
過密日程がもたらすサッカー界の課題とは
サッカーファンにとって、現代は夢のような時代だと思います。週末になれば世界中のリーグ戦を楽しむことができ、毎週ではありませんが、平日にはチャンピオンズリーグなど最高峰の試合が行われています。さらに、各国の代表戦も定期的に開催されており、ほぼ毎日どこかでハイレベルな試合が繰り広げられています。
しかし、この輝かしい舞台の裏側では、選手たちが過密スケジュールの影響で疲弊している現実があります。疲労が重なることでプレーの質が落ちたり、怪我が増えたりといった問題は、いまや多くのチームが直面する深刻な課題です。それにも関わらず、試合数は減るどころか、むしろ増加の一途をたどっています。選手たちの健康を心配する声が高まる一方で、協会側はさらに過密な日程を強いるレギュレーションを作り続けています。
今回の記事では、この「試合数の増加」をめぐる問題に迫り、選手、チームの意見と協会が直面しているジレンマやその背後にある事情について掘り下げていきます。
過密日程の現状
サッカー界における過密日程の問題は、選手のパフォーマンスに深刻な影響を及ぼしています。近年、試合数の増加や大会の拡大により、選手たちは過度な負担を強いられている状況にあります。
2024年8月、スペインのラ・リーガに所属しているレアル・マドリードは年間70試合以上をこなす可能性があると報道されました。ラ・リーガ(リーグ戦)で行われる試合は38試合ですが、そのほか、チャンピオンズリーグやカップ戦、クラブワールドカップなど全ての試合をトータルすると70試合以上となってしまうそうです。さらに、レアル・マドリードに所属している選手は若くから活躍している選手が多く、シーズン前にEURO2024やコパ・アメリカ2024、パリオリンピックが開催され、疲労が癒えることを待たずしてシーズンが開始してしまっています。
例えば、ブラジル代表のヴィニシウス・ジュニオール選手は24歳を迎えるまでに通算344試合をこなしていますが、元ブラジル代表のロナウジーニョ選手は24歳までに162試合しかプレイしていないそうです。
クラブとして年間の総試合数が増えていることに加え、活躍している選手はさらに国代表として試合をこなす必要があり、選手のパフォーマンス、コンディションを十分に整えるスケジュールを確保できていない現状があるように思えます。
選手への影響
過密日程は、選手の身体に多大な負荷をかけます。ほとんどの試合における試合時間は45分を前後半行いますが、プロサッカー選手の1試合での平均走行距離は10km、多い選手では12〜14kmと言われています。また、サッカーはスプリントが多いスポーツでもあり、10〜30mの距離を多い選手では40回ほど走ります。ずっと一定のスピードで走るのではなく、ボールの動き、試合の流れに合わせて走る速度も変えた上での10kmでは、かなりの疲労につながることが想像できると思います。
試合間隔が短いと、筋肉や関節の回復が不十分なまま次の試合に臨むことになり、疲労が蓄積し怪我のリスクが増加します。特に、筋肉系の損傷や靭帯の損傷が増える傾向にあり、FIFPRO(国際プロサッカー選手会)の報告によれば、選手の54%が高負荷のスケジュールに直面し、31%が年間55試合以上に出場しています。このような状況は、選手の健康と安全に対する国際基準に反していると指摘されています。
#FIFPRO’s latest workload report reveals the troubling impact of expanding competitions on men’s footballers.
