「野球未満」の子どもたちと一緒に「野球遊び」を。「野球消滅」を防ぐためにわたしたちができること。
古くから国民的スポーツとして人気を博してきた野球。しかし今「野球消滅の危機」とも言える事態に陥っています。
小・中学校における野球人口は、2006年から2016年にかけて26.2%減少。近年の少子化傾向を加味したとしても、同時期にサッカー人口は増加していることから、野球人気の衰退が浮き彫りになっています。
年代別の野球人口を比較すると、小・中学生が急激に減少していることがわかります。特に、中体連に登録されている部員数は平成19年から平成29年にかけて「ほぼ半減」という衝撃的な数字。
まさに野球界の「裾野」が急激に狭くなっている現状があります。
このような危機的状況の中で、野球界からも多くの問題提起が生まれています。今春にMLBタンパベイ・レイズに移籍した筒香嘉智選手も、声を上げました
長く国民に愛されてきた「野球」が、なぜ存続の危機に立たされているのか?
今回お話を伺ったのは、元慶應義塾高校野球部監督で、現在は慶應義塾大学野球部コーチを務められている上田誠さん。
慶應義塾高校の監督時代は「エンジョイ・ベースボール」を掲げ、高校球児のシンボルである「坊主」を強制せず自由な髪型を推奨するなど、当時の高校野球界では異色だった選手主体の自律的なチームづくりに取り組んできました。
監督として第一線を退いてからも、スポーツ障害の減少を目的とした「神奈川県学童野球指導者セミナー」の運営に携わるなど、野球人口減少を食い止めるための活動を主導されています。
早くから、日本の野球界への「違和感」を察知し、先進的な取り組みをされてきた上田さんは、野球界の現状をどのように分析されているのか。お話を伺いました。
※取材は2020年2月7日に行われました。
小学生の競技人口を増やすために、お金とアイデアを集中しなければならない。
ーー野球人口が急激なスピードで減少しています。
明治5年から野球が日本に渡ってきてから、長く人気を維持してきました。だから草の根での野球振興を何も行ってこなかったわけです。
サッカーやバスケットは、一生懸命振興ををやってきて、幼稚園生や小学校低学年の子どもたちに人気が生まれました。裾野を広げていったわけですよね。さらにJリーグ・Bリーグは日本中にチームがあり、日本全国の地域に根付いています。
一方、プロ野球は全部で12チームしかなくて、しかも首都圏に集中しています。
ーーいまの野球界において、一番の課題はどこにあるんでしょうか?
一番は、野球を始める小学生を増やすことです。小学生の競技人口を増やすために、お金とアイデアを集中させなければいけない。小学生が軟式野球を始めない限り、その後はありません。ですが、いまはまだ対策を打てていない。
それぞれの団体が独立して動いてきて、これまではうまくいっていました。自分たちで資金のやりくりができているからです。プロ野球から中学野球までは、なんとかなっている。
しかし、一番末端の小学生の軟式野球には、なかなかお金は集まってきません。
野球団体関係図。右側の赤枠が軟式野球の小学生の部。
(引用:https://www.baseballjapan.org/jpn/bfj/organization_japanbaseball.html)
例えば、JFA(日本サッカー協会)はプロからアマチュアまで、全てが1つのグループになっています。事務局も全て御茶ノ水に集まっています。
野球の場合、高野連は大阪、大学野球は渋谷、社会人野球は丸の内…と、みんなバラバラなんです。全員が集まって会議をすることすらも難しい状況です。
指導者育成だけではなく、上からのルール作りも必要
ーー組織構造を転換させるトップダウンの側面と、現場の指導者の意識を変えていくボトムアップの側面があると感じています。
私も「子どもの肩と肘を守る」ということを掲げてセミナーをやっていますけども、そこに来ている指導者の方たちは、一部の意識の高い人たちです。丸1日使って学びに来るというのは、ほんとうに凄いことです。
しかし、1回のセミナーに来るのは400人くらい。現場にはもっと多くの指導者がいるわけです。「こんな練習で潰れているようじゃ、どうせ将来は無理なんだ」なんて言っている方もいたりします。
なので、指導者を育成するだけではなく、連盟に働きかけをして、上からルールを作ってしまうことも大切だと感じています。子どもは1試合最大でも〜球、1年間で最大〜試合にしましょう…とか、罵声を浴びせたら、審判がその指導者を退場にさせていいですよ…とか。
上からと下から、両方の対策が必要です。
高校野球が変われば、他のカテゴリーも変わる
ーー高校野球では今春から投球制限が設けられ、また近年はトップダウンではなく選手主体のチームづくりで実績をあげる高校が生まれているなど、変化の兆しも感じられます。上田先生はどのように感じていますか?
高校野球で投球制限のルールができたことで、全日本軟式野球連盟も1週間で350球というルールをつくりましたし、小学校の学童野球もルールを決める方向に向かっています。
良くも悪くも、高校野球は影響力を持っています。高校野球が思い切ってルールを変えれば、他のカテゴリーも少しずつ変わっていくのかもしれません。
「野球未満」の子どもたちと一緒に「野球遊び」をする機会を
ーー最後に、現場の指導者の方々に伝えたいことは何ですか?
3つあって、ひとつは子供の体を守りましょうと。勝つだけじゃなくて、子どもたちが長く野球を続けられるように指導してくださいと。
もうひとつは、大会ばかりで試合漬けにされたら、みんなどうしても勝ちたくなっちゃいます。だから、自分のチームはいいというだけではなく、連盟とか上の組織に働きかけをして、組織全体を変える努力が必要です。
3つ目は、あなたのチームにたくさん部員が入ってくればいいという風には考えないで、地域全体で連携して、幼稚園や小学校低学年で野球をやっていない子どもたち、いわゆる「野球未満」の子どもたちと一緒に「野球遊び」をしてやる機会をつくってほしい。それで野球の楽しさを実感してもらう。別に自分のチームに入らなくてもOKだと。つまり、野球人口を増やす取り組みをして欲しいと思います。
(インタビュー・執筆:中村 怜生|サムネイル画像:Yuko Imanaka)
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