現代のアーキテクト論──超都市と超建築家
秋吉浩気+門脇耕三+藤村龍至
秋吉浩気
今回は『メタアーキテクト──次世代のための建築』(スペルプラーツ、2022)というVUILDとしての初めての本が出たということで、その出版イベントも兼ねて、建築家の藤村龍至さんと門脇耕三さんにお越しいただきました。今日は現代のアーキテクト論、つまり現代において建築家にはどういう意義があるのかということを話しつつ、お二人とも建築教育にも携わっていらっしゃいますので、最終的に教育の話につなげていければと考えています。
この本はもともと「現代建築家コンセプト・シリーズ」という、LIXIL出版から出ていたシリーズの第30号として出る予定でした。しかし、2021年にLIXIL出版が出版活動を終了したため、その企画と編集を続けてこられたスペルプラーツから、第2期の1番目というかたちで出ることになりました。ちなみに藤村さんはそのシリーズの第19号著者として関わられていますし、3月に私とのディスカッションの動画を公開した藤本壮介さんは第1号として本を出されています。
それと並行して、同時期にVUILD BOOKSから『建築家の解体』(2022)という本を出しました。この本は『メタアーキテクト』の副読本のようになっていて、われわれVUILDの実践は『メタアーキテクト』のほうにまとめて、『建築家の解体』では海外の建築家6人にインタビューをするというかたちになっています。『メタアーキテクト』も『建築家の解体』も、元をたどると日本建築学会の学会誌である『建築雑誌』の企画で考えられたものがベースになっています。2018年に、当時の『建築雑誌』の編集委員長だった藤村さんに誘っていただき、僕も編集委員会に参加したのですが、その際4つほど企画を立てました。『建築家の解体』に出ているクリストファー・ロベラーさんとかフィリップ・ユアンさんは、『建築雑誌』の企画で一度インタビューをしたことがある人たちです。そのときに取材をしたり文章を書くことで一冊の本にしていくというノウハウを覚えたところがあります。それが2018年、VUILDの実践が始まった最初の頃です。そこから4年経ちますが、その間あまり藤村さんや門脇さんと議論をする機会もなかったので、本を出したご報告も兼ねて、お二人をお招きした次第です。まずはお二人から、『メタアーキテクト』を読まれてのご感想をいただければと思います。
時代に楔を打つ本
門脇耕三
僕は『メタアーキテクト』と『建築家の解体』、両方とも買いましたが、これは皆さんも買ったほうがいいと思いました。これらはある意味で歴史に残るというか、時代に楔を打った本ですね。ところで最近、秋吉さんは建築家に喧嘩を売る芸風でやっているところがありますよね(笑)。
秋吉
いや、それは逆で、喧嘩を売られるので買っているんです(笑)。
門脇
そういうこともあって、建築家や大学を腐してあったら嫌だなと思いながら読んでみたら、全然そういうことはない。一部挑発的なところはあるけれども、全体としてはすごく誠実に書かれている本だなという感想をもちました。建築の人にはテックやアントレプレナーにまつわる入門書になっているし、逆にテック系やアントレプレナーにとっては建築の議論の入門書になっている。さまざまな文献に言及しながら、建築が縦糸、テックが横糸になって、一枚の織物のように紡がれている物語になっているという点がすごく良かったです。こういう構成の本はこれまであまりなかったし、秋吉さんにしか生みえない本になっているし、何よりこの時代にこういう本が出るということ自体、記念碑的なことだといえます。
それからもうひとつ、僕がいいなと感じたのは、加速主義に対する距離の取り方です。秋吉さんはこの本のなかで、加速主義に対してあまり肯定的になれないということを立場表明されている。たしかこの本が出たときに、秋吉さんは落合陽一さんとトークをされていましたね。落合さんはすごく加速主義的な人で、加速主義が極まった先に、世の中を引っ張っていく層と、その人たちがつくったシステムの恩恵をただ受ける層に世界は二分されるのだという論を展開している。この人類二分論は一種の予測なのだけど、落合さんはこれに肯定的な節がある。しかし秋吉さんはこの本のなかで、こうした構図を明確に否定されています。それを読んで、これは建築の人ならではの価値観に基づいた本になっているし、秋吉さんの人柄が出ているという印象をもちました。
秋吉
ありがとうございます。
批判的な検討が足りない
秋吉
藤村さんからは先日、Twitterで議論が雑すぎるというご指摘をいただいていて、そう言われると否定できないのですが……(笑)。あらためてご感想をいただければと思います。
藤村龍至
秋吉さんのことは、僕は学部の1年生の頃から知っているんですよね。2008年にINAXギャラリーで行われた「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL」というイベントにスタッフとして参加してくれていて、そこからいろいろな影響を受けて現在に至ったと思うんです。今、秋吉さんはおいくつでしたっけ?
