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アップルティーソーダ【1分小説】

「ねえ、何にする?」
「わたしはこれかな」

メニューを指さして、リカは言う。

「……アップルティーソーダ?何それ、お茶?……なのに炭酸なの?」

私はそのお茶なのかジュースなのかはっきりしない飲み物の味を想像してみた。あまり美味しそうには思えない。

「すっごくおいしいんだよ!」
そう言って、リカは笑う。

「これを飲むためだけにわざわざここに来ることだってあるんだから!」

空いたレジのほうへ進んだリカは、私の了承も得ず勝手にアップルティーソーダのMサイズを2つ注文した。

「ちょっと!まだ私何にするか決めてなかったんだけど!」
「へへ。もう決まっちゃったね」

いたずらな笑みを浮かべながら、リカは受け取りカウンターのほうへ足を進めた。ドリンクをグラスに注ぐお兄さんの手元を見つめて、眼をきらきらさせている。

胸のあたりまで伸びたまっすぐな黒髪に、さらりとした質感の白い肌。アーモンド形の目に、すっとのびた鼻筋が際立つリカの横顔は、いつみても綺麗だ、と思う。教室では「クールビューティー」とか「クイーン」とかいうあだ名をつけられているリカが、飲み物一つでこんなに表情をくるくる変えるなんて知ったら、皆きっと驚くだろう。

──でも、皆知らなくていい。そう、私は思う。

「ちょっと!何ぼーっとしてんの?ほら、はやく席とろ」
「これは大変失礼いたしました、女王様」
「もー、アイカまでそんなこと言う!」

席につくと、リカがじーっとこちらを見ているのに気づいた。脱いだ上着を畳みながらどうしたの、という目を向けて問いかける。

「あの……先に飲んでもいい?」
とリカ。

そういえば、リカはいつも、飲み物や食べ物に手をつけるタイミングをそれとなくそろえてくれていたっけ、と思い出す。上着を畳む数秒がもどかしいほど飲むのを楽しみにしていたのかと思うと、なんだか可笑しかった。

「どうぞ」

ごくごくとのどを鳴らして、ティーソーダを飲む。ぷはーっと息を吹きだすと、リカは「やっぱりこれだね!」と嬉しそうに言った。

「ね、はやくアイカも飲んでみてよ」

またあのいたずらっ子の目をして、リカはグラスを私のほうに押し出した。

「わかったってば」

ストローに口をつける。アップルのさわやかな香り。甘さはあるけれど、お茶の香ばしさがあるおかげか甘すぎず、すっきりした味わいだ。炭酸もびっくりするほどアップルティーにマッチしている。正直、驚いた。

「……おいしい」

そうつぶやいた私を見ながら、リカはにんまり笑っている。

「だから言ったでしょ?ふふ」


「ね、リカ。また、一緒に、飲みに来たいな」

私は、気づいたらそんなことを口走っていた。

カランと氷が解ける音がする。

テーブルにのせていた私の左手に、リカの白くさらりとした綺麗な手がのせられた。

「断られたって、私はアイカと一緒に飲むつもりだったよ」

教室では絶対にみせないほどの柔らかさでほほ笑むリカ。その時、この世で一番うつくしいものは彼女だ、と私は思ったのだった。



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