【テニスをじっと見る時代は終わる?】過去最高入場者数の全豪オープンから見るテニス界の変動
2024年1月、テニス4大大会の1つである全豪オープンテニス(全豪オープン)が100万人を超える観客を動員し、4大大会の過去最多記録を更新しました。
最終的には、合計で102万763人が訪れ、昨年の83万9,192人を大きく上回る数字を記録しています。(予選を含めると111万超)
日本のスポーツ界ではやっとコロナ渦前の入場者数に戻ってきた段階のなか、この数字はかなり大きな成長だといえるでしょう。
その背景には、100年以上続くテニスの長い歴史と伝統の中で、テニス界の未来を見据えた全豪オープンのチャレンジがありました。
全豪オープンでみえたチャレンジと変化、そしてチャレンジに対して生まれた新たな課題を解読しながら、その先にみえる可能性を考察したいと思います。
全豪オープンの主催者、ご存じですか?
今すぐにでも全豪オープンの観客動員数の話をしたいところですが、皆さんは全豪オープンを主催している団体をご存じでしょうか?
(一応元テニス部の筆者もすぐに答えが出てきませんでしたが・・)正解は「オーストラリアテニス協会(Tennis Australia)」です。
オーストラリアテニス協会は国際テニス連盟(ITF)に所属する国内競技連盟(NF)であり、テニス4大大会と言われる「全豪オープン」「全仏オープン」「ウィンブルドン選手権」「全米オープン」は全て開催国のNFが主催しています。
ちなみにテニスの大会で「ATPツアー」「WTAツアー」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、これはNFと関係なく、ATP・WTAというITFから独立した組織が運営しています。
ATP(男子プロテニス協会)は1972年に選手の権利や利益を守ることを目的にITFから独立した組織として設立され、続けて1973年に同目的でWTA(女子テニス協会)が設立されました。
さて、主催者がわかったところで本題に入りましょう。
2024年全豪オープンでの大きなチャレンジ
①観客が出入りできるタイミングが格段に増加
通常テニスの公式大会では、選手が試合に集中できるよう、観客が観客席を移動・出入りできるタイミングはコートチェンジ間とセットチェンジ間のみに限定されています。
例えば、試合開始時から観客席に座った場合、これまでは最短でも最初のコートチェンジのタイミングである3ゲーム(大体30分〜1時間ほど)が終了するまでは場外へ移動することは基本的にできませんでした。
これが観戦におけるハードルになっているという課題意識から、今回の全豪オープンではより自由に出入りができるようにルールが変更されました。
今大会では、コートチェンジのタイミングだけでなく、全てのゲームとゲームの間で出入りができるようになりました。
時間で考えると、これまでは大体30分〜1時間は移動できなかったのに対し、今大会では大体10〜30分ごとに移動できるようになったようなイメージでしょうか。
これまでの大会と今大会における観客の移動可能タイミングを可視化すると、格段に増えていることがわかります。
(青がこれまでの大会、赤が今大会)
②試合会場のすぐ横にバーが登場
テニス経験者の方、テニスの試合を見たことがある方は、「いや問題でしょ!」とつっこみたくなったことでしょう。
なぜなら、選手がプレーに集中するためにテニスは静寂の中でプレーすることが常識であり、「声援」や「鳴り物」は論外、サーブ前には観客席全員が静かに見るのが通常だからです。
もちろん観客も選手達を応援していますが、観客がそれを表現するのは選手が良いプレーをした後に歓声や拍手を送る時だけです。
静寂が基本の「テニス」と、ワイワイお酒を楽しむ「バー」は、これまでの常識だとかなり遠い関係でしたが、全豪オープンは「ファンが楽しめる」環境を実現するためにこの組み合わせを実現しました。
実際この全豪オープンの投稿からは、初めて導入されたコートサイドバーに多くの観客が集まり、バーから試合観戦を楽しんでいる様子が伺えます。
これまでのルールであれば移動できるタイミングが少ないためにバーを設置しても訪れる観客は少なかったかもしれません。より自由に出入りができるようになったからこそ、このような施設も十分に楽しめるものになったのでしょう。
大きく動き出した歴史と伝統のテニス界
さて、ここまで述べた2つが今大会におけるオーストラリアテニス協会による大きなチャレンジでした。