秋吉
33歳です。
藤村
私は30歳のときに『ROUNDABOUT JOURNAL』というフリーペーパーを立ち上げて、それからちょうど現在の秋吉さんくらいの年齢の頃に、5歳上から5歳下までの建築家や研究者をひとまとめにして32組にインタビューして、『1995年以後』(エクスナレッジ、2009)という本にしました。
刊行後に難波和彦さんに初めてお会いして「歴史認識がない」と指摘されたんですね。それで次の『アーキテクト2.0──2011年以後の建築家像』(彰国社、2011)では、より縦軸を意識しながら、磯崎新さんや伊東豊雄さん、古谷誠章さんなど、上の世代の人に積極的にお話を伺いに行った。
その後30代の半ばくらいまではインタビューばかりしていた気がします。『批判的工学主義の建築──ソーシャル・アーキテクチャをめざして』(NTT出版、2014)というマニフェストを出したのが38歳の頃ですから、最初のフリーペーパーから8年くらいかかっているのですが、その間ずっといろいろな人に「こういうことを考えているんですけれど、どう思いますか」とヒアリングしてコメントをもらうようなことをしていた。その蓄積の結果が『批判的工学主義の建築』 なんですね。
また私は『建築雑誌』の五十嵐太郎編集委員長の委員会で最年少委員だったので、五十嵐さんから批判的工学主義の特集をやってみたらどうかと言っていただき、そういう企画を何度かさせていただきました。そのときに「工学主義/反工学主義/批判的工学主義」「機能主義/反機能主義/批判的機能主義」といった図式をつくって編集会議の場にもっていくと、倉方俊輔さんなどから「それってモダニズムってことですよね」とツッコまれて、「なるほど、そう言えばいいのか」と学習したりして、そこで学んだ企画の通し方などが、その後のまちづくりなどの経験にも活かされています。
そういう経験に照らせば、秋吉さんのように30代前半で勢いのままに、自分の書き言葉で1冊目の単著が出せるというのは、今となってはうらやましくもありますが、批判的な検討が足りないという印象もあります。例えば「これまではトップダウンだったけれど、これからはボトムアップだ」みたいな言い方にしても、都市計画とまちづくりの分野などでは1960年代から散々議論され続けているわけですね。そうした議論を追っていくと、トップダウン型のロバート・モーゼスとボトムアップ型のジェイン・ジェイコブズの対立を煽るのではなく、両者の性格を併せ持ったジャネット・サディク=カーンのような人が出てくる歴史の流れを抑えることができる。
「プロフェッサー×アーキテクト」と「アントレプレナー×アーキテクト」の対比にしても秋吉さんは「プロフェッサー×アーキテクト」をさくっと否定して、これからの時代は「アントレプレナー×アーキテクト」だと言っていますが──私も門脇さんも一応「プロフェッサー×アーキテクト」の端くれなので言っておきたいのですが──、両者をそう単純な対立関係で総括すると秋吉さんの将来の選択肢を狭めることになってしまうと思います。そういう点で、議論の組み立てが雑に映ったことはたしかです。
システムに裏付けされたプラットフォームを
藤村
ただ、そういう気になる点がありながらも、この本には展開次第ではおもしろい議論に発展していきそうな萌芽のようなものがあると感じます。個人的に着目したのは、「メタアーキテクトの設計対象は①設計システム、②構法システム、③流通プラットフォーム、④生産プラットフォームの4領域あるわけである。システムに裏付けされたプラットフォームを公開することで、そこに参画し利用する人が生まれ」(『メタアーキテクト』、138頁)という部分です。私は設計手法論に興味があり、門脇さんは構法論に興味があるわけですから、秋吉さんがこの両者を組み合わせようとしているのだったら、今日はこの3人で話す意味があるといえるでしょう。
コンポジションとコンストラクションの話も興味深いですね。かつて東工大の坂本一成先生の研究室がしていた構成論の議論のなかで、吉松秀樹さんは構成すること(コンストラクション)と構成されること(コンポジション)の関係について論じていました。そうした議論のなかで坂本さんが「構成」と呼んでいるものが最初は箱の入れ子のようなスタティックなものだったのが、どんどん解体されていって、《House F》(1988)や《House SA》(1999)などの動的なものに展開していった経緯などが語られていきました。秋吉さんの論点には、そうした1980年代〜1990年代末くらいの構成論に連なるところがある。
