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今年の全日本チャンピオンは異色の苦労人・内藤智文〜スキー全日本選手権ジャンプ・ノーマルヒル

 ノルディックスキーの全日本選手権はジャンプ・ノーマルヒルが10月18日(金)、長野県の白馬ジャンプ競技場(HS=98m、K=90m)で行われ、男子は1回目にヒルサイズに迫る96.5メートルを飛びトップに立った内藤智文(山形県スポーツ協会)が2回目も93.0メートルを飛び合計245.7点で全日本選手権初優勝。内藤は1、2回とも最長をマークし2位の小林陵侑(チームROY)に14.7点の差をつけた。3位は中村直幹(フライング・ラボラトリーSC)と北京五輪代表組が続いた。

 女子は伊藤有希(土屋ホーム)が直前の練習まで続いていた不調を修正し1回目90.5メートル、2回目はさらに距離を伸ばす92.5メートルとK点越えを2本揃えて229.4点。2年連続で日本選手権を制した。2位は2本とも飛距離で伊藤を超えながら着地の乱れが響いた高梨沙羅(クラレ)、3位は丸山希(北野建設)だった。


ジャンプノーマルヒル男子の表彰式
伊藤有希は全日本選手権ノーマル2連覇

■もう五輪代表争いは始まっている
 パリ五輪の余韻が続いているが2026冬季五輪の代表争いはもう〝本番〟に突入している。ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪のジャンプ代表がほぼ固まるのは2025年の12月。来年の今頃はおおよその陣容が見えているはずだ。選手たちは来月開幕するワールドカップで成績を残し、国際ランキングで国内上位に入ることが五輪代表へのカギとなる。したがって今年のワールドカップ遠征メンバー入りが第一関門とも言える。レジェンド・葛西紀明(土屋ホーム)のメンバー返り咲き、北京との連続出場を目指す者、その北京をわずかなところで逃した者、北京後に台頭してきた者などなど・・・夢の舞台へのチャレンジが始まっている。

優勝を確信して右手で「No.1」と天を指す内藤智文

■内藤智文選手とは
 東京都出身。モーグルやスノーボード、それにスケート、アイスホッケーなどではいわゆる雪なし都府県出身の五輪代表は出ているが、内藤が五輪代表入りしたら、ジャンプでも雪の積もらない東京出身の日本代表が生まれる。
 1993年2月生まれの31歳。長野五輪の最終日が5歳の誕生日だった内藤自身に当時のジャンプ観戦の記憶がどれだけあったかは不明だがすっかりジャンプ熱にとりつかれた内藤家によって東京にジャンプ虎の穴がつくられ、内藤の体にジャンプが深く強く染まっていく。
 智文は内藤家の次男、下川商業高校、北海道東海大学(現・東海大学札幌キャンパス)と北海道にジャンプ留学。大学卒業に際して研究者の道を進むか、ジャンプで世界を獲りにいくかの岐路に立ったが険しい道を選ぶ。
 当時(そして今も)、実業団チームや大型スポンサーからサポートの申し出があったわけではない。この道でいくと決めてまず取り掛かったのはジャンプを続ける環境づくりからだった。国体(現・国民スポーツ大会)開催県を渡り歩く「国体傭兵」生活に。コロナ禍では雇用契約終了の経験もする。そんな中でも世界へ這い上がっていく。
 活躍してもご当地選手贔屓の扱いは受けられずメディアの登場少なめの日の当たらない道を歩む中、自らクラファンやSNSを立ち上げ情報も発信。人知れずジャンプ道を探求していく。
 昨季は夏の国際大会で実績を積み、文句なくワールドカップ遠征メンバー入りした。しかし、初のワールドカップ体験は調子をつかめぬままジャンプ選手にとって憧れの舞台であるジャンプ週間目前にメンバー入れ替えの憂き目にあい、その後は再び「裏街道」生活。それでも鍛錬を怠ることはなかった。

内藤智文

 今、ワールドカップメンバーの要件を満たしていない者にとって20日(日)のラージヒルが重要な一戦になる。内藤は「準備はできている」と言い切った。

冬仕様(アイストラック)へ移行している小林陵侑。滑りの渋いセラミックレールに逆戻りでの2位は想定内
北京では最後の最後で代表から漏れた佐藤慧一
新たな伝説(レジェンド)へ飽くなき挑戦が続く葛西紀明
日本男子ジャンプ界のホープ坂野旭飛
小林陵侑を追う上昇株・二階堂蓮

 全日本選手権ジャンプラージヒルは10月20日(日)、長野五輪の舞台だった白馬ジャンプ競技場で行われる。入場無料。




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