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蠱惑のひと


読み進めたいと同時に、読み終えるのが惜しくなる本だった。

米澤穂信著『黒牢城』 KADOKAWA, 2021.6

蠱惑(こわく)とは、たぶらかす、人の心をひきつけてまどわすこと(精選版 日本国語大辞典より)。

【幕開け】ミステリーと歴史小説をかける。
織田信長に謀反し、有岡城に籠城した荒木村重は、城内で起きる殺人事件の謎を解くはめに。しかし、検証・推理しても自身では解けない。憶測に乱れる家臣を束ねるため、村重は生け捕った囚人・織田方の軍師、黒田官兵衛に謎を解くよう持ちかける。

古今東西、ミステリーには名探偵が謎を解くもの、優秀な補佐役との対話でアリバイや落とし穴が明かされるパターンのもの、容疑者が次々現れて混沌とさせたまま展開するもの、様々な手法があるかと。

本著はどんな一手でくるのか。
読者を惑溺させるミステリーは、モチーフが効いていたり、心理戦のやり取りにうなったり、読み手にひっかかる「何か」を投げかけてくるものでは(と私は思う。)

そのひっかき傷にチリチリしながら、あるいは興深く愉しみながら読み手は、迷路をさまよう。

他方で、初期の段階から、犯人は●●ではないか?と読者に勘所をみせるような書き方をする作家もある。

今回、初期の段階で犯人は●●では?との勘が働いた。

しかし、私の興味関心はそこを明かすことではなかった。

荒木村重と黒田官兵衛の対比。
官兵衛の人物、人格をどのようにカンバスにのせて描くのか。

著者が描き出す、乱世を生き抜く器は。大局を見据える拝のフィロソフィーを追いたいと。

不透明な時代(=乱世)での、プロジェクトリーダーとしての資質(=企業生き残りをかけてチームを取りまとめ、手腕をどうふるうか)を描いている気がした。

武将、人としての厚み。命を賭して家臣が仕えたくなる人物の有り様を。

そして、(んむ?ここは史実と違うのでは?あれ?)とイチ読者に疑問を抱かせていたモチーフが、最後の最後になってさらりと現れる。この鮮やかさ。
機敏がなんとも心憎く、物語を引き締める。

はて。何を企み、制約の多い状況下で、どういう手法で現状を打破するのか。

『蠱惑のひと』は、蠱惑するだけの人物ではなかった。器の巨きな人であったのだろうな、と。
家臣栗山善助の所作にも表れて。

著者のほかの作品も読みたくなる。

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