— FIFPRO (@FIFPRO) September 5, 2024
⚠️ 54% of players face heavy workloads
📅 31% played 55+ games last season
🛌 <1 full day off per week for some
🚨 80+ games projected by 2025
📊 @Football_BM
チームへの影響
過密日程は、チームのパフォーマンスや戦術にも直接的な影響を及ぼしています。試合間隔が短いことで、次の試合に向けた戦術面での準備や選手のコンディション調整が難しくなっており、また、主力選手の疲労や怪我によって、ベストメンバーを揃えることが困難となるため、試合ごとの戦術プランに柔軟性が求められます。
2024年10月31日、横浜F・マリノスのジョン・ハッチンソン監督は、過密日程に対する不満を公に表明しました。彼は、天皇杯準決勝での延長戦を含む短期間での連戦により、選手の疲労がピークに達していると述べ、リーグ側にスケジュールの調整を訴えました。
また、前マンチェスター・ユナイテッドの監督、エリック・テン・ハフも、過密日程が選手に与える負担について懸念を示しています。彼は、試合数の増加が選手の健康に悪影響を及ぼし、パフォーマンスの低下や怪我の増加を招いていると指摘していました。
審判への影響
この過密日程は選手、チームだけでなく、審判へも大きな影響が出ているそうです。実は審判は1試合で平均10km走るため、選手とほぼ変わらない平均走行距離およびスプリント数をこなす必要があります。そのため、審判の疲労も選手と変わらず増大していることが分かります。
さらに、現代では審判のジャッジにVARが導入されることが主流となってきました。VARによって機械による正しいジャッジを得られるようになり、双方のチームに公平性が担保されるようになりましたが、主審によるファーストジャッジがVARによって覆ることも多々あり、審判に対する批判に繋がっているようです。
プレミアリーグ2023-24シーズンではVARによる判定の見直しが数多く行われ、ミスが正されることが増えている一方で、審判に対する脅迫が1,451件に達しました。これには言葉による暴力や身体的な脅迫が含まれ、審判の精神的な負担が一層大きくなっていることが分かります。過密日程に加え、VARという試合の公平性を担保するために導入した機器によって、心身への負担やプレッシャーの増大につながっている現状があります。
協会、リーグのジレンマ
サッカー界における過密日程の問題は、選手やチームだけでなく、競技の発展と商業的成功を追求する一方で、選手の健康や競技の質を維持する責任も負う各国のサッカー協会にも複雑なジレンマをもたらしています。
協会の財政基盤は代表戦の放映権やスポンサーシップから得られる収益が支えており、試合数の増加はこれらの収益を拡大する手段となっています。しかし、過密なスケジュールは選手の疲労を蓄積させ、怪我のリスクを高める要因になってしまっており、選手の健康が損なわれれば、競技の質が低下し、長期的にはファンの関心を失う可能性もあります。このように、ビジネス面での利益と選手の健康維持の間で、協会は難しい判断を迫られています。
また、1つの協会、リーグだけでは判断することは困難であると思います。様々な協会やリーグの日程が被らないようにスケジュールを構成する必要がある中で、例えばリーグ戦、リーグ主催のカップ戦、協会主催のカップ戦、大陸連盟主催のカップ戦など様々なレベルの協会、リーグによって主催されている大会が存在するため、各組織だけでは調整しきれない状況になっています。
さらに移動距離に関してもJリーグのチーム、選手にとっては疲労につながる問題になっています。2024シーズン、横浜F・マリノスはJリーグ、Jリーグカップ、天皇杯、ACLに出場しており、日程が過密な時期には2ヶ月に15試合が組まれていました。中3日の日程で国外での試合があったため調整不足となり、順位を落としてしまうことも多々ありました。
このような過密日程の対策として、日本代表では欧州組の生活スタイルに合わせた時差対策が取られています。現在日本代表では過半数が欧州組のため、欧州と日本の時差7-9時間を考慮し、協会は9月の代表活動から選手がどの時間でも自由に食事をとれる態勢を整え、日本滞在中の欧州組は〝遅寝遅起〟で午後1時ごろの昼食が朝食、練習後の夕食が昼食代わりにできるよう準備しています。代表活動は3~4日のみのため、「時差ボケを直す必要はないのではないか」という選手の意見に協会側が歩み寄ることで今回の対策が実現しました。また、長距離移動対策のためチャーター機の利用も進めているようで、直行便の少ない欧州組からの移動に時間をかけずにかつ疲労が残らないような対策となっています。協会として、選手が代表でも各所属チームでも力を発揮できるような準備を手助けできていることは、とても良いことだと思います。
最後に
サッカー界は、過密日程による選手への負担を軽減し、競技の質を高めるための変革期を迎えていると感じます。解決に向けた話し合いは行われているようですが、実現に向けた動きは見られておらず、実際にはさらに多くの試合数をこなす必要のある大会スケジュールに変更されたり、プレミアリーグではクリスマスと新年の間に60時間以内での2試合を避ける取り決めが行われましたが、全ての試合に対して適用されているわけではなため、過密日程が解消されているわけではないそうです。
各ステークホルダーが協力し合い、ビジネス的な側面と競技の本質的な価値を調和させる仕組みを構築することが今のサッカー界には求められています。ファンが望むエキサイティングな試合と、選手の健康を守るバランスが大切です。この過密日程に関しては、スポーツビジネスの観点においてもウォッチしておくべき課題だと思いますので、引き続き注目していきたいと思います!
最後まで読んでいただきありがとうございました。どの記事も興味の沸くものばかりとなっていますので、ぜひ他の記事も読んでみてください!