アメリカのユーススポーツの早期専門化と、施設の役割とは?
ユーススポーツ(youth sports)とは18歳以下の子どもや青少年を対象としたスポーツ活動を指します。これには、学校やクラブ、地域コミュニティ、スポーツ団体などによって提供される練習、試合、トーナメントなどが含まれます。
ユーススポーツ市場は急成長を遂げており、2022年には世界市場が375億米ドルに達し、2030年まで年平均成長率9.2%で増加すると予測されています。この市場の拡大は、多くの若者がスポーツに積極的に参加するきっかけとなっています。
しかし、アメリカではこの急成長に伴い、ユーススポーツの早期専門化が大きな問題となっています。若い選手たちが特定のスポーツに早い段階から集中し、その結果として心身の健康リスクやバーンアウト(燃え尽き症候群)の問題が顕在化しています。この問題は、アメリカのユーススポーツ施設にも大きな影響を与えており、施設やプログラムの変革が求められています。
今回は、早期専門化の背景とその影響について詳しく探り、アメリカでの具体的な事例を通じて、日本のスポーツ界にも参考となる取り組みを紹介します。
アメリカのユーススポーツの特徴
アメリカのユーススポーツの大きな特徴のひとつに、シーズン制があります。アメリカの18歳以下のスポーツの多くが「シーズン制」を採用しており、季節ごとに異なるスポーツに取り組むことが一般的です。
例えば、一般的に日本の高校では、高校入学時にサッカー部に入学すると、高校三年生の夏頃の引退までずっと同じサッカー部に所属しますが、アメリカの高校にはこのような継続して同じ部活動に入り続けるという形式ではなく、季節ごとに異なる部活動に所属します。
具体的には、1年を夏から冬、冬から春、春から夏の3つのシーズンに分け、暖かい季節には屋外競技、寒い季節には屋内競技の部活動に参加する高校が多いです。
一方で昨今、アメリカのユーススポーツにおける早期専門化がトレンドとなっており、その影響から市場にも変化をもたらしています。
アメリカのユーススポーツ関連施設の市場と早期専門化
ユーススポーツは、組織化されたスポーツリーグからレクリエーション活動までを含む広範な産業としての地位を確立しており、ユーススポーツの関連施設の市場も大きく成長しています。スポーツビジネスジャーナルの調査によると、アメリカでは2024年にユースやアマチュアスポーツの大会開催のために建設される施設の新設や改修工事に10億ドル以上が費やされる予定で、2022年から2024年にかけて開業した施設の総費用は21億ドルと、過去10年間の合計額(22億7000万ドル)に匹敵します。
この成長の背景にはユーススポーツの早期専門化があります。早期専門化とは、他のスポーツをせずに単一のスポーツに年間を通じて取り組むことを指します。
ユーススポーツの早期専門化にはいくつかの要因があります。まず、スポーツビジネスの拡大に伴い、大学への奨学金獲得やプロ選手の道を目指すために、早期から専門的なトレーニングを受けることが一般化しています。プロスポーツ選手の存在は大きく、その名声や高額な報酬が多くの若者にとって魅力的な目標になり、そのために幼少期から特定のスポーツに集中し、プロを目指す取り組みが盛んになっています。
より高い競技レベルを目指すためには早い段階から専門的なトレーニングが必要とされます。特に体操やバレエなどの競技では思春期前にパフォーマンスのピークが来るため、早期専門化が不可欠とされています。
さらにスカウトシステムの存在も大きく、才能ある選手を早期に発掘し専門的な育成を行うためのスカウト活動は、早期専門化を促進する大きな役割を果たしています。このような環境下で競争が激化する中で、競争力を高めるために早期から専門的なトレーニングを行う傾向が強まっています。
また、保護者や指導者の期待も大きな影響を与えています。子どもの才能を早期に開花させたいという保護者の期待や成果主義的な考え方を持つ指導者の影響も、早期専門化を後押しする要因となっています。
ユーススポーツ需要に応えるグランド・パーク・スポーツ・キャンパス
ユーススポーツの早期専門化により、新たな施設の建設や既存施設の改修が進み、若い選手がより専門的なトレーニングを受ける環境を整える傾向にあります。これにより、若者が早い段階から高度な技術を身につけることが容易になっています。
インディアナ州ウェストフィールドに位置するグランドパーク・スポーツ・キャンパスも、こうしたユーススポーツの需要やより高いレベルでの環境を求める選手・チームを招致するために建設された巨大スポーツ施設のひとつです。年間を通じて多くのユーススポーツトーナメントやキャンプが開催され、若いアスリートが高度なトレーニングと競技の機会を得る場として利用されています。
1.広大な敷地と多目的フィールド
施設は400エーカー(東京ドーム約34個分)の敷地には、26の野球場とソフトボール場、31のサッカー、アメリカンフットボール、ラクロス用の多目的フィールド、屋内競技場などのユーススポーツ施設がまとめて設置されています。これは多くの他のスポーツ施設と比べて非常に大規模で、多機能な使用が可能です。そのため、毎年、様々なスポーツイベントやトーナメントが開催されています。
2.通年利用可能な施設
