スタートアップにとってのSOの意味 - SOの基本設計を考える上での主要な前提
最近、スタートアップに転職を検討している知人から「SOはどのくらいが水準感なのか?」とか、スタートアップにCFOとして転職した知人から「SOの設計ってどう考えるのが定石?」などと聞かれる機会も増えてきており、折角なので、今後何回かに分けてスタートアップにおけるSOや株式報酬型インセンティブについて記載してみようと思います。
第1回目の今回は、一番の基礎となる「スタートアップにとってのSOの意味」について記載します。そもそもなぜスタートアップはSOを付与するのか、を掘り下げていこうと思います。
一部の方にとっては当たり前の話かもしれませんが、これが少しでもスタートアップの創業者や経営者の方が基本的な設計を考える参考になれば嬉しいですし、逆にスタートアップに転職される方もSOがどういった意図で付与されるのか、と考える上での参考になればと嬉しいです。
では本題に入ります。
私自身の経験や知識からすると、スタートアップがSOを付与する意味は大きく以下の4つに大別されます。
初期メンバーの現金での給与水準を押さえ、とにかく長く戦えるようにする
スタートアップがなぜSO(や場合によっては生株)を付与するのか?(特に初期において)最も重要な理由はこれだと思います。スタートアップの創業直後は、創業者自身が会社に入れた資本金やエンジェル投資家から集めた資金を元手に運営を行わなければいけません。
最初はどう言ったプロダクトや事業モデルであれば成長していける可能性があるか、というのを探っていくフェーズにありますので、当然収益・売上はありませんし、残りの銀行残高を気にしながらプロダクトのプロトタイプを作ってユーザーヒアリングをしたり、協力してくれるパートナー企業を探すために走り回ったりと、とにかく足を使うフェーズが続きます。
いわゆるPMFを探していくフェーズに当たると思います。ちなみにPMFについてはDCM原さんのこちらの記事が一番参考になると思います。
キャッシュフローをマネジメントする上で、このフェーズの最大の難しさはなんでしょうか?「探索フェーズから次のフェーズに移れるのはいつなのか」、「いつPMFを見つけられるか」、の不確実性が極めて高い=どのくらい時間を要するかわからない、ことにあります。WiL久保田さんのtweetによると実際に名だたるスタートアップでも2-4年かかることがザラのようです。
言い換えると、スタートアップの生存確率を大きく分ける最重要要素の一つとして、とにかく長く探索を続けられる状態を保つ、ということかと思います。故に、その成功確率を高めるため初期の支出=大半は初期の社員への給与を可能な限り下げつつ、手元現金を長く持たせることが重要になります。ただ、当然(その会社の多くの株式を持つファウンダーを除いては)単に給与が安いだけでは受け入れられないので、その分SO(もしくは場合によっては生株)を付与することで、成功したときのアップサイドをシェアし、高くない給与水準を納得感を持って受け入れてもらうわけです。
添付のURLに簡単なシミュレーションを貼り付けましたので、ご興味ある方はご覧ください。
このシミュレーションでは、SOありのシナリオ1では16ヶ月追加の資金なし(*)で戦い続けられるのに対し、SOなしのシナリオ3では9ヶ月となり、SOをうまく活用することで、PMFに向けた模索期間を長くする=成功確率を上げられていることがわかります。その分シナリオ1の場合は0.5% x 5名の2.5%のSOを放出していますが、そもそも会社が次のフェーズに行けないことには株式は紙切れになるので、どちらが良いか、というのは自明かと思います。
(もちろんSOをどのくらい配るかはどういった初期メンバーを採用したいかなどによると思いますので、0.5%が水準としてどうかというのは本議論の対象外とさせて下さい。)
*) 実際はPMF前にプレシリーズAラウンドなどで、VCなどから資金調達を行うこともあるかと思いますが、その際も当然事業探索の進捗が進んでいる方が有利な条件で調達可能なので、結局支出を抑えることが成功確率を上げる、という方程式は常に成り立ちます。
SOを付与せずに給与も低くして初期メンバーに我慢してもらうという考え方もなくはないですが、優秀な人材に気持ちよく・長く働いて頂くには多少無理のある設定なのかなという印象です。
リスクを取ってくれた社員に対して報いる
先程の長く戦うため、という理由のコインの裏表ですが、スタートアップの立ち上げ直後というリスクの高いフェーズに飛び込んでくれた初期メンバーに対して、その取ってくれたリスクテイクに対してリターンで報いるという目的にもSOは相性が良いです。
前述の通り、創業初期の安い給与水準に我慢してくれており & 会社や事業がうまくいかず、また次の仕事を探すことになるリスクも許容してくれている、という不確実性がある中で、会社や事業の未来に信じて掛けてくれている事実に対し、(確率は決して高くはないものの)仮にうまくいった場合にはしっかり報いていく、という観点で、株価の大きな成長した際のアップサイドをリターンとして提供できるSOは相性の良い手段と言えます。
言い換えれば、何者でもない状態でスタートアップに資金拠出というコミットをしてくれるエンジェル投資家と、労働力という貢献をしてくれる初期メンバーは、コミットや貢献の仕方は違えど、同じようなリスクプロファイルを背負っていると言えるかもしれません。そのため、リターンについても同様の設計にしておく方がフェアではないでしょうか?
企業価値の向上に対しての目標を従業員と同期する
上記の2つは割と良く認識されている目的と思いますが、この3つ目の目的もスタートアップを長く運営していく上で、意外と重要です。VCやエンジェルなどの株主、さらには多くの株式を保有する創業者からすると、スタートアップを経営していく大きな目的は、事業成長を通して、企業価値・株式価値を向上させていくことにあります(そしてそれによって経済的な大きなリターンを享受できます)。
ただ、これは社員の視点ではどうでしょう?特にスタートアップでは多少ストレッチして、組織に負荷がかかってでも大きな非連続な成長を目指すというシチュエーションが多く存在する中で、ともすれば、ある程度事業も安定してきたので、無理せずまずは足場を固めていくように慎重に事業運営したい・プロダクト作りしたいという声も出てくることもあるのではないでしょうか?
そうした状況の中で、「いや、この規模で止まらずに、世の中に大きなインパクトを与えるために更に10倍、100倍を目指そう。もう一踏ん張りしよう」、という目線をあげたコミュニケーションをしていくのが創業者・経営者の役割だと思いますが、そうした時にSOという株式価値と連動したインセンティブを従業員側にも保持させることで、より自然と納得感(=株価が10倍、100倍になればその分、従業員個人も経済的に報われる。資産形成のチャンスがある、と思ってもらう)を醸成しやすいのではないでしょうか?
この辺りは従業員数が増えてくる、役割が細分化してくると、従業員一人一人の日々の業務がどこまで企業価値全体に影響を与えられるような実感を持てるか、という組織フェーズの問題もありますので、どこまでSOを配布すべきか、という点にも跳ね返ってくる論点だと思います。
社員をリテンションする
最後の4点目は最も創業者や会社の思想が現れる論点だと思っています。
SOは、社員をリテンション、つまり辞めさせないためにも使うことができます。つまり、SOの権利の確定や行使可能な条件に対して一定の縛り(例えば、一定期間の会社の在籍を権利確定の条件にする、もしくはそもそも上場後まで社員であり続けることを行使の条件とする、など)を入れることで、SOという行使できれば大きな経済的価値になるインセンティブを活用して、退職を防止する、という使い方です。
日本のスタートアップは従来から上場時もしくはその後のロックアップ期間が終わるまでの在籍をSO行使の条件にしていたケースも多く、(創業者が意識しているかしていないかは別として)このリテンションの要素が非常に強く効いていたと思います。
他方で(カウシェさんなどの事例のように)昨今ベスティングの議論も盛り上がりつつあり、必ずしもこのリテンション=退職防止、をSOの目的としないケースも出てきています(北米では当たり前の考え方です)。
ちなみに弊社10Xの場合もこの北米式の考え方を参考にしており、社員のリテンションは働きやすさや仕事の面白さ・チャレンジさ、その他の報酬制度で達成すべきもの、という基本的な考え方を持っています。
とはいえ、上場までどの程度の期間を想定するか(短いのであればシンプルに在籍を行使条件にするのが良いケースもある vs 長いのであれば会社のフェーズの変化なども考慮して一定のベスティングはあった方が良い)、OB/OG株主(SOホルダー)をcaptableとしてどこまで許容するか、など様々な論点があり、ベスティングあり=正しい、という単純な議論でないことは誤解なきように補足させて頂きます。
最後に
今回はそもそもスタートアップがなぜSOを活用するか、という大きなテーマを軸に記載しましたので、では具体的にどういったSOの種類があるか、付与率はどう考えるべきか、などの具体の論点については触れられていません。こうした具体の論点はまた次以降のnoteで記載していきたいと思います。
とはいえ、早くSO設計を考えなければいけない、SOの交渉まで時間がない、という方は是非私のtwitterアカウントのDM、もしくはmeetyでご連絡ください!