それから教育の問題にしても、『作ることで学ぶ──Makerを育てる新しい教育のメソッド』(Sylvia Libow Martinez、Gary Stager著、オライリージャパン、2015)で論じられた「教示主義」的教育に対して「構成主義」的教育に重きを置くような教育論が紹介されていますが、建築教育ではずっと系統主義と経験主義の間を行ったり来たりしている現状があります。系統主義が優勢なときは施設計画学の体系があってそれに対応して演習課題をやるわけですが、次第にそれだけではダメだということで、学生がチームを組んで自分で考えた構造形式でパビリオンを1/1で作ったりして経験主義的になっていく。ただ、それもやがて発想の限界があるのではとなって、長い目で見ると両者の間を行ったり来たりしている状況です。そうした建築教育の動向にも接続できたら、議論もより深まっていくのではないか──というように、全体として種はいろいろと撒かれているという印象を受けました。
大工から工業化、そしてVUILDへ
門脇
僕も具体的に『メタアーキテクト』のおもしろかったポイントを挙げていきます。僕は縦糸の部分のほう、つまり建築の話のほうを特に興味深く読みました。僕の大学の授業では一般的な構法について教えているのですが、最後に木造の構法の歴史の話をするんですね。あとで詳しくお話しできればと思いますが、その歴史を非常におおまかにたどっていくと、大工から工業化へと至って、最後は秋吉浩気に行き着くんです。そのことはおそらく自覚されて書かれているし、そのさらに先の仮説が、たしかに雑と言えば雑かもしれないけれど、オートポイエーシスなどにつながっていくというのは、もう少し掘り下げてみたい。また、これまでは生産システムと切断されていたデザインという行為が、構法などの物理的な組み立てと連動したデザインになっていくという話も議論したいところで、これはVUILDのデザインにある装飾性の問題と関わっている。ですから、設計手法と構法の話というのは、今日の大きなトピックになるのかなと思っています。
藤村
今のお話は門脇さんがよく参照されている「日本では大工こそが大文字の建築家だったのだ」という渡辺保忠などの議論がもとになっていて、秋吉さんがこの本で書いている「メタアーキテクトにはメタデザイナー的側面とマスタービルダー的側面という二面性がある」という話にもつながってくる。これについては日本の建築業界のなかであらためて検討する必要があって、いま日本全国を見渡しても、地方では工務店のデザイナーとアトリエをやっている作家の境界というのは限りなく溶けています。おそらく一般の人からしたら、両者がつくる住宅は同じようなデザインに見えると思うんですね。この状況を理論化しておきたい。
他方で、例えば木材の安定供給のためにロシアの企業を買収した飯田グループHDのようなマスなプレイヤーも出てきて、工務店のほうも再編が進んでいますが、そういう動きについてもほとんど理論化されていません。私が『建築雑誌』の編集委員長だったときに工務店の問題は何度か取り上げようとしたのですが、解ききれなかったという思いがあります。その辺りの掘り下げを秋吉さんのメタアーキテクト論には期待したい。
一級建築士なものと二級建築士なもの
秋吉
藤村さんが編集委員長になった『建築雑誌』の最初の号(2018年1月号)では木匠塾を扱うなど、二級建築士的な問題を一級建築士な設計製図の問題とどう結びつけるかということが明確に問題提起として設定されていましたね。そのB面として、僕たちはデジタルと木工という問題設定のもと、広島工業大学の杉田宗さんなどに参加してもらって特集を組みました。広島工大はまさに木匠塾的な教育とデジタル教育の両方をやっているところで、たしかな結節点が生まれたという手応えがありました。その後、仕事をしていくなかで、特に最近は住宅事業を始めたこともあり、地場工務店さんとの付き合いが増えてきました。僕たちの話に共感してくれるのは、エンドユーザーの方たちもそうですが、何より地方の工務店の若い社長さんたちが多いんですね。最近は建築学科で教育を受けて工務店の社長になったという人も増えてきていて、そういう人は一級建築士的なものと二級建築士的なもののどちらも経験しているぶん、わりとフラットな見方ができる。そうしたことは『建築雑誌』をやっていたときにもある程度は見えていましたが、実際に大工さんのカルチャーに触れながら《まれびとの家》(2018)のようなものが生まれたり、自分たちで住宅事業を始めたりするなかで、より地に足を着けて議論をできるようになったという感触があります。
かつてのメタボリズムが木造の海外輸出を目論んでいたのだとすると、メタアーキテクトは大工の海外輸出を目指しているところがあります。その際、日本型大工の特徴を、構法体系や規格体系などを策定することで設計を支援するメタデザイナー的側面と、大文字の建築家として素材調達から施工までを請け負うマスタービルダー的側面との二面性でとらえ、僕としてはそのどちらにも関わっていきたい。そのことは『メタアーキテクト』を書いていくなかで整理できたことです。