灼熱の中でじっとその場で観戦し、好きな時に好きな場所に移動することが難しいテニスという競技は、観戦するにはハードルが高い競技といえます。
冒頭でも述べた通り、100年以上の長く深い歴史があるテニス界では、「伝統」や「明文化されないルール」が根強くありますが、そのような逆境の中でもオーストラリアテニス協会が大きなチャレンジをした理由は、どこにあるのでしょうか。
あくまで筆者の考察ですが、大会としての魅力・顧客満足度向上によるブランディングや収益の拡大が大きな目的の1つではないかと考えます。
テニスをじっと見ているだけでは、観客による消費はチケット代と少しの飲食代にとどまってしまいますが、より自由に行き来できるようにすることで観客が消費する選択肢と量が広がると思います。
それだけじゃない全豪オープンの変化
ファッションブランドのルイ・ヴィトンは、2024年から全豪オープンのオフィシャルトロフィー・トランク パートナーに就任しました。
ルイ・ヴィトンは男子シングルス部門の優勝者に贈られるノーマン・ブルックス・チャレンジ・カップ、そして女子シングルス部門の優勝者に贈られるダフネ・アクハースト・メモリアル・カップを製作しています。
女子テニス選手がスカートを着用するのはテニスが上流階級の遊びとして始まったことが理由と言われていますが、テニスはその歴史の長さの影響もあり、よりファッショナブルなイメージをまとっています。
さらにそこに若者も含めて他年代の人々が集まる場であれば、テニスという競技が持つスポンサーシップ面での可能性はより大きく拡大されることが想像できます。
また、イタリアNo.1リキュール「アペロール」は、オーストラリアテニス協会と全豪オープンのオフィシャルパートナーシップ契約の範囲を拡大して更新しました。契約期間は2024年からの4年間で、全豪オープンを含むオーストラリアテニス協会が主催する複数大会が対象となります。
アペロールはこれまでもオーストラリアテニス協会とオフィシャルパートナーシップ契約を結んでいましたが、今年の全豪オープンのように観客がより自由に動くことができ、飲食やイベントを楽しめるとなると多くのメリットが生まれることは想像に難くないですね。
懸念は競技への影響(人が動くとサーブが打てない?)
さて、観客が自由にテニス以外のコンテンツも楽しめる、というテニス界にとっては大きな一歩を踏み出した一方で、大会の主役である選手からは動揺の声が上がっていることも事実です。
グランドスラム通算24勝のノバク・ジョコビッチ選手は、観客の移動に関する変更がファンの体験価値向上のためであることを理解している、とした上で不安を述べています。
一方、25歳にして全豪オープン2連覇を達成したベラルーシの新星アリーナ・サバレンカ選手は「それが世界の新しい標準になるだろう」と話しており、混乱を受けつつもテニス界が歩みだした一歩を自然に受け入れているようです。以前Z世代にフォーカスした記事にて、「大量の情報を常に受け取りながら生きるZ世代は、自然と多様性を学び、寛容になってゆく」と紹介しましたが、サバレンカ選手の受け入れ方はまさにZ世代ならではの反応なのかもしれません。
最後に
このように、全豪オープンが過去最多入場者数を記録した背景には、テニス界がもつ長く深い歴史の中で、様々な面でテニス界が発展するための主催者による努力があったことがお分かりいただけたかと思います。
そしてテニス界ではこれだけではなく、他にも抱える課題に正面から向き合い、改善に向けてアクションを起こしています。
時には5時間を超えるほどの長い試合時間、というテニス界の最もわかりやすい課題に対して、ツアー主催者であるATP/WTAが新たなガイドラインを発表し、試合スケジュールの改善を目指しています。
「白色のウエアしか着用してはいけない」という厳格な「オールホワイトルール」で有名なウィンブルドン選手権は、昨年大会から女子選手に限り、白色以外のアンダーショーツ(下着)の着用を認めました。これにより、大会期間中に生理を迎えた女子選手にとっては大きなストレス軽減に繋がり、歓迎の声が上がっています。
100年を超える伝統と歴史をもつ競技だからこそ、日々大きく変わる現代社会の中で求められる変化に挑戦するテニス界に、今後も注目していきたいと思います。
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