するのか

最初に触れたいのは、そもそも株式報酬設定の意図は何なのかという点です。実際、株式報酬は、会社が中長期の企業価値を最大化するために極めて有効な手段となるのですが、それは主に以下のような理由からです。

中長期の企業価値成長に経営陣や従業員をアラインするため

  • 株式報酬を通じて、経営陣や従業員の金銭的なリターンを中長期の株価に紐づけることで、明確に経営陣や従業員が「中長期の企業価値を意識」し、それに対して「どう企業価値を高めるかを考え」、「モチベーション高く企業価値向上に向けて行動してくれる」ということに繋げられます。

  • 上記の中でも、特にモチベーションの文脈はよく語られますが、その手前でそもそも経営陣や従業員が「中長期の企業価値を意識」するきっかけとなること自体も重要と思います。これによりトップダウンだけでなく、ボトムアップから会社の成長に対する自発的な行動・一体感を作りやすくなると思います。

  • 弊社10Xでも全社員向けのSO制度を導入していますが、新しいメンバーの入社時に、SO制度の説明に合わせ、その延長で会社の中期事業計画を説明させて頂く機会も多いのですが、その際に企業価値向上に対する社員の関心度の高さを感じています。(逆にいうと株式報酬を付与するだけで、会社の中長期計画等を社員に説明していないのは片手落ちとも言えるのかもしれません)

成果報酬として、優秀な人材の確保による短期的な人件費の増加をコントロールするため

  • 上場企業の経営者・役員をやるような人材は当然市場の報酬水準も高いです。またスタートアップにとっては現金支出は会社の存続を左右する最重要なものです。

  • こうした状況下、企業としては、人件費をコントロールしつつ、将来の企業価値を最大化できるような優秀な人材を確保しなければならないという両面の命題を抱えており、その視点で株式報酬は成果報酬型という性質上、この命題との相性が良いです。

  • 株式報酬は短期的に会社にとっての現金支出を発生させず、その代わり事業成長が実現し、企業価値が高まった際には、換金可能となり大きなアップサイドの報酬を得ることができるという制度なので、(短期的な現金拠出を抑制しつつ)優秀な人材を中長期に渡り、会社に貢献してもらうように動機づけできる、というメリットがあります。

  • 補足ですが、弊社10Xは従来より、SOは現金給与(報酬)の補填という考え方はしてきませんでした(あくまで早期にリスクをとってくれたメンバーに対するアップサイドシェアという位置づけ)。それは特にアーリーフェーズではSOの将来の現金化の不確実性が高いためで、現金給与とは全くリスクリターンのプロファイルが違いすぎるためです。他方で企業としてのフェーズが進んでくることで株式報酬の現金化の確実性は高まってきますので、この点、SOの他の報酬とのバランスや位置付けは企業フェーズによって変化してくるものと捉えています。

企業価値向上に対して自信のある人のスクリーニング効果

  • この点はPE時代はなかなか気がつきませんでしたが、実際にスタートアップの経営として日々SOを活用する中で強く感じています。

  • もし新しいマネジメント人材の採用のオファーの際に、(1) 現金給与2,000万円 + 株式報酬なし or (2) 現金給与1,000万円 + 株式報酬1,000万円(=例えば、これは企業が成長すれば2,000万円になり、そうでなければゼロになる)、という2つのオファーをした場合、(2)を選ぶ人は「自分自身の貢献で企業を成長させられると自信があり、長期で会社の成長にコミットする意識も高い」傾向があると感じます。

  • 単純な話ですが、こうした株式報酬の比率が高いストラクチャーを掲示することで、その実現に対して強い自信とコミットのある方を自然と迎え入れることができるという、スクリーニング効果が期待できます。

これらの「why株式報酬」を個社事情を踏まえてどう定義するかが、全ての株式報酬の設計の具体における意思決定の原点となるため、個別企業においても上記のような「株式報酬設計の狙い」を明確化してから次に進むのが良いのではと思っています。