『建築雑誌』といえば、同じ年の6月号のなかで門脇さんと進めた企画で、布野修司先生と対談させていただく機会がありました。そのときに、布野先生が関わられていた雑誌『群居』でのマスタービルダーについての議論や、東大の内田祥哉研究室で住宅の規格化をオープンシステムとして研究していた大野勝彦さんのような共通の問題意識をもって活動されていた方々のことを知り、自分の問題設定と接続して考えることができました。
藤村
布野さんは東洋大学でも教えられていましたよね。私も東洋大で教えていましたが、今にして思うとそのときの経験は大きくて、東洋大の建築学科って実家が工務店という学生が多いんですよ。就職先も工務店を選ぶ人が多い。そういう意味では、日本のマスな住宅産業の広がりを肌で感じるんですよね。おそらく布野さんも東洋大に赴任されて、工務店や大工の問題に直面されたのではないでしょうか。布野さんはマルチな人で、都市的なことと住宅産業的なことの両方をカバーされていますが、普通は専門が分かれていて、国土交通省に例えるなら、私は都市局で門脇さんは住宅局です。
門脇
非住宅と住宅の分裂があり、一級建築士と二級建築士の分裂があり、それとは別に都市と建築の分裂があり、アカデミズムとビジネスの分裂がある。さまざまなレベルでの分裂がありますね。
藤村
それらをどうブリッジするかというのは『建築雑誌』のときにもずっと考えていました。秋吉さんはどちらかといえば住宅局的ですね。
門脇
だからこそ僕は共感するところがあるし、住宅局的なことや二級建築士的なことから今後はもっと拡張していくのではないでしょうか。
秋吉
そうですね。実際に最近では都市局的な領域、具体的には村づくりのようなプロジェクトもやり始めています。
世界史的問題としての「メタアーキテクト」
門脇
先ほどちょっと途中になってしまった大工の話ですが、ここで前提になっている歴史の話をしておいたほうがよいかもしれません。先ほど藤村さんも言われましたが、渡辺保忠という歴史家が大工は建築家だったということを書いているんですね。アーキテクトの語源は「arkhi(第一の)」「tekton(技術者)」──つまり字義構成でいうと「大工」とまったく同じです。そこにはいろいろな工匠をトップで束ねる人という含意があります。事実、古代では、大工は大和言葉で「おおいたくみ」と呼ばれていて、建設大臣のような意味合いをもっていました。その頃の大工とは、属人的な、天才的な、超人的な能力によって国家的な大建築をつくる存在だったわけです。ところが、中世になってそうした属人的なアーキテクトが存在しえなくなってくると、昔のアーキテクトがもっていた技術や知識を書物として外部化しようという動きが出てくる。それが木割などの技術体系で、それが書物化されたのが木割書です。戦国時代を経ると、木割は一般に流出して、職人なら誰もが知っているものになります。そして近世になると、末端の職人である木工が昔の建築家の技術を携えて町場に入って建築をつくっていくような時代になる。
これは歴史的に見て非常に大きな達成です。様式史的に見ると近世(江戸時代)は何も起こっていないように見えますが、生産史的に見ると、社寺建築や支配者階級の建築と庶民の町家のような建築が同じ技術でできているという水平的な状況が実現しているのです。このことは世界史的に見ても珍しい状況だといえるでしょう。そこで実現されているのは、まさに「建築のインターネット」的な世界です。そこでは大工はマスターというよりも職人のひとりであり、ほかにも経師屋や畳屋や左官などがいますが、みんな対等な職人であり、建築の全体像はシステムによって規定されている。システムで規定されているがゆえに、必要に応じて職人を呼んで、建築全体をつくったり部分的なリノベーションをしたりする、そういう状況だったわけです。それが近代になって西洋から煉瓦や、もう少し時代が降って鉄やコンクリートが入ってくると、そうした建築世界はいったんご破産になる。
ところが、日本の場合はおもしろいことに、近代になると再び民主化の道をたどるのです。近代のはじめの頃は辰野金吾のような大建築家が活躍しましたが、丹下健三の頃になると、西洋の様式と伝統的な様式とを融合した建築が達成されます。丹下は戦前にデビューした世代ですが、さらに時代が降って戦後第一世代の内田祥哉などになると、近代的な技術で住宅をどうつくるかという問題に挑み始める。つまり、庶民的な建築を一級建築士的な技術でどうやってつくるかという問題が浮上してくるわけです。
