Zero外旋テスト/Zeroリリーステストを活用して肩肘の故障を予防し、野球選手たちの未来を守る
西中直也
昭和大学大学院保健医療学研究科 教授 昭和大学藤が丘病院整形外科 昭和大学スポーツ運動科学研究所兼担
肩肘の故障は、野球選手たちにとってつきものと言える時代は、もう終わりなのかもしれません。身体が本来持つ運動機能を使うことで、肩関節、肘関節への負担を軽減する投球フォームに導くテストがあります。それがZero外旋テスト/Zeroリリーステストです。西中直也先生は、幼少期からこのテストを行うことで、将来的に肩肘の故障に悩む選手を減らすことができると話します。今回は、野球選手たちの未来を守る、Zero外旋テスト/Zeroリリーステストについてお話を伺ってきました。
――西中直也先生は、野球の投球における肩や肘のスポーツ障害、いわゆる野球肩、野球肘の障害について研究されておられます。そのなかで、西中先生は『Zero外旋テスト/Zeroリリーステスト』という、手軽に投球障害の肩肘機能低下をみる検査を提唱されています。これについて、詳しくご説明いただけますか?
西中 直也(以下、西中):野球で特に問題になるのは、肩、肘の故障です。その原因の多くは、投球フォームに起因します。二大投球フォームの問題点というものがあって、そのひとつが『肘下がり』で、もうひとつが『身体の開き』です。これらの問題点というのは、単に投球フォームの見た目やボールコントロール、スピードに対して悪い影響を与える、というだけではなく、医学的にも肩肘を痛めてしまうことにつながってしまう可能性があると考えられるようになってきたのです。
――肘下がりと身体の開きは、どのような理由で、どう肩・肘に影響を及ぼしてしまうのでしょうか。
西中:まず、肘下がりの状態から説明しましょう。オーバースローを例に説明します。投球フォームにおける後期コッキング期(身体を投球方向の脚に体重移動して投げる動作に入ったところ)に正面から見て、左右の肩を結んだラインよりも肘の位置が下にあるのが、肘下がりの状態です(図1)。
また、上方から見て(実際は上方から見るのは難しいですが)肘が後ろにあるのが、身体が開いている状態です(図2)。
医学的な言葉を使うと、肩の外転角度が小さい、また水平外転角度が大きい状態にあり、実際に肩肘を傷めてしまうと言われています。それがバイオメカニクスの世界でも、医学論文の世界でも証明されてきています。
そして、肘下がりと身体の開きは同時に起こります。どちらか単独で起こる、ということはありません。
――肘が上がっているのに身体が開くことはありませんし、肘が下がっているのに身体と腕を一体化して投げることもできないわけですね。
西中:そうです。そして、この肘下がり・身体の開きが起こったとき、実際に肩の中では何が起こっているのかというと、簡単に言えば肩甲骨と上腕骨を繋いでいる、肩甲骨関節窩(以下、関節窩)に対して上腕骨頭が前後方向に動いてしまっているのです。通常の可動範囲内ではありますが、上腕骨頭が関節窩の中でクルクルと回転している分には肩の損傷は起きません。ですが、そこに本来の動きにはない、スリップ運動と言いますが、上腕骨頭の前後のスライドが起こると、腱板や軟骨が痛む原因になるのです。
さらに、肘では外反ストレスがかかっています。肘は通常、曲げ伸ばしの単純な動きしかしませんが、外反ストレスがかかることで肘関節も通常にはない負担がかかってしまう。すると、子どもで言えば離断性骨軟骨炎が起きるし、大人になると今度は靱帯に影響が出て内側側副靱帯損傷といった故障が起こってしまうわけです。
――つまり、肘下がり、身体の開きという状態は、肩関節と肘関節に対して、損傷、故障を引き起こす負荷のかけ方になってしまう、ということですね。
西中:この組織損傷を起こさないために、一番良い投球時における肩のポジションは何なのかというと、それが「ゼロポジション」と言われるポジションになるのです。
肩のゼロポジションというのは、肩甲骨の軸(肩甲棘)と上腕骨の軸が一致している状態です。このラインがキープできていれば、余分なストレスが肩にも肘にもかからない状態で、投げることができます。(図3)
――正面から見ると良くわかります。左右の肩のライン上に上腕もある状態になっています(図4)。
西中:実は投球フォームにおいて、ゼロポジションができているかどうかは、簡単に見極めができるのです。そして、このゼロポジションをキープできる能力があるかどうかが大事になりますよね。その能力の確認方法こそが、「Zero外旋テスト」と、「Zeroリリーステスト」になるのです。
――実際には、どのようなテスト方法になるのでしょうか。
西中:まず投球側の手の掌を後頭部に持っていきます。この状態が、おおよそのゼロポジションです。ここから、パートナーでも誰でも良いのですが、手首を押さえて軽い負荷をかけてもらいます。その状態から、肘の位置を変えずに肩の外旋運動(肩・肘を動かさずに、手を後ろ側に回す動き)ができるかどうかを見ていきます。これがZero外旋テストです(図5)。
このとき、肘が後ろにスライドしたらそれはもう代償動作が起きていますので、ゼロポジションをキープできる状態ではない、という判断ができます。
また、同じようにゼロポジションから腕を真っすぐに伸ばすことができるかどうかをチェックします。これがZeroリリーステストです(図6)。
肘の位置が全く変わらずに伸ばすことができれば、ゼロポジションをキープできる能力があることになります。対して、もし肘を伸ばすときに肘が下がったり上半身が過剰に動くと、それは代償運動になってしまいますので、ゼロポジションを維持できる能力がない、ということになるのです。
もしゼロポジションのキープ能力がなかったとしても、人によって細部は異なりますが、リハビリトレーニングを行うことによって修正することができます。期間も症状によって変わりますが、たとえばもともと代償運動をしてしまう人であれば、1カ月くらいかけると徐々に投球フォームに変化が見られるようになります。
また、ゼロポジションをキープできる人であっても、試合で投げ続けて疲労が溜まってくると、ゼロポジションがキープできなくなってきて、肘下がりや身体が開きやすくなってしまいます。そういったときでも、その場で簡単なリハビリトレーニングをすることで、再度ゼロポジションをキープできるようにすることも可能です。
――試合中の続投が可能かどうかの判断基準としても使えるのですね。
西中:この基準ができれば、肩・肘に負担がかかる投球フォームになってしまう前にベンチに下げることもできる。事前に故障を予防することができる可能性があると信じています。
――ぜひともジュニア選手たちにこそ、Zero外旋テスト/Zeroリリーステストを行ってもらい、できるだけ早く肩肘への負担のないフォームを身につけてもらいたいところですね。西中先生が、こういった肩・肘への取り組みを始めたのは、何がきっかけだったのでしょうか。
西中:昭和大学藤が丘病院に勤務していた理学療法士の方が、このゼロポジションのキープする能力が大事だということを提唱されたことがきっかけですね。それを応用して研究していこう、ということで先人の先生方の研究を私が引き継いだという形になります。
――ちなみに、西中先生が医学を志されたきっかけはどこにあったのですか?
西中:私はずっとサッカーをやっていたのですが、自分自身も含めてチームメイトたちの故障歴を見ていく中で医学を志そうと思いました。その先に、自分の専門分野を持つのであれば、スポーツ選手のための医師になりたいと考えて今に至ります。
そして、同じく藤が丘病院整形外科で師事した先生が野球選手を多く診ていらっしゃったので、それを手伝う過程で私も野球選手たちを自然と診るようになっていきました。それで、さまざまな分野がある中で、診療しているうちに最も面白みを感じたのが、肩だったのです。
――どういった部分に面白みを感じられたのでしょうか。
西中:MRIを撮ってもレントゲンを撮っても、全然出てこないのが肩の故障なのです。画像の診断率がとても低いのです。でも、痛みがある、ということは、画像に出てこないですけど、必ず肩のどこかが痛んでいるわけです。そうやって診断していくうちに、「肩の中ってどうなっているんだろう」、「肩はどうやって故障するんだろう」ということに興味が出てきて、深く研究し始めた、という感じです。
――なぜ画像に出てこないのですか?
西中:損傷自体があまりにも小さいのです。上腕骨頭はゴルフボール程度の大きさ、そして関節窩の横幅は500円玉と同じ長さです。そこにほんの数ミリレベルの損傷ができただけで、痛みが出るわけです。そういう意味では、現時点でわかっている以上に、肩の損傷にはいろいろな種類があるのかもしれない。でもそれもわかっておらず、まだまだ謎が多い部位なのです。
――だからこそ、動きの修正などで肩関節が本来行わないような動きを出させないためのトレーニングやリハビリが必要になってくる。自分の肩の状態を確認するためのテスト方法として、Zero外旋テスト/Zeroリリーステストを、老若男女、もっと多くの方々に活用していってもらいたいですね。
西中:そうですね。Zero外旋テスト/Zeroリリーステストは、簡単に言えば肩・肘に障害を起こさせないためのテストであり、それができるかどうかの能力を評価するための診断方法です。だからこそ、ぜひ普及してほしいと考えています。
特にもっと学童野球など、子どもたちにこのテストが普及してほしいですね。今も学童野球向けにZero外旋テスト/Zeroリリーステストの講習を行っています。これらをやることで、肩・肘に負担をかけない投球フォームを幼少期から覚えることができる。そうすれば、今よりももっと将来的に中学、高校、大学、そして社会人やプロに行っても肩・肘を故障する選手を減らすことができると思うのです。それこそ、肘の靱帯を傷めて手術をするような選手も減らすことができるはずなのです。
――今日は野球選手たちの未来を救うお話、ありがとうございました!
◇プロフィール◇
西中直也(にしなか・なおや)
1994年昭和大学医学部卒、1999年博士号取得。2005年にフロリダ大学へ留学し、2012年、昭和大学藤が丘病院整形外科講師、2016年に昭和大学スポーツ運動科学研究所准教授を経て2019年に昭和大学大学院保健医療学研究科教授。千葉ロッテマリーンズメディカルチェック担当医も務め、数多くの野球選手の肩肘を診てきたプロフェッショナル。現在はZero外旋テスト/Zeroリリーステストについて、学童から学生、プロ選手まで広く周知するための活動も積極的に行っている。近著『シンプル思考で診る肩: 4つの安定化機構から考える』がある。