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Bob Dylanのバイク事故と二枚の名盤
みなさま、こんにちは!
SPORTS MENのベース&コーラス担当の中村です。
この度、僕もSPORTS MENの一員として、新しくマガジンを立ち上げました。
題して…「中村レビュー " Is It Rolling? "」です!
このマガジンでは、僕の好きな音楽について、その作り手である「人」にフォーカスしながら、語っていきたいと思っています。
どうぞ、お付き合いください!
僕は高校生の頃、実家のレコード棚に並んでいた古いRockやJazzのレコードを聴くのが何よりの楽しみでした。
それらは皆、ドラムをやっていた父が若い頃に聴いていたもので、父はその一つ一つの作品や音楽家について、僕に説明してくれました。
この経験を通して、たくさんの素晴らしい音楽と出会えたこと、そして音楽の楽しみ方を教えてもらえたことは、自分にとって一生ものの財産です。
そして僕は、いつの間にか、音楽を聴きながら、その向こう側にいる作り手、つまり「人」を見つめている自分に気がつきました。
その大きなきっかけになったのが、高校二年生の時に出会ったJohn Lennonです。
The Beatlesのベスト盤「The Beatles / 1962-1966」(通称 "赤盤")に入っていた「You’ve Got To Hide Your Love Away」を聴いたとき、曰く言い難い強烈なシンパシーを感じ、「自分が聴くべき音楽はこれだ!」と直感しました。
これをきっかけに僕は、この曲の作者であるジョンの魅力にのめり込んでいったのです。
そして、音楽を好きになるということは、歌詞やメロディに惹かれるのは勿論ですが、それ以上に、その音楽家の人となりや人生そのものを好きになるということなのだと気づいたのです。
それ以来、古今東西の音楽を聴きながら、その作曲家や演奏家の人生について調べるのが僕の習慣になりました。
今、それをこうして語れる場を持てたことを、幸せに思っています。
前置きが長くなってしまいましたが、いよいよ第一回のレビュー、いってみたいと思います!
* * *
今回は、自分の大好きな音楽家の中から、Bob Dylanを選びました。
(ジョンについて話すのは、まだ先になりそうです。ご期待ください...!)
皆さんは、ディランがバイク事故に遭ったことがあるのをご存知でしょうか?
1966年、ディランは代表作の一つである「Blonde On Blonde」をリリースし、多忙なツアーの日々を送っていました。
そして、同年7月29日、「三日も寝ていなかった」というディランは、愛車である「トライアンフ500」というバイクを修理に出すために、朝の田舎道を走り出しました。
(ディランはその頃、ウッドストックに住んでいたようです。ウッドストックはニューヨークの郊外に位置し、音楽家や作家など、文化人が好んで暮らしている場所でした。)
ディランが自宅のすぐ近くのストリーべル・ロードという通りを走っていたその時...トライアンフ500の後輪が突然止まり、ディランは道路に激しくその身を投げ出されてしまいます。
すぐに友人の車で病院へと運ばれたため一命を取り留めましたが、頸椎(※)を何本も骨折していたといわれています。
※頸椎(けいつい):頭を支えるための骨
この事故がきっかけとなり、ディランは活動の一時休止を余儀なくされ、しばらくの間ウッドストックの自宅で隠遁生活を送ることになります。
それまで多忙を極める日々を送っていたディランは、精神的に限界を迎えていたと言われています。
彼にとって、この事故はある意味、救済だったのかもしれません。
その後のディランの長いキャリアがあるのは、この時期に一度立ち止まり、自分の音楽と静かに向き合ったからこそ、とも言えるかもしれません。
この生活の中で、彼は家族を大切にし、自然の中でゆったりとした時間を過ごすことになったのです。
そして…そんな静けさの中で作られたアルバムが、こちらです↓
「John Wesley Harding」
(1967年12月27日リリース)
先述した通り、それまでは日々に追われるように音楽活動に邁進してきたディランでしたが、今作には、それまでの作品とは違う、腰を落ち着けて丁寧に作ったからこその「静謐さ」のようなものを感じ取ることができます。
(実は、SPORTS MENの前身の豊田真之トリオ時代、このアルバムのそういった側面をかなり参考にしていました。)
そのせいか、僕はこのアルバムを最初から最後まで通して聴くと「深い森の奥まで連れて行かれるような感覚」を抱きます。
先日、僕は久しぶりに人気のない森の中を歩く機会を得ました。
暗い森の中を歩いていると、ふと自分が、自然の気配に普段よりもずっと敏感になっていることに気がつきました。
森の中では「身の危険がすぐ近くにあるのではないか」という考えがついて回り、人間が本来持っている(そして街の中で暮らしていると忘れてしまう)自己防衛本能のようなものが研ぎ澄まされていく感覚がありました。
「生きている」という当たり前のことに意識が向いている状態とも言えるかもしれません。
言葉で説明する難しさもあるのですが、僕は、それに通じる感覚を、この作品の中に感じます。
歌詞の世界観は群像劇のようで、無法者、盗人、道化、流れ者、移民などが登場します。
これらの社会的弱者達に焦点を当て、混沌とした世の中への皮肉が次々と描写されていきますが、最後の2曲では、そこから一変し、主人公(語り部)の恋について歌われ、真っ直ぐなラブソング「I'll Be Your Baby Tonight」で幕を閉じます。