現金報酬と株式報酬全体の設計について

私が個人的に参考にしているインセンティブストラクチャーを持つ企業はオリンパスです。オリンパスは、2018年にValueActというグローバルでも一流のエンゲージメントファンドが株主に入り、祖業である科学事業や過去会社を牽引してきたカメラ事業の売却などを大胆に進めてきました。その過程でValueActからのアドバイスもあったのか、経営陣に対するインセンティブストラクチャーも極めて合理的な形へと大きくシフトしていきました。

上場企業として情報開示もしっかりされているので、適切な報酬設計を考える上での参考にさせてもらっています。

具体的に見ていくと、オリンパスは経営陣である執行役に対する報酬制度を以下の3つに分けて設計していると開示しています。

執行役の報酬は、固定報酬である基本報酬(BS)、業績連動金銭報酬である短期インセンティブ報酬 (STI:Short Term Incentive)、および非金銭報酬である長期インセンティブ報酬(LTI)の組み合わせとします。

オリンパス株式会社23/3有報より https://www.olympus.co.jp/ir/data/pdf/annual155PA.pdf

BSはBase Salary、つまり基本給(基本報酬)のことです。STIは、短期のインセンティブで、オリンパスの場合は売上高25%・営業利益率25%・品質目標50%の比率で単年度の目標達成状況に応じていわゆるボーナスの拠出金額が上限する形です(註:品質目標が高いのは現在のオリンパスが医療機器メーカーとして品質の重要性の高い業界に注力しているためです)。最後にLTI、これが長期のインセンティブ報酬で、株式報酬(RSU等)の形で拠出されています。これは株式報酬なのでまさに中長期の株価の最大化を経営陣のゴールとしてもらうために拠出されているインセンティブです。

上記の通り、オリンパスは、BS(固定現金報酬)+STI(短期賞与)+LTI(中長期株式報酬)という組み合わせで経営陣の報酬を供与しており、短期と中長期のゴール設定とのバランスの良いインセンティブ制度として、弊社10Xにおいても近い考え方を導入しています。(現状10Xは営業CFを潤沢に生み出せるフェーズではないのでSTIはまだ導入する段階にはなく、BS+LTIという組み合わせです。これは他の未上場スタートアップでも同様の対応が想定されると思います)


株式報酬の提供水準に関する考え方

次に、株式報酬といっても、どのくらいの規模の報酬を供与するのが適切なのでしょうか?よく「CxOならx %くらいのSOが欲しい」といった話も見聞きしたりするのですが、実はあまりそこに明確な根拠はないことが多く、どういう思想/考え方をベースに株式報酬の付与規模を決めるべきか、というのは私自信、従来答えを持っていませんでした。

これに対する一つの解としてオリンパスの事例が参考になります。オリンパスの有報には以下の記載があります。

経営陣の株式保有比率が低いことはむしろリスク

株式保有ガイドライン
1. 投資家と経営層(執行役)の利害の共有を図る目的で、株式保有ガイドラインを設定します。
2. 株式保有ガイドラインは以下とします。   
・執行役は基本報酬の5倍以上
3. 株式保有ガイドラインは、目標達成状況に左右されますが、おおよそ就任後5年で達成するレベルとしています。

オリンパス株式会社23/3有報より https://www.olympus.co.jp/ir/data/pdf/annual155PA.pdf

つまり、経営陣に対しては、基本報酬に対する比率として、一定水準の株式を持ってもらうことが株主と経営陣の利害の共有を図るために大事(むしろ経営陣の株式保有比率が低いことは、経営陣が株価以外のインセンティブで動く可能性に繋がるのでリスクである)と言い切っています。

ここは私も最初見た時、かなり衝撃を受けました。

その後、よく分析した結果、今では極めて理にかなっているなと感じています。(弊社10Xでも同様の考え方を導入し、経営メンバーを中心にしっかりとした比率の株式報酬を積み上げていくことを明確な株式報酬設計の狙いとしています)