つまるところ工業化が初期に目指したことというのは、近世に実現していた在来木造の世界をどうやって近代的な技術でアップデートするかということだったのではないか。基本的にそういう問題だったと思って僕はいいと考えています。チャールズ&レイ・イームズなどもそういうことをやっていたわけで、これは世界的な問題だったと思うんです。ところが、それはうまくいかなかった。なぜうまくいかないかというと、建築は設計変更すると、部材やメンバーも変わってくるわけです。これには2乗3乗の法則というものが関係していて、例えば僕の身長が2倍になると断面積は2の2乗で4倍になるけれど、体重は2の3乗で8倍になります。ですから、設計変更すると逐次計算が必要になるのですが、現実問題として当時の技術では難しいので、ビルディングタイプや規模のなかで仕様を決めて、それをトップダウンで規定するしかなかった。
ただ、理論的には建築をパラメトリックに定義しておいて、コンピュータの計算力を使って逐次計算できるようにしておけば、そういった問題はすべて解決します。だからビルディングタイプや仕様規定などのトップダウン型のシステムがすべて崩壊したあと、パラメトリック・デザインに基づいた建築の定義の仕方が生まれ、そこから新しい大工的な世界が拓けてくるだろうと。ここまでは理論的にわかっていたんですね。それで僕の授業の最後では「秋吉浩気がおもしろい」という結論で終わる(笑)。ただ、今言ったような話は『メタアーキテクト』のなかでかなりされていますよね。
秋吉
そうですね。辰野金吾の時代の話にも一応触れています。
藤村
たしかに渡辺保忠はおもしろい見方をした人だと思いますが、ある意味では「10%/90%」という一般図式をひっくり返した、つまり一般に建築家が10%の特権階級のために奉仕する存在だと考えられてきたとするなら、それを逆転して90%の「普通の人」のために貢献する人たちをアーキテクトとして評価したわけですね。
他方で、私は東工大で製図のアシスタントをしていたのですが、坂本一成さんや塚本由晴さんは──その前の篠原一男がそうだったのかもしれないけれど──渡辺保忠的な見方ではなくて、「建築家の描く平面図は間取図と違う。だから尺寸から早く自由になりなさい」という教え方をされていました。『新建築住宅特集』の木造特集などを見ていても、910mmの尺寸を使う建築家とそうじゃない人というのは、はっきり分かれていますよね。工務店系の人は910mmの尺寸を堂々と使っている。東洋大で製図を教えていたときも、尺寸を使うのは工業高校で木造の尺寸を習ってきた学生が多かった。そういう学生は、最初の住宅課題の頃はパパッと平面図を描けるのだけれど、大きな施設設計の課題になってくるとだんだん対応できなくなってくるんですね。なので、私も「早く910mmから自由になりなさい」ということは言っていました。
ただ、私も無批判に「建築家は910mmを使ってはいけない」と教えていたけれど、実務的には合板などの健在が910mmのモジュールでできていたりするので、尺寸で考えたほうが効率的だったりする面もあるわけですね。メタアーキテクト論を考えるうえでは、この辺りにどう切り込むのかがポイントに
なってくる気がします。
連続モデルとモジュールモデル、ボリュームとスケール
門脇
工務店的なビルダーの人は、これまで建築メディアやアカデミズムからはことごとく過小評価されてきました。秋吉さんも指摘しているように、地方の工務店の若い人やビルダー的なアーキテクトのなかには、デジタルやメーカーズ的な動きに敏感な方もいて、秋吉さんがやられているような試みをわりと普通にしていたりするわけですが、それをメディアもアカデミアも掬いきれていない。ですから、秋吉さんのこの本は、二級建築士的な世界からアカデミズムへの逆襲だととらえられなくもない。
藤村
再定義しているところはありますよね。それが日本型アーキテクト論の核心だと思うのです。ニコラス・ジョン・ハブラーケンが言っているとおり、伝統的にこれだけモジュールシステムが発達した国はないわけで、そうした日本の建築の特殊性を使っていこうとする人が今後どれだけ出てくるかということだと思います。
門脇
そこがおそらく都市局的な問題にブリッジするところなのだと思います。二級建築士的な生産組織は日本中に遍在していますが、それは近世の遺産といえます。現在はそうしたものを使わないとやりきれないところがいろいろと出てきている状況なのではないでしょうか。
藤村
