世界的スターが続々と日本へ ラグビー界の人材事情
2024年12月に開幕するNTTジャパンラグビー リーグワン2024-25。前身のトップリーグからリーグワンという新しい大会フォーマットが生まれ、3シーズンが経過しました。
4シーズン目を迎えるリーグワンには、ニュージーランドやオーストラリア、南アフリカなどの世界各国からスター選手が来日しプレーをすることが決まっています。
トップリーグ時代から海外の選手が来日し日本国内でプレーをすることは、珍しいことではありませんでしたが、リーグワンとなってからその動きは更に加速をしています。その要因として、海外選手にとって日本のラグビーが魅力的な環境と評価される点、海外のラグビー界では「サバティカル」と呼ばれる制度の活用が進んでいる点があると言われています。
今回の記事ではこの二つの点に着目をしながら、ラグビー界の人材の流動性について解説していきたいと思います。
海外の代表選手がリーグワンに多数在籍
昨年フランスで開催されたラグビーワールドカップ2023決勝戦の登録メンバー43人のうち、13人がリーグワンに所属していました。(2023-24シーズンでの登録情報)
世界一を決める試合に出ていたスター選手が日本国内でも見られるということで、リーグワンの2023-24シーズンでは非常に多くのファンがスタジアムに詰めかけました。
ニュージーランドと南アフリカの2カ国以外にも、オーストラリア、ウェールズ、トンガ、アルゼンチンの代表選手がリーグワンに所属しており、日本国内のラグビーファンにとってこの上ない観戦環境だったと言えるでしょう。
12月から開幕するNTTジャパンラグビー リーグワン2024-25では、ニュージーランド代表(通称オールブラックス)からTJペレナラ選手がリコーブラックラムズ東京に加入するなど、海外のスター選手がリーグワンでプレーをするケースは今後も増えてくると思います。
海外選手から見たリーグワンのプレイ環境
海外選手から、日本のラグビー環境はどのように見えているのでしょうか。選手の声を紹介しようと思います。
2023-24シーズン(2023年12月に開幕)から東芝ブレイブルーパスに3年契約で加入をしたニュージーランド代表の司令塔、リッチー・モウンガ選手はこう話しています。
チームスポーツであるラグビーは指導者の戦術がチームスタイルに大きな影響を及ぼすと言われます。リーグワンの各チームのヘッドコーチやチームディレクターといった役職に、ニュージーランド代表のヘッドコーチ経験者が入るケースも増えてきており、移籍の決め手の一つになるケースもあります。2023-24シーズンにトヨタヴェルブリッツに加入をしたアーロン・スミス選手は入団会見の場でスティーブン・ハンセン氏*の名を挙げています。
*スティーブン・ハンセン氏のキャリア
2012年〜2019年:ニュージーランド代表のヘッドコーチ(HC)
2020年〜2023年:トヨタヴェルブリッツのディレクターオブラグビー(DoR)
2024年〜:トヨタヴェルブリッツのヘッドコーチ(HC)兼ディレクターオブラグビー(DoR)
また、国内有数の大企業がオーナーとなりチームを支えているという金銭的安心感*や欧州やオセアニア地域と比べた際の治安の良さを挙げる選手もいます。
以前は、ヨーロッパのリーグに比べると、日本のリーグは試合数が少なく身体的ダメージが少ないことが理由の一つとして挙げられていたこともありました。しかし、トップリーグからリーグワンに大会フォーマットが変わってからはヨーロッパのリーグに近い水準の試合数となり、状況は変わってきています。実際に今年12月に開幕する2024-25シーズンでは昨シーズンからレギュラーシーズンの試合数が2試合増加、プレーオフの試合数も1試合増加すると発表されています。(下記が、各主要大会の前シーズン試合数となります。)
*イングランドやオーストラリアの名門チームが経営破綻や活動停止となるケースも出てきています。
▼参考記事
また、ラーメンやお寿司といった食事を楽しみにしている選手もおり、プレー環境や指導者との関係といったラグビーに直接関わる部分の他にも 生活面から見ても魅力的な市場であることが分かります。
ニュージーランドで広がる「サバティカル」制度
前半に述べたような状況の背景として、ニュージーランドラグビー協会(以降、NZR)の「サバティカル」という制度が大きく影響していると言われます。
「サバティカル(sabbatical)」は内閣府のサイトでは、「長期休暇」「研修休暇」といった訳語で説明され、働き方改革、ワークライフバランスの文脈で使われてきました。
ラグビー界においても、選手の身体的精神的ダメージを軽減することを目的として、2008年にNZRでサバティカル制度の導入が始まりました。
サバティカル制度は、オールブラックスの10番として活躍したダニエル・カーター選手との契約から始まったと言われています。NZRはニュージーランド国外でプレーをする選手は、代表に選出をしないという方針を持っていましたが、彼は2008年にオールブラックスのジャージを脱ぎ、自分の実力を更に高めるために欧州のチームでプレーをしたいという意向を持っていました。しかし、NZRとしては過去ワールドカップ2大会で貢献をした彼との契約を延長させたい。そんな状況で、NZRが捻り出した策が次のワールドカップの際にはオールブラックスに戻ってくることを条件として国外のチームとの長期契約を認めるという内容でした。
この内容が近年、スーパーラグビー*のシーズンでのプレーを一度ストップし、リーグワンで1シーズンプレーをした後に、またスーパーラグビーに戻ってくるという形に変わってきています。そして、本記事を執筆している最中にもリーグワン所属の三菱重工相模原ダイナボアーズに、南アフリカ代表の主力選手の加入というニュースがありました。海外メディア等の報道によると、サバティカル制度を利用し1シーズンだけリーグワンでプレーを行うようです。
*ニュージーランドを含むオセアニアの国のクラブチームが加盟する国際リーグ
▼参考記事
サバティカル制度がもたらす功罪
身体的負担が大きいラグビーにおけるサバティカル制度の本来の目的は、心身ともにリフレッシュするための「休暇」を取ることですが、現実的にはダニエル・カーター選手のように数年後にニュージーランドに帰国する前提で国外でのプレイを認めるという条項が盛り込まれるケースも多々あります。
主語をNZRやスーパーラグビーに置き換えて考えると、数年後に戻ってくることを条件としつつ一時的に自国の選手が海外に流失するという形になります。NZRの選手編成を担うゼネラルマネージャーが
「オールブラックス(ニュージーランド代表)の選手は、海外のリーグから選ぶのではなく、スーパーラグビーに所属し自国でプレイしている選手から選びたい」
といった趣旨の話をすることもあり、自国の代表強化とスーパーラグビーのプレゼンスアップを考えるとサバティカル制度が必ずしも好ましい選択ではないということが伝わってきます。
また、スーパーラグビーの事業的側面からサバティカル制度を考えると、スーパーラグビーから大物選手を失うことによる観客数減少、視聴率の低下といった問題も想定されます。
選手ファーストの制度は自国強化に繋がるのか
NZRはこれまで、代表選手資格として自国のチームで活動をしている選手を選考の対象としていました。一方、2023年のフランスワールドカップでニュージーランド代表を下し、優勝に輝いた南アフリカは自国以外のチームで活動をしている選手も選考対象にしています。
サバティカル制度の導入により、選手の活動の幅が広がったという選手目線でのポジティブな一面もありながら、自国の空洞化というジレンマも発生しています。各国が育成方針、強化方針を持った上での制度設計となるため、正解は無く難しい問題ですが読者の皆さんも今後のラグビーの国際大会を見る上で注目して見ていただけると幸いです。
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