計画の見直し!? オリンピックの開催都市の選定~計画・実行までプロセスとは
2032年の夏季オリンピックは、オーストラリアのブリスベンで開催されます。この決定は、東京2020が開催された2021年7月21日に、国際オリンピック委員会(IOC)が東京都内で総会を開き、承認をしたことで正式決定されました。
2024年11月、ブリスベンのあるクイーンズランド州政府は2032年にブリスベンで開催されるオリンピックとパラリンピックのインフラ計画について、100日間に及ぶ見直しを開始したと発表しました。
オリンピックの開催都市は、立候補した都市に対してIOCによるプロセスに基づいた審査があり、最終的にIOC委員による投票によって決定します。開催都市決定後に計画を見直すという今回のクイーンズランド州政府の発表は、言うなれば審査を行った内容と異なる計画で大会が進行されることとなります。
今回はオリンピックの開催都市の選定に関するプロセスを整理しながら、今回のように計画の見直しが発生した際にもたらす影響についてご紹介したいと思います。
開催都市の選定に関わる主な関係者と役割
オリンピックの開催都市が決定するまでには、主に下記の関係者が参加しプロセスが慎重に進められます。
1.国際オリンピック委員会(IOC)
オリンピック全体を統括するIOCはこのプロセスの中心的な存在です。開催都市選定の全体管理・監督を行い、候補地に対して適切なアドバイスを提供します。
2.将来開催地委員会(Future Host Commission)
IOC内に設置されたこの委員会は、候補地から提案された内容を評価し、最適な候補地を推薦します。技術的・財政的なリスクを慎重に分析を行い、開催都市としての実現可能性を検討します。
夏季・冬季それぞれに委員会が存在しており、アスリート、国際競技連盟(IF)、国内オリンピック委員会(NOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)の代表者から男女比を考慮して構成されています。
3.都市・地域・国
都市・地域・国(候補地)は開催都市候補としての具体的な提案書を作成し、IOCや将来開催地委員会に向けてプレゼンテーションを行います。地元政府や自治体、企業と密接に連携し、計画を具体的に検討していく中で、候補地ならではのビジョンや強みを最大限にアピールします。
オリンピックにおいて、地元政府や自治体はその実現に向けた財政的支援や必要なインフラ整備を提供する存在です。また、地元住民の理解とサポートを得るために情報提供や説明会を開催するなど、協力を呼び掛ける役割も担います。
開催都市の選定プロセス
そもそもオリンピックの開催都市はどのようにして決定するのでしょうか。開催都市が決定するプロセスとして大きく3つのステージに分かれます。
ステージ1:継続的な対話(Continuous Dialogue)
開催に関心を持つ国内オリンピック委員会(NOC)と都市・地域・国(候補地)がIOCに意思を表明し、IOCと候補地との間で非公式な形で対話を行います。継続的な対話は予備調査的な性質のもので、どの大会の開催地になるかを確約することなく候補地の関心や大会開催能力を評価し、適格性を確認することが目的となります。
候補地は競技施設の概要、既存インフラの状況、財政計画等をまとめた初期提案書を提出し、対話を通じて将来開催地委員会が実現性評価を行いつつ、問題点の洗い出しや改善案の提示を行ないます。
このフェーズにおける対話は特定の年次・大会に限定せず、また必ずしも候補地が正式な候補になるわけではないという前提で進められ、改善が必要な場合は再考が求められます。
ステージ2:目的を絞った対話(Targeted Dialogue)
IOCは将来開催地委員会に対し、IOCが適格と判断した候補地と特定の競技大会についての対話を開始するように指示し、その候補地は「優先候補地(Preferred hosts)」と呼ばれるようになります。
優先候補地は競技施設、インフラ、財務計画、持続可能性への取組み等がまとめられた政府保証を含む一連の文書を提出し、将来開催地委員会はより詳しく計画を評価するために、必要に応じて優先候補地への訪問を行います。
将来開催地委員会の評価報告書を基にすべての要件が満たされている場合、優先候補地をIOCに提案します。
ステージ3:最終決定(Election by IOC Session)
最終的な開催都市はIOC総会(IOC Session)での投票によって決定されます。各優先候補地から最終プレゼンテーションが実施され、IOC委員からの質疑応答を経て、IOC委員による無記名投票が行われます。その後、開催都市が選定され、開催都市契約(Olympic Host Contract)を締結し決定されます。
(東京2020でのプレゼンは今でも記憶に新しいですね!)