空き家のストック活用などの議論は都市局と住宅局の接点になるところがありますね。『建築雑誌』の法制度特集(2019年6月号)のときに、当時の住宅局のトップだった伊藤明子さんにお話を聞きに行きましたが(座談会「建築・都市にインストールされてきた法制と理論・理念の100年」)、そこで伊藤さんは「エコシステム」という言い方をされていて、建築基準法というのは最低限度を定めた法令だから、そのうえでさまざまな法体系を駆使して全体を柔らかく運用していくしかないと言われていました。今のところそういうやり方でやっているのだけれど、リノベーションを本格的に扱おうとすると、そのような新築大量供給を目指した法制度の体系で対応できるのかという議論が出てくるわけですね。
門脇
この『メタアーキテクト』に欠けているのはその辺の議論で、秋吉さんがやろうとしていることは、日本中に遍在していた建築資源をボトムアップで引き出そうとするやり方ですよね。そのときに既存ストックのメンテナンスなどの話は必然的に出てくるはずですが、この本では新築の議論しか出てこない。そういう意味では、既存ストックを活用するためのプラットフォームである連勇太朗さんたちによるモクチンレシピとメタアーキテクトが掛け合わされば最強といえるかもしれません。
藤村
日本の住宅建築史のなかで新築のマスに取り組んでいた建築家の系譜は、それはそれでまとめておいてほしい気はします。難波和彦さんの「箱の家」や松川昌平さんの「アルゴリズミック・デザイン」といった、住宅を生成するシステムの系譜です。近年では沖縄で漢那潤(ベラ・ジュン)さんがおもしろいことをやっていて、おそらく松川さんらの間接的な影響だと思うんですけれど、沖縄の伝統や気候風土を加味した独自のモジュールシステムを開発して木造住宅をどんどん建てている。秋吉さんがやられていることも、そうしたイテレーション(反復)してサイクルを生み出す試みの延長上にあるといえるので、この系譜はこの系譜できちんと論じておくとより大きな流れを感じられるでしょう。
以前、土居義岳さんが建築をシステム工学的にとらえていた建築家として西原清之の名前を挙げておられました(「終了のしかたと批判的工学主義」)。建築には形態を根源から発生してくるボリュームとしてとらえる連続モデルと、モジュールでつくっていく離散モデルの2種類あるとするなら、西原は前者の系譜に列なる重要な作家であると。われわれが製図教育で「モジュールを使わないで描きましょう」と言っているときには、連続モデルを教えているのだと思います。ただ、たしかに連続モデルを身につければ、どんなスケールでも、どんなタイプでも対応できるようになるのだけれど、じつはもうひとつの離散システムのほうにもあまり論じられてこなかった可能性があるのではないか。
秋吉
そういう離散側からの設計方法論はまだ十分に開拓されていないのでは、という思いからたどり着いたのが「ビルドデザイン」という方法論なのですが、最後の6章で論じようとしたところで時間切れになった感があります。われわれが設計方法論を考えていくときには、ボリュームスタディから始めることはありません。必ず素材や作り方から考えます。生産環境を有し、そこに身を置くからこそできあがる設計方法論というのはどういうものかと考えたときに、それこそが設計手法論と構法論が一体になった新しいデザイン領域なのではないかと思っています。
門脇
ここの方法論は突き詰めたいところではあるけれど、現状ではツッコミどころも多々あります。それについてはみんなでゼミみたいに考えられたら楽しいかもしれないですね。
その一方で、VUILDの表象の問題というのがあるような気がするんです。どういうことかというと、VUILDがつくるデザインというのは特徴的で、しばしば手でつくることの楽しさが過剰になってしまって、結果的にワチャワチャしているところがある。《まれびとの家》などはまだマニフェストに基づいてストイックにつくっている感じがあるのだけれど、学芸大学の施設(東京学芸大学教育インキュベーション施設「学ぶ、学び舎」)などは「こんなものができちゃうんたぜ」という喜びのほうが先行している印象を受けます。もちろんそれはそれでVUILDの魅力だとは思いますが。
それを見て思い出すのが、鈴木博之先生の『建築の世紀末』(晶文社、1977)という本です。そこには、建築家はつくることから離れたから装飾を断罪しえたのだということが書いてあるんですね。かつて装飾はつくる人とモノとの対話の結果として生まれたのだけれど、あるときに設計と施工が分かれた。その帰結として、設計しかしない人の言い方として「装飾は罪である」という命題が成立しえたと。それはそのとおりだと思うのですが、今は建築家が施工の現場に戻りつつある状況で、その中から装飾的なものが復活しているように見えます。こうした状況はリノベーションがあたり前になっていることが後押ししていて、たとえば長坂常さんのデザインもそうですし、一方でVUILDみたいなデザインとファブリケーションを一体化させるような試みからも装飾的なものが生まれている。ですから、VUILDのこの風変わりなデザインというのはなんなのか、ちゃんと議論したほうがいいかなと思うんですね。それは装飾なのか、それとも単に「機械の癖」に飲み込まれてしまっているだけなのか。
