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チケット転売の高額化規制はスポーツの価値を上げる?下げる?

昨夏、フランスでラグビーW杯が行われ、約240万人もの観客を動員しました。
日本のリーグワンで横浜キヤノンイーグルスに所属するファフ・デクラーク選手も大活躍し、南アフリカ代表がラグビー王国ニュージーランド代表オールブラックスに1点差で勝利し王者に輝きました。

多くの人が日本からテレビを通して熱戦を目にして盛り上がりを感じたと思いますが、実は準決勝のイングランド対南アフリカ戦は数千席が空席という悲しい事態になっていました。
英スポーツメディアはその要因を、大会主催者がチケット転売を自社サイトでの定額取引のみに制限したことだと報道しています。

チケットは額面価格でしか購入できず、ファンはその金額を支払う気はなかったため、多くの潜在的な観客が試合に行けなくなり、テレビカメラには空席の映像が映し出された。

SPORTSPROMEDIA

昨今スポーツ界だけでなく特にエンタメ界ではチケットの高額転売が問題になっています。平成30年にチケット不正転売禁止法が施行され、今年にはJリーグ 清水エスパルス対ジュビロ磐田戦のチケットを販売価格を超える金額で転売した人が逮捕される事件もありました。

日本ではチケットの不正転売が法律で禁止されていますが、チケットが定額以上で転売されるということは、「定額以上の価値がある=需要が上がっている」とも考えられます。
商品の価値が上がる、需要が高まることは販売者、業界にとっては良いことです。

さて、チケットの転売は完全なる悪なのでしょうか?規制によって無くすべきものなのでしょうか?
エンタメの中でもスポーツというちょっと特殊なコンテンツにおいてチケットの二次販売はどのようにあるべきなのか、規制が強まる海外の事例を見ながら考えてみたいと思います。


英労働党がリセール価格を規制

今年7月頭に英総選挙で労働党が勝利し、英では政権交代となりました。
党首のキール・スターマー氏は総選挙前の講演にてこのように述べました。

選挙で勝利した場合、チケットの二次市場での価格に上限を設け、チケット販売プラットフォームを規制する

BBC

自身も労働階級出身であり、弁護士から政治家、そして今年党首として政権交代を実現させたスターマー氏が率いる労働党。

簡潔には、労働党とは労働者階級でも平等に暮らせる社会の実現を目指す政党です。

それは芸術やスポーツといった文化・娯楽を楽しむ権利も同様。
需要が供給を上回る状況においては、リセール価格の上限がなければチケット価格は定額以上に上がり続けるため裕福な人々しかチケットを手に出来なくなります。
つまりは、労働党はリセール価格の上限を規制することで文化を楽しむ権利の平等化を実現しようとしているのです。

リセール価格規制の効果

では、リセール価格を規制するとどんなことが起こるのでしょうか。
当然ですが、リセール価格を規制するといつどこで誰がチケットを買っても定額もしくは定額以下になります。
この現象は社会に対して次の2つの影響を与えます。

  1. 所得に関わらず見たい人がチケットを手にできる

  2. リアルな需要の雲隠れ

1はまさに英労働党が実現したいことですね。
エドシーランの公演チケットだろうがプレミアリーグ最終節であろうが、チケットがリセールに流通しても価格は定価以上にはならない。
確かにこれはチケットを求めるチャンスが意図的に絞られていないので平等といえると思います。

2は、チケットの価格=需要とした場合に、価格が固定されることで本来の需要が見えなくなるということです。
例えば定価1万円のチケットがリセールで30万円で出品されたとしましょう。元々1万円のチケットが30万円になった理由はどこにあるのでしょう?
チケットの価格=需要であれば、30万円になったのは「30万円の価値・需要があるから」と考えることができます。
チケット転売仲介サイト「ビアゴーゴ」のマット・ドリュー氏はこのように述べています。

チケットの価格は販売者が設定し、需要によって左右される。高価格は単にイベントの需要が供給を大幅に上回った結果に過ぎない。

SPORTSPROMEDIA

上限価格の規制がないリセールは商品の本当の価値・需要を明らかにしているともいえます。
つまり、上限価格を規制するということは、本当の価値・需要を見えなくしてしまっているということです。
資本主義の社会において、これは良いことなのでしょうか?

リセール価格規制は唯一絶対ではない

規制することにはメリットもあってデメリットもある。
じゃあどうすんのよ・・・と思うかもしれませんが、つまり「リセール上限価格の規制が唯一絶対の解決策じゃない」ということではないでしょうか。
実際、資本主義の中で平等の実現を求める労働党も全てを規制しているわけではありません。
最後にチケット転売価格規制の在り方が見えるウィンブルドン大会のチケット販売についてご紹介して終わりにしたいと思います。

規制と許容が共存するウィンブルドン

テニスの世界4大大会で最も古い1887年から続くウィンブルドン大会。
実はそのチケットは約半分が「ディベンチャーチケット(社債席)」として転売されています。

ディベンチャーとは、大会主催者が発行している社債のこと。
その社債の購入者には先5年間、毎年ウィンブルドン大会の最高クラスの席が用意されるというのがディベンチャーチケットです。

各債券は、5年間、選手権大会のセンターコートまたはNo.1コートのプレミアムシート、専用レストランやバーの利用権を提供します。

WIMBLEDON

主催者はディベンチャーチケットの収益を、コートを増築したり改修したりと環境をよりよくするために活用しています。
またディベンチャーチケットのエリアはコートごとに決まっており、決勝が行われるセンターコートの場合は下図の緑部分がディベンチャーチケットエリア、グレーが一般販売エリアです。
1番コートではさらにディベンチャーチケットエリアが広く約半分を占めています。

ディベンチャーチケットは債権の購入者が自由に価格制限なく販売できるため、様々な債権者によって様々な価格で二次販売されています。
HISは今年開催されたウィンブルドンの観戦サポートツアーを企画し、特に男子決勝の観戦チケット(ディベンチャーチケット)2枚を約530万円で販売しました。

そして2026年以降のウィンブルドン敷地再開発および拡大により、元の債権自体の価格もさらに値上がりすると予想されています。

高額化が続く転売。これは労働党が最も無くしたいものなのでは?と思いきや、労働党はディベンチャーチケットを転売価格規制の対象外とすると表明しています。
※一般販売チケットは規制対象

このウィンブルドンの例から、「誰でも文化を楽しめる社会」と「スポーツの価値の最大化」は同時に共存できるものであると考えます。

リセール価格規制は「観る人」の権利を守る

スポーツ庁はスポーツ基本法に基づいて定めた「スポーツ立国戦略」において、基本的な考え方を下記の通り示しています。

1.人(する人、観る人、支える(育てる)人)の重視
2.連携・協働の推進

スポーツ庁

リセール価格の規制はここでいう「観る人」の権利を守る、つまり誰でも「スポーツを観る」ことができる社会を実現するための方法の一つとして有効な手段であるといえます。
ただし、ウィンブルドンの例にもみられるように、チケットの収益はスポーツ団体にとって非常に重要な収益です。
となるとそのバランスが非常に難しいですが、今後チケット価格に関してどのような動きが出てくるのか、ある意味楽しみになりますね。

今後の新たな動きを楽しみに引き続き動向をチェックしていきたいと思います!


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