この、名画を観ているかのような、不思議な祝祭感を持ったアルバム構成も、それまでの作品にはなかった特徴です。
また、楽器編成は、ディランの歌、フォークギター、ハーモニカに加えて、ベース、ドラム、スチールギターという、必要最低限のものだけに絞ったストイックな体制になっており、まるでちゃぶ台と座布団と小さな本棚だけが並んだ四畳半の様な、質素で親しみやすい風情を感じさせます。
もしかすると、一度生死のはざまを彷徨ったことで、「本当に必要なものはこれだけだ」というミニマリスト的な志向が自然と芽生えていたのかもしれません。
僕はこのアルバムのそんな「潔さ」と、そこはかとなく漂う「怖さ」がとても好きです。
信じられないことに今なお現役で素晴らしい音楽を生み出し続けているディランですが、その膨大な作品群の中でも、個人的には最も思い入れの深い一枚です。
* * *
そして実は、このバイク事故との関連性を強く感じる作品が、「John Wesley Harding」の他にもう一枚あります。
それから更に1年4ヶ月の時を経てリリースされたこちらのアルバムです↓
「Nashville Skyline」
(1969年4月9日リリース)
この作品の特徴は、何といってもディランの声の変化です。
ディランの全キャリアの中で、このアルバムだけは、あの反骨精神に根ざしたフォーク・ミュージックを体現するような「ディランの声」が影を潜め、180度真逆の、いわゆる "クルーナーボイス" と呼ばれる、まろやかで美しい声で歌い上げられているのです。
ぜひ、聴いてみてください。きっと驚くと思います。
初期のフォークロック時代のディランのジャケット写真と言えば、不服そうな表情でカメラをじっと睨んでいるのが特長でした。
James Deanのように「怒れるアメリカの若者」を象徴していたようにも思われます。
ところが一転、「Nashville Skyline」では、ディランがこちらに向かって優しく微笑みかけています。
このアルバムに、それまでの「いわゆるディランらしさ」を求めると、少し物足りなさを感じてしまうかもしれません。
しかし、実はそれこそが、ディラン的な精神の実践に他ならないと僕は思います。
なぜなら、本当の「ディランらしさ」とは、聴衆に迎合せず「変わり続けること」にあるからです。
ディランは、ヒッピー文化やサイケデリック・ムーブメントの全盛期ともいえる60年代の終わりに、たった一人で「Nashville Skyline」という牧歌的な作品を世に送り出しました。
それはまるで、それまで自分自身が作り上げてきた60年代的な価値観へのアンチテーゼであるかのようです。
僕は、このレコードに耳を傾けていると、前作で迷い込んだ暗い森から突然ひらけた野原に出たかのような開放感とともに、「これでいいんだ」という希望のようなものを、そっと受け取ることができます。
それは、この頃の自身の生活を心から愛していたディランの心情が、ここで鳴っている音のすべてから伝わってくるからだと思います。
ここで、このアルバムの収録曲から、「Tonight I'll Be Staying Here with You」の歌詞の一節を引用してみます。
Throw my ticket out the window
Throw my suitcase out there, too
Throw my troubles out the door
I don't need them anymore
'Cause tonight I'll be staying here with you
【訳】
切符は窓から捨ててくれ
それとスーツケースもだ
苦悩はドアから追っ払え
もうそいつらに用はない
今夜はきみのもとにいる
(『BOB DYLAN THE LYRICS 1961-1973』より引用)
それまで背負ってきたものを手放して、潔く一人の生身の人間として歌っているディランの姿が浮かび上がってくるようです。
バイク事故に遭うまでのディランが背負っていたものは、とんでもない重さだったのではないでしょうか。
若者の熱い視線を集め、時には罵倒され、ボロボロになりながらも、あの60年代のポップカルチャーそのものを背負って、ロックスターとしてシーンの最前線を駆け抜けていたのですから、その重圧たるや、想像を絶するものがあると思います。
あのとき、愛機トライアンフ500が故障して後輪が止まっていなかったら、この素晴らしい2枚のアルバムは生まれていなかったと言っても過言ではないでしょう。
それは、誰もが認める世紀の歌うたいが、私たちの手の届かない遥か彼方にある「運命」という力学によって、命の危険と引き換えに手にしたギフトだったに違いありません。
* * *
いかがでしたでしょうか。
今回紹介した二枚が、過去を振り返らないディラン本人の中で現在どう響いているのか...とても気になりますが、少なくとも、僕がこれから先の人生でもこの二枚を何度も聴き続けていくことは間違いありませんし、その中で、まだまだ沢山の発見があるに違いないと信じています。
もし良ければ、是非聴いてみてください!
『John Wesley Harding』
→ Play on Apple Music 🎧
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『Nashville Skyline』
→ Play on Apple Music 🎧
→ Play on Spotify 🎧
最後に、今回この記事を書くにあたって、ディランの60年代を整理するために年表を作ったので、せっかくなのでこちらに載せておきたいと思います。
第一回の「中村レビュー " Is It Rolling ? "」ありがとうございました!
次回もどうぞお楽しみに!