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つわものどもが夢のあと...みんなしあわせな柔の道...

白夜の様にまぶしかった。スウェーデン柔道界に五輪初のメダルをもたらし、誇らしげに背筋を伸ばし日の丸の掲揚を見上げるタラ・バブルファトの瞳には、もう一点の曇りも無く、笑顔が弾けた。

準決勝の畳で三度目の指導を受け、反則負けを宣告されると、タラは憤然と主審に抗った。角田夏実を応援していた僕にとっても、釈然としない反則勝ちに映った。

18歳の血気盛んなタラが渋々畳から降りると、すぐさま英国人コーチのジェーン・ブリッジは彼女を抱き寄せ、経緯を説明し、冷静になだめた。素直に聴き耳を立てていたタラの表情は、するとあっさり緩んだ。

1980年、ブリッジは初めて女性に門戸が開かれた世界柔道選手権女子48kg級の初代女王に輝いたパイオニアである。引退後、パリに暮らした彼女は、アラン・ドロンやシルベスタ・スタローンのボディガードを務めた経歴も併せ持つ百戦錬磨のレジェンドである。

タラ自身も血筋に恵まれた。イラン人の父モハマド・バブルファトは2004年アテネ五輪にスウェーデン代表として出場したグレコローマンスタイルのレスラー。母のアイダ・ヘルストロムも世界大会で計四つのメダルを獲得した鉄腕女性レスラー。スカンジナビア半島のフィヨルドの如きシャープに研ぎ澄まされた多彩な技のキレと、ボルボの鉄の如き強靭な肉体、戦禍のテヘランに巣喰った闘魂は、余すところ無く愛娘に継承された。

一方、回り道する人生もまた、実に魅力的だ。角田夏実は大いに回り道して生きて来た。鬼門を叩いて重圧に潰されるくらいなら、パティシエになろうと思った。が、素直に恩師の進言を聴き入れ、東京学芸大の門を潜ると、キャンパスライフも謳歌しながら自分らしい柔道を徹底追究し、スローライフに我が道を歩んだ。アラサー?そんなの関係ねぇよ〜な彼女の流されない生き様は素敵だ。

31歳の夏に実った角田は「私じゃ勝てないと思ったり、もう闘いたくない、と思った時もあったけど、諦めずに闘い続けてよかった」と心境を語り、君が代の流れる表彰台の頂から大粒の涙を溢した。端でタラの瞳も輝く。みんな幸せな、つわものどもが夢のあと在り、我が涙腺と鼻腔はW崩壊。

無論、不可解な判定や不条理はスポーツ界に限った話ではない。格差社会や戦地は尚更だ。しかしあの夜、パリの畳の上と下で闘った女性達の柔らかな心の決着は、世の中が向かうべき心の道のりを、しなやかに描いてみせたように感じられた。

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