経営陣の適正な株式保有水準は基本報酬の5倍以上

また、オリンパスの株式保有がガイドラインの中で、基本報酬の5倍の株式保有をターゲットとし、そこに就任後5年程度で到達してもらうというバランスも非常に(絶妙なバランスの)参考になる水準だなと感じています。

これはどういうことかと言うと、基本現金報酬2,000万円の執行役がいる場合、毎年平均で2,000万円程度の額面の株式報酬を提供し、5年で累積1億円程度の株式報酬を持ってもらうことを目指すと言う形になります。この5倍という思想の裏にある考えは、1億円の株式を持っていれば、株価が例えば2倍になれば追加1億円の利益を得ることになり、現金報酬2,000万円の執行役にとっても十分かつ何よりも株価を上げることを優先するモチベーションになる、というイメージです。

弊社10Xの場合でも、経営メンバーやそれに準ずるラインでは、BSの1倍近い水準を1年間の株式報酬として安定的に提供すること、メンバーレイヤーに対しては、その性質上、もう少しBSに対する比率は下がりますが、例えばレイヤーごとに20%, 30%, 50%等、十分(企業価値向上への貢献度とのバランスを見つつ)魅力的な水準になるようにSO付与の水準を設計しています。

ちなみに5倍というのはあくまでオリンパス個社事情を踏まえた事例です。未上場のスタートアップの場合は株価自体の上昇速度もかなり高いので、上場企業等と比較すると、例えばBSの1倍の株式報酬のアップサイドはかなり大きくなるので、そのあたりは多少補正して考えても良いかもしれません。

最後に

株式報酬は適切に設計すれば企業成長の強いドライバーになる

当然、株式報酬の拠出は、既存株主持分へのdilution(希薄化)を伴うものなので、何でもかんでも配布すれば良いというものではないのですが、適切な規律や明確な思想・目的を持って配布することは、企業価値成長を牽引できる人材を惹きつけ、目指すべき目線を中長期の時間軸の下にアラインし、一体感を作りながら変革の創出に挑戦していくための重要な基軸となり得ます。

企業価値が大きく成長した先に、投資家は大きなキャピタルゲインという果実を得るわけですので、この成長に対し汗をかきながら貢献し、牽引する経営陣や社内の主要メンバーが同じように株式を保有し、目標の足並みを揃え、モチベーション高く目指していく意義は小さくないと思います(むしろ、こうした構造がない状態の方が不健全と感じます)。

スタートアップから日本を盛り上げる

SO・株式報酬の魅力として、IPO後等の流動化のタイミングで一定まとまったお金が貢献した人材に入る、ということも重要です。結果、この資金を活用した起業などの新たなチャレンジ・アントレプレナーシップの発揮を後押しすることにも繋がるので、日本経済にアントレプレナーシップが普及していく触媒のような効果も持っています。

更に、そもそもリスクをとったチャレンジをすることで、(普通のビジネスパーソンがなかなか得られないような)大きな金銭的な果実を得られる機会がある、実際にそうした事例が身近に出てくるということ自体、盛り上がりや上昇感を創出するものですし、閉塞感を打破する良いきっかけになるのではと感じています。

日本のSO制度の今後の進化の方向性への期待

最後に上記のような効果がより強く発揮されていくために、日本のSO制度に期待する今後の進化の方向性について私見を記載します。

最初に、上場前のセカンダリーでの売買事例(レイターラウンドで経営者や従業員の株式報酬持分を投資家等に一部売却し換金化すること)の創出や、退職後も報酬の権利を維持し続けられるポータブルなどの普及が重要と考えています。

今後より未上場で長くリスクを取り続け大きくなることを目指すスタートアップが増えてくる中、上場までの期間は長くなると考えられます。ただ、会社がいつ上場するかは会社(や株主)都合ですので、株式報酬を持っているメンバーが上場のタイミングの影響を大きく受けずに株式報酬を享受できる仕組み作りについても、上場長期化の議論とセットで議論・整備される必要があります。いかに上場というイベントと株式報酬実現のタイミングを切り離せるか、というのはテーマとして重要です。