屋内スポーツコンプレックスは天候に左右されず、年間を通じてトレーニングや試合が可能です。これにより、雨天や冬季でも活動を続けることができます。
3.地域経済への大きな影響
毎年多くのトーナメントやイベントが開催され、年間約200万人がウエストフィールド市を訪れます。これは地域経済の活性化にも貢献しており、スポーツツーリズムの拠点としても機能し、地域の雇用創出にも寄与しています。
4.充実したホスピタリティとアクセスの良さ
周辺には宿泊施設やレストランが充実しており、訪問者が快適に滞在できる環境が整っています。さらに、主要な交通機関からのアクセスも良く、多くの訪問者が容易に利用できます。
近年のユーススポーツの専門化に伴い、多機能性や最新の設備、充実したホスピタリティを備えた、若いアスリートの成長を支援する施設が増えています。
ユーススポーツの早期専門化のリスク
早期専門化にはリスクも指摘されています。多くの国際的なスポーツ組織は、以下の理由から早期専門化に対して反対の立場をとっています。
1.ケガや故障のリスクを高める
過度なトレーニングや競技によるストレスが、若い選手の心身に悪影響を与える可能性があります。また、一つのスポーツに特化することで、身体の特定の部位に過度な負担がかかり、怪我のリスクが増加します。
2.バーンアウト(燃え尽き症候群)の問題
若い頃から一つのスポーツに専念することで、選手がバーンアウト(燃え尽き症候群)になるリスクも高まります。過度なプレッシャーやストレス、楽しみの喪失が、長期的なスポーツへの意欲を失わせる原因となります。
3.ドロップアウト
早期専門化によるプレッシャーや過度な期待により、若いうちからドロップアウトする選手が増える可能性があります。
4.全面的な運動能力の発達
スポーツの早期専門化により、他のスポーツや活動から得られる多様なスキルや経験が欠如することがあります。これにより、全体的な身体能力の発達が阻害され、スポーツ以外の分野での成長機会も減少します。
上記の観点から、スポーツの早期専門化は同時にその弊害も認識されており、バランスの取れたアプローチが求められています。
ユーススポーツの早期専門化に対する、IMGアカデミーの取り組みとその影響
マルチスポーツに触れることは、若い選手が身体のバランスを発達させ、スポーツ技術の幅広い基盤を築くことに役立ち、また、早期専門化がもたらすリスクやプレッシャーを軽減することに繋がると言われています。若い選手が複数のスポーツを経験することで、異なる運動能力や戦術的な理解を深めることができ、全体的なスポーツパフォーマンスにもプラスの影響を与えるとされています。
以前のnoteでも紹介したIMGアカデミーも、ユーススポーツの早期専門化の問題に対処するためのモデルとして総合的なアプローチと施設の充実が注目されています。以下、IMGアカデミーの取り組みとその影響について紹介します。(IMGアカデミーの詳細を知りたい方は過去のnoteを御覧ください)
IMGアカデミーでは、若い選手たちに向けて複数のスポーツに触れさせるクロストレーニングを行うことで、特定の競技に偏らない全面的な運動能力の発達を促し、怪我のリスクを軽減する取り組みを行っています。同時に、各選手の個性や発達段階に合わせたトレーニングプログラムを提供し、過度な負荷を避けつつ効果的な育成を実践しています。また、定期的な身体機能評価や医学的検査を通じて選手の状態を細かくモニタリングし、適切なトレーニング負荷を設定することで、怪我の予防と最適なパフォーマンス向上を両立させています。
さらに、IMGアカデミーの教育プログラムはスポーツだけでなく、学業や人格形成にも重点を置いてバランスの取れた人間性の育成を目指し、早期専門化に伴う心理的ストレスに対応するためメンタルヘルスケアにも力を入れています。また、短期的な成果よりも長期的な選手としての成長を重視し、持続可能な競技生活をサポートしています。保護者向けの教育プログラムも実施し、早期専門化の弊害や適切な育成方法について理解を深めることで、家庭を含めた総合的な育成環境の構築を目指しています。
このように、IMGアカデミーは早期専門化の問題に多角的にアプローチし、各競技の特性や選手個人の差異を考慮しながら、選手の長期的な成長と健康を最優先に考えたプログラムを提供しています。
最後に
今回はユーススポーツを中心に、早期専門化の課題とそれに対する施設の役割について考察しました。近年のスポーツビジネスの成長に伴い、特にアメリカにおいては、若い選手が早期に特定のスポーツに集中する傾向が強まっており、それに応じてスポーツ施設も進化を遂げてきました。
一方で、国内では古くからスポーツの専門化が一般的であり、これに関連する課題に対する改善が進んでいないという問題点があります。海外の事例から学ぶことは多くあり、その中でIMGアカデミーの取り組みは、国内の青少年スポーツにおいても参考にできる部分があると考えます。
アメリカと国内のスポーツの早期専門化にはそれぞれ異なった背景があり、このような海外事例をそのまま国内に導入することは難しいですが、学校外にこのような施設を設置することは、青少年スポーツの発展だけでなく国内のビジネス機会の創出にもつながるのではないかと思いました。
引き続き、noteでは様々な角度と海外事例を交えながら、国内のスポーツやスポーツビジネスの発展のための参考となるヒントを探っていきたいと思います。