「練馬」 15/15
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「私の生きた証を残しておく」
人間とは瞬間的な生き物だ。このメモを読む私は既に今の私では無いかもしれない。唐突にこんな事を思いついたので記録を残しておこうと思う。
私は昨日、由梨絵さんという女性と出会った。それは私の人生において、あまりに劇的な出会いだった。
私自身が少しずつ変化していく予感がある。何しろ半年間私は何もしていなかった。読んで字の如く本当に何もしていない。自宅と、練馬駅と、メモと、読みかけの小説以外に私の世界は無かった。
その様な私にとって由梨絵さんとの出会いはそれだけで私という人間を変えるような気がしてならないのだ。
すると今の私はもうすぐ居なくなる事になる。もうすぐ死ぬのだ。今すぐではなくともその内消えてなくなってしまう。
という訳で死ぬ前に記録を残す。
私は最近、大きな一つの嘘を吐いた。
私は本当のところ、由梨絵さんと知り合ってなど居なかった。
あの日ミスタードーナツで隣に座った彼女との、そんな出会いががあったとしたら。というテーマで生活してみようと思っただけだった。
しかしそれは思ったよりも面白かった。私は出会っていない由梨絵さんの事を考えながら眠る。すると彼女が本当に存在して居るような気がして、昨日食事の席で私を励ましてくれた事も現実のように感じ始めている。
すると不思議と心が前向きになってくる。一体私の中で何が起こっているのだろう。本当に一度病院に行ったほうがいいのかもしれない。私はきっとおかしくなっているのだ。
未来の私はこれを読んでも、このような話を信じてくれないかもしれない。
何しろ私は嘘吐きだ。自分に対する信用が元より無い。
しかしもし信じてくれないのだったら、きっと由梨絵さんはこの世に存在したのだろうと思う。彼女がこの世に居ないと言い張る今の私そのものが嘘である事を切に願う。
そんな事も、君とっては最早どうでも良い事かもしれない。
遠い昔の戯言だろう。
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著/がるあん
イラスト/ヨツベ
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