上記プロセスは東京2020大会が決定した時のプロセスと異なり、2019年に変更されたものです。
東京2020大会では、大会開催年から逆算したスケジュールで開かれた窓口に申請した都市より絞り込み、最終的にIOCによる投票で開催都市を決定していましたが、この変更により、将来開催地員会が候補地と対話して調査・評価を行い、IOCに推薦するプロセスとなりました。
この変更により、IOCとしてはオリンピック競技大会やユースオリンピック競技大会の開催に関心を示す候補地を囲い込むことができ、大会開催に関心のある候補地としては対話プロセスの中で情報収集ができるようになりました。
その他の大きな変更点としては、開催に関心を示す候補地は必ずしも単一の都市に限定されず、複数の都市、地域、または国でも開催できるようになったこと、またこれまで固定されていた開催都市の決定時期が大会開催7年前に限定せず、柔軟に決定されることが挙げられます。
候補地ごとに作成される将来開催地アンケート
このようにオリンピック開催都市はIOCによって定められた審議プロセスを経て決定しており、その過程で候補地はIOCに将来開催地アンケート(Future Host Questionnaire)を提出します。
夏季・冬季それぞれの大会についてIOCより公表されている将来開催地アンケートは下記の通りです。
1.ビジョン・大会コンセプト・レガシー(VISION, GAMES CONCEPT AND LEGACY)
この項目は開催都市が大会を通じて実現したい独自のストーリーと長期的なビジョンを説明します。単なるスポーツイベントを超えて、都市や地域の持続的な発展にどのように貢献するかを詳細に示す必要があります。スポーツ振興、社会開発、文化的影響、経済効果などの側面から、大会の長期的な成長や価値を具体的に提示します。
2. 体験(GAMES EXPERIENCE)
選手、観客、地域住民の体験を考える項目です。選手村の設計から、観客のエンゲージメント戦略、選手のサポート体制まで、包括的な大会における体験のデザインを描きます。いかに参加者と観客に最高の思い出を提供できるかを具体的に説明します。
3. 環境への配慮パラリンピック競技大会(PARALYMPIC GAMES)
パラアスリートの大会体験と障がい者スポーツの発展にフォーカスした項目です。単にイベントを開催するだけでなく、いかにパラリンピックを通じて社会の意識や受け入れを促進するかを示します。
4. 持続可能性(SUSTAINABILITY)
環境、社会、経済の持続可能性を総合的に評価する項目です。気候変動への対応、ジェンダー平等、人権尊重など、現代社会が求める価値観を大会運営に反映させる具体的な計画を提示します。
5. ガバナンス(GOVERNANCE)
大会の運営体制、安全管理、交通計画などを詳細に説明します。透明性の高い運営と、リスク管理の具体的な戦略を示すことが求められます。
6. 経済性(ECONOMICS OF THE GAMES)
財政計画と経済的影響の詳細な計画を提出します。大会開催によって生じる経済効果と長期的な投資対効果を明確に示す必要があります。
将来開催地アンケートは、単なる構想候補地選定の手段だけではなく、オリンピック候補地がIOCのビジョンを実現し、社会的、経済的、環境的な持続可能性を確保するための重要なガイドラインとして役割を果たしています。
2032年夏季オリンピックはブリスベン
2021年7月、IOCは2032年の夏季オリンピック・パラリンピックの開催都市としてブリスベンを選定し、この発表はオーストラリア全体から大きな注目を集めました。しかし、オリンピック開催に向けてクイーンズランド州政府は、メインスタジアムとして想定していたザ・ガバの現行の収容人数(約42,000人)では、オリンピック開会式などの主要イベントに対応するには不十分であるとし、収容人数を50,000人以上に拡大する改修計画を発表します。
2023年2月、オーストラリア政府とクイーンズランド州政府は、オリンピックに向けた大規模なインフラ・施設整備のため約71億豪ドル(約3.6兆円)の予算を両者で確保する契約を締結しました。一方で、予算超過や遅延といったリスクが現実問題として取り上げられていました。
しかし、2023年12月にクイーンズランド州首相が交代すると、2024年1月には60日間のレビュー(これまでの決定事項の精査)が実施されます。この結果は2024年3月に発表され、ザ・ガバの改修ではなく新スタジアムの建設が提案されますが、クイーンズランド州は予算内での完成が難しい事から新スタジアムの建設を否定し、ザ・ガバの一部改修と陸上競技を開催予定のクイーンズランド・スポーツ・アスレティック・センター(QSAC)や開会式・閉会式を開催する予定のサンコープ・スタジアムの改修を進める方向で検討するとしました。しかし発表した改修案に対する評価は厳しく、特にQSACの改修計画については、発表した設計イメージの簡素さに批判が集まりました。このレビュー期間にオーストラリアオリンピック委員会がザ・ガバの再建計画に対して懸念があるという発言をしたことも影響したと思われます。
また2024年8月には、政府ではなく民間団体より、ブリスベンのノースショア地域にてオリンピック開催に対応するスタジアムを含めた広範囲な開発を民間資金によって行う「ノースショアビジョン2050」という提案がなされました。この提案では6万人規模のスタジアムを建設し、オリンピック開催に対応させることを目指していましたが、この民間資金による資金調達の難しさや現実的な実現可能性を理由に州政府は反対しています。
その後、2024年12月にはもう一度州首相が交代となります。前政権のスタジアムやインフラ整備に対して批判的だったことから再び100日間のレビューを開始、新しい会場や施設、輸送インフラ、選手村の整備計画などの評価が行われています。新政権は民間資金による新しいスタジアム建設に対して否定的で、既存の会場を最大限活用することが指針として掲げられていますが、最終的にどのような決定が下されるかはこれからとなります。準備における方向性が再び変わる可能性があり、施設に関する調整が引き続き重要な課題となることは間違いありません。
ポイントとしては、上記までの期間において州政府の首相が2度変わり、その度に方針が変わっていること、さらにオリンピック組織委員会も別意見を発言していたりと方針が定まっていない点にあると考えます。州首相が交代する度にレビューが行われ、それに基づき政策が変わってしまうと、準備の継続性が失われるリスクがあると考えます。一方で、新スタジアムの建設は大会後の利用計画をしっかりと練る必要性があることから、既存スタジアムを最大活用する新政権の姿勢はある種、持続可能な運営を重視している政策判断とも考えられます。
計画と異なった場合どうなるの?
このように当初の計画から大きく遅れや異なる計画となった場合はどのような対応となるのでしょうか。
IOCは開催都市と密接に協力し、進捗が遅れている場合や問題が生じた場合には支援を行い、また、スケジュールの変更や調整を提案することがあります。例えば、施設の建設遅延や予算超過などの問題に対しては助言や支援を行います。
一般的に法的な処罰を課すことは通常は避けられることが多く、協力的な解決策が優先されます。
最後に
この記事では、オリンピック開催都市の決定プロセスの整理から、2032年ブリスベン大会に向けた直近のトピックスを紹介させていただきました。
今回の発表により、ブリスベン大会の準備過程における様々な課題が浮き彫りになりました。 スタジアム建設やインフラ整備、予算管理、政治的影響など、オリンピック開催に向けて解決すべき問題は多岐にわたります。
計画と現実のギャップは、どの大規模イベントにもつきまとうリスクです。また、政治的な影響やガバナンスの安定性が、スポーツイベントの成功に大きな影響を与えていることもわかりました。
オリンピックは単なるスポーツイベントではなく、地域経済やインフラの整備においても大規模プロジェクトです。一方で、オリンピック開催による地域の経済成長だけでなく、オリンピック後の持続可能な発展も重要となります。
このような大規模イベントを成功させるためには、計画段階からの慎重な準備と管理、透明性の高いガバナンスが必要となり、今回のブリスベンの事例はオリンピック開催に向け、開催国の選定から決定後の安定した計画実行の重要性を学ぶ機会となりました。
引き続き、2032年の開催を目指すブリスベンオリンピックの今後の動きに注目していきたいと思います。