藤村
学芸大学の教育インキュベーション施設ではコンクリートを打ち始めていますよね。型枠を使った連続的な造形で、デジタルファブリケーションの使い方が今までとちょっと違うように思います。
秋吉
型枠がつくれたら規模の限界を超えられるというのは、このプロジェクトをやって感じたことです。木を自由自在に扱えるということは、型枠のように「ネガ」もやれるので、今はRC造やPC造などに興味が向かっています。やはりたくさんの部品が集まってできる美学のようなものはフェティシズムとしてあるので、それは言語化したいなとは思っています。
藤村
多くの人がなぜボリュームスタディから設計を始めるのかというと、スケールに対応するためですね。敷地模型にスタイロフォームを置いて複数案を比較していくことで、環境の条件を身体化して、寸法を伴う具体的な空間を構想していくことができる。アーバンデザインやアーバンスペース、あるいはランドスケープの人は、基本的にはモジュールよりも連続系で空間を考えていく傾向の人が多い。
逆に住宅設計の人はモジュールや尺寸の世界を前提としているところがあります。日本の場合、そもそも公共建築という概念がなくて、すべて家のように建てられてきました。そのため、住宅のように小さく柔らかい建築はできるのだけれど、公共空間や都市を具体的にどのように設計しうるのかという問いは歴史的にずっとあるわけですね。その点、秋吉さんはどういう展望をもっていますか。
秋吉
今月、石垣島で着工した計画は300平米の長屋モデルで、「NESTING(ネスティング)」でつくる構法の発展系になっています。「NESTING」の公開以降、コーポラティブハウスのような連棟型のモデルがニーズとして出てきて、その手の計画が複数動いているのですが、10人から100人くらいの規模で、みんなで共有する家の公共性について考える、というところまではきています。
その一方で、庶民の技術──僕たちが使っている5軸CNC(コンピュータ数値制御)加工機や学芸大学でつくっているものももはや庶民の技術だといえますが──で、装飾性や物語性をもったものをつくれるのかということが問われているのだと思います。
藤村さんに以前、『新建築住宅特集』2022年2月号掲載の月評でNESTINGには社会性はあるが芸術性がないと指摘頂きました。社会性のほうはシステム的な解決で獲得できるかもしれないが、芸術性のほうはそうはいかない。今回RCと型枠というこれまでにない領域に取り組むなかで、この芸術性の獲得という課題に挑むと共に、都市的規模の獲得・公共性の獲得にも挑戦したいと思っています。
スケールが大きくなったときにどういう方法論をつくればいいのかということは、今まさに模索している段階です。門脇さんと一緒にやった明治大学の授業では、学生に1,500平米くらいのものをボリューム模型なしでつくらせるようなことをして、一定の成果は出始めていると感じています。それゆえ、ものづくりをベースに設計方法論を獲得していく主体がもう少し増えたらいいなとは思っています。
藤村
学芸大学の施設は、今までのやり方と違う感じもありつつ、逆に今までにない可能性、モジュールの限界を突破している感じも受けます。この作品を秋吉さん自身がどう論じるか興味があります。ここで日本型の公共性と欧米型の公共性の違いについて語ることができたら、より説得力も増すのではないでしょうか。
平野利樹さんが言うにはコンティニュアス・サーフェス(連続平面)などの議論がロンドンのAAスクールで頻繁にされていた時期というのは、当時の欧州共同体やマルチチュードのように連帯してつながることが是とされた時期と重なり、そのイメージとともに連続モデルを見ていたところがあると。その後、ブレグジットやドナルド・トランプの登場のようなことが起こってくると、連続すること/連帯することのさまざまな限界や困難が露呈するようになると、今度はディスクリートすることを是とする動きが出てくる。今はむしろ連続モデルにはどこかネガティブなイメージが付いていて、門脇さんのバラバラに切り離されたエレメントに着目するような方法論も、そうした流れのなかで肯定的に再評価されているところがあるでしょう。
なんでもかんでもブリッジすることを是とするのは民主主義の疲弊を招くのでどうかと思うものの、気候変動などの大きな問題が前景化してくると、バラバラなものをバラバラなものとして認めようというだけではたしていいのか、全体のことをもっと考えなければいけないのではないかという批判も出てきます。建築についても同じで、小さくモジュール化して個別に最適化するだけでいいのかという議論は当然出てくると思うんですね。