もう一点、最後に明記しておきたい点として、株式報酬は急成長企業にとって使い勝手の良い報酬手法ですが、他方で当然希薄化も伴うため、無尽蔵に出し続けることはできない有限なものです。つまり、いかに受け取る側にとって魅力的な水準の報酬を安定して出し続けられるかという計画性のある設計(本当に活躍している人に配布できる仕組み等も含む)が重要になってきます。また、投資家視点では希薄化というデメリットも伴うため、当然その結果どう企業価値が成長し、投資家にとってメリットある話なのか、という説明責任が会社側に強く問われることは留意しておきたい点です。

末筆ですが、株式報酬は投資家・起業家・経営陣・社員が同じ方向を向きながら未来を力強く手繰り寄せていく結合剤として極めて有益なもので、個人的にも、よりその効力が業界全体で適切に発揮されるよう、日本でも浸透・進化していくことを強く望んでいます。もしご質問や疑問点などある方は、気軽にtwitterのDM等でご連絡頂ければ幸いです!

https://twitter.com/syamada0

頂いた質問に対する著者見解

Q:(毎年LTIをBSの100%として報酬を渡す際に、)未上場のスタートアップでSOで出す場合、報酬相当額のSOをどう定義するか?
時価=行使価格ベースなのか、キャピタルゲインベースなのか。(前者だと時価が低いので付与数が多くなってしまう一方、後者だと想定EXITの価値をどこに送るかが悩ましいところです)

A:弊社の場合はまだ上場に向けてフェーズが手前なのですが、上場までまだ時間のあるスタートアップの場合は、時価 = 行使価格ベースとしつつ、他方でここから5x, 10xのアップサイドが十分あり得る状態なのでその分BSに対するLTIの比率を100%ではなく、例えば60-70%といったdiscountを入れるのが良いかなと考えています。会社のフェーズが進んでくるとアップサイドが限定されてくる分、このdiscount幅は小さくなってくると思います。

Q:SOの価値計算は、(直近時価-行使価格)みたいな利益ベースでやっているのでしょうか?(行使価格が一定額あがると無視ができなくなる&スタートアップ(特にレイターステージ)だと前回ラウンドの価格をもって「時価」と言えるのかが微妙という論点があるのではと思っています)

A: SOの価値は、足元の時価(直近ラウンドの株価)をそのまま適用しています。これは行使価格が足元株価と比較して極めて低いので、「時価-行使価格」と「時価」の間に大きな差分なく、実質無視できる水準と割り切っている背景からです。時価の考え方については、質問の通り直近ラウンドの株価だと市況要員等も入ってしまう&ラウンドが起こるタイミングで急激に提供株数に変動が起きてしまうことから、一定の客観的なPSR等の指標を入れて安定的に株価評価するのも良いかもしれません。

Q: 上場前(流動化前)の退職時のSOの取り扱いとそれによる資本構成(Captable)への影響についてはどう考えるか?

A: 今までの日本の事例として多かったのは、上場前の退職の場合は原則SOなどの株式報酬は無価値とする、というパターンが多かったです。これは上場までが短期決戦でそこまでしっかりコミットし続けてほしいというリテンションの要請の高さと、仮に上場手前で退職者が多く出た場合にオプションプールの再利用が難しくなる(退職者の保有株式が多いという歪な構造になる)という背景がありました。
ただ、上場まで時間をかけ、巨大な時価総額での上場を狙うスタートアップも増えてきており、(上場まで時間をかけるのは完全に会社都合であるため、)より優秀な社員を適切にアトラクトし上場前の一定期間貢献してもらうためにポータブルSO(=退職しても権利を保持し続けられるSO)にする、というのは一定フェアな考え方として少しづつ日本でも普及し始めています。こうすることで従業員からのスモールIPOのプレッシャーからも解放されやすくなります。
懸念としてある、退職者が増え、資本構成が歪になる問題に対しては、べスティングの概念を導入し、在籍年数に応じて保有可能株式数が増えるようにする、もしくは退職時に全部ではなく一部のSOを保有可能にする、等の制度設計によってバランスをとっていくことが可能になります。

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