大学は、なんのためにあるのか。
「稼げる大学」へ外部の知恵導入 意思決定機関設置、来年法改正。
政府は26日、総合科学技術・イノベーション会議(議長・菅義偉首相)を首相官邸で開き、世界トップレベルの研究開発を目指す大学の経営力向上を図るため、産業界や公的機関などの外部人材を入れた意思決定機関を各大学に設置する方針を決めた。年内にメンバー構成などの詳細を取りまとめ、来年の通常国会で必要な法改正を行う考えだ。(2021.08.28、時事通信)
稼げる大学。
これ、卑しくて、なんか嫌な言葉です。
子供の人口が減っているにも関わらず大学の数は増え、それに伴って、経営が苦しい大学が増えている。国立大学も行政改革で独立行政法人化され、経営の自立を求められている。
故に、稼げ。もしくは、経済成長に貢献する組織たれ。
わからないでもありません。
でも、大学って、そういうもんでしたっけ?
功利主義的な存在として、功利主義的な人材を育てる。そしてお国に貢献する人を育てる。
この「総合科学技術・イノベーション会議」の決定からは、そんな(嫌な)匂いがプンプンと立ち昇ってきます。
役に立つこと(だけ)を勉強しろ。
役に立つこと(だけ)を研究しろ。
これでは、前時代の、富国強兵殖産興業の当時から、発想が全く進化してません。
わたしはなんだかがっかりしてしまいました。日本って、まだまだ「成熟」には程遠いなって。
日本のノーベル賞受賞者が、悉く「基礎科学」の大切さとおもしろさを訴えてきたのに、その意味を全く理解していない。すぐに「役に立つこと」、すなわち「応用」を求める。
儲かるからね。
もちろん、人々の暮らしをよりよくする応用も大事。でも、しっかりした基礎がないところに、優れた建物は立ちません。大事なのは基礎。言い換えれば、「役に立つか立たないか、わからない学び」にこそ、本質的な価値がある。
「彼ら(指導者層)には学ぶという時間が与えられなかった。突き詰めれば、彼らの得意なことは勉強することで、究極のミッションは学歴を高めるということです」
と言ったのは、フランスの人口統計学者、エマニュエル・トッド。
まさにその通り。
彼らは「学ぶ」という意味を、取り違えているのでしょう。経済的な成功、つまり儲かるために学ぶ。学ぶこと自体の面白さなんて考えたこともない。
「学ぶ」ことが面白いのは、何かに役立つからではありません。学ぶこと自体が面白いから学ぶんです。そしてたまたま、その中から、キラッと役に立つものが出てくることがある。決してその逆ではない。
「難しいことに取り組むことが楽しい、ということを教える」
これは、数学者である岡潔と、小林秀雄の対談で出てきた言葉ですが、大学とは、まさにそういう役割であって欲しい。
そのためにもまず第一に、学ぶことの面白さを体験させる場でなくではならない。その醍醐味を知ったものだけが、本当の意味での新しい発見を導き出せるから。
わたしはそう思います。
どうしたらそうなるか、は、そう簡単にはわかりませんが(汗)。
でも、「総合科学技術・イノベーション会議」などと言う、叡智を集めた立派な会議体があるのであれば、是非その方法を考えて欲しい。稼ぐために、なんかではなく。
稼ぐために学ぶ、もしくは、稼げるから学ぶなんて、学ぶ面白さを知らない人の妄言です。そんな大学は、ただのエリート(もしくは対極としての従順な労働者)を生み出すための装置でしかありません。
まぁ、既得権益者でもある政治家は、本心では、それを目指しているのかもしれませんが。
先日亡くなられた立花隆さんは、
「日本の政治家というものは、伝統的に、利害の調整であるという、そういうことしか考えてこなかったような気がするんです」
と言いました。
利と、それを妨げる害。その調整。
これは、正義とか価値観とかに基づいてものを考えることのできない政治家に対する、立花さんからの箴言なのですが、そんな人々に、「考える」こと、もしくは「考え方を学ぶ」ことが本質的な役割である大学に関して、未来を提言してほしくはありません。
彼らは、学ぶことが面白い、なんて思ったこともないのでしょう。
でも、大学って、本当はそういう場でなくてはならないと、わたしは思うんです。
お前はなんでそんなことに目くじらを立てるのかって?
それは、わたしが縁あって最近、大学で教鞭を取ることになったからです。
そして、気付いたんです。今の学生がどうのこうの、ではなく、わたしがもう一度大学生に戻ることができるのであれば、それ、つまり「学ぶことの楽しさを学びたい」と。
それこそ、大学の役割であるべきだと。
逆に言えば、わたしは学生時代、そこまで学ぶことを面白いとは思っていませんでした。なので、大した学習もしていない。大学を出てから、それに気づいたのですが、後の祭り。
稼げるから学ぶ?
稼ぐために学ぶ?
そんなことを目指して教育をしていると、若者は、どんどん ”つまらない人間” になってしまいます。
そんな国に、面白い未来はないんです。
最後にもう一度、エマニュエル・トッドから。
「経済は手段の合理性をもたらします。しかし、目的の合理性はない。経済は、何が良い生き方かを定義しません。だから限界があるのです」
稼げることを目的にすると、ろくなことはありません。そんな国は、早晩ダメになります。
ああ。なんか今回は(も?)、青臭い話にってしまいました。しかも、引用だらけ。
了
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