門脇
一応、この本のなかで秋吉さんは、概念としては道筋を提示していますよね。まずアイデアを飛躍的に構築していく第1段階があり、それをモノに落とし込む第2段階を経て、オープンエンドな建築として竣工後もメタモルフォーゼさせていく第3段階へと至るという道筋です。その第2段階でキーになってくるのが「ブリコラージュ」と「イテレーション」という方法です。ブリコラージュというのは違ったシステム同士の断片をくっつけるために、個別的な工夫によってつないでいくやり方ですね。ただ、秋吉さん曰く、ブリコラージュによってバラバラにつながれたものをイテレーションしていくと、それらを共存させるようなより大きなシステムが自律生成してくるとのことですが、この辺りの道筋がすこし雑な印象を受けるんですね。
落合陽一さんが言うイテレーションは、生物が進化を通じて自身とエコシステムを最適化してきたようなことを、計算機世界のなかで回すと高速イテレーションが起きるので、世界は次の段階に進めるというものです。しかし、都市のような物理世界が舞台の場合、高速イテレーションは現実問題として難しい。連勇太朗さんはマスを扱うことによって、その量的なものからイテレーションを回すという立場です。一方で秋吉さんの場合、今のところ一品的なつくり方ですね。
秋吉
ものづくりの良さというのはイテレーション、つまり何回もつくっていくとうまくなっていくことです。学芸大学のケースでは、最初は1,500平米で計画していたのですが、建築そのものはつくりすぎないほうがいいんじゃないかということで、庶民的な技術でつくる大空間の方法論を利用者に教育していくことを目指しました。教師が建築的技術を獲得できれば、教え子である学生も建築的身体が獲得されるでしょうし、10年、20年かけて少しずつ空間も変わっていくだろうと。この施設は計算機科学的なツールに基づいてつくられていて、そのノウハウはデジタルデータとして保存されているので、そこにアクセスできるスキルとリテラシーを得られれば空間を上書きしていくことができる。僕たちが考えたのは、物だけつくってもダメだし、システムだけ開発してもダメで、活動を継続的に生み出していくためのプロトコルが大事だということです。それさえ担保してあげれば、イテレーションは回っていくだろうと考えています。
門脇
そうなるとブリコラージュとは少し違ってくるのではないでしょうか。「EMARF(エマーフ)」のようなシステムが最初にあって、そこでバグやリコールやクレームが発生して、最終的にそのシステム全体がボトムアップ的に書き換えられる。そういうイメージでいいでしょうか。
秋吉
やはり最初からブリコラージュが起こるのは難しいと思っています。メタアーキテクトにマスタービルダー的側面とメタデザイナー的側面があるとしたら、ビルドデザインの第1段階〜第3段階というのはマスタービルダー的な人向けの方法論なので、メタデザイナー的に一般の人が学んでいくためには、さほど高度なリテラシーがなくても扱うことができる「EMARF」のような仕組みが必要になってきます。そこから脱する人がブリコラージュを始めることはありえますが、まずはその回路をきちんとつくってあげないといけないでしょうね。
ビルドデザインの方法論を考える
門脇
作品レベルでいうと、もしかしたら別のシステムを取り込むということなのかもしれないですね。例えば、リノベーションのように既存のシステムと現行のシステムを合致させるブリコラージュから、もっと超越的なシステムが生まれてくるかもしれない。
秋吉
先ほど都市局的な問題をどう考えるのかというお話が出ましたが、それは必ずしも僕たちがやる必要はないと思うんです。もうすでに日本には自律分散型に活動している建築士や工務店がたくさんあるので、彼らの支援に回ったほうが都市的な問題、特にストックの問題に関しては有効だろうなと考えています。
門脇
秋吉さんにはたまに一歩引いて少し距離を取る瞬間がありますね。
秋吉
その辺りはメタデザイナーとマスタービルダーの間でバランスをとろうとしているのかもしれません。
藤村
デジタルだと限界費用が0になるからいいんだという楽観主義に対しては、人間にはやはり生身の身体があって何もかも合理的に動くわけではないので、一歩引いて冷静に考える必要があると思います。他方で『メタアーキテクト』の最後に書かれている「上棟のようなビルドの集大成は、事物連関が結晶化する瞬間であり、熱狂を生みやすい」(188頁)という話には共感する部分も多いのですが、建築は上棟したり竣工した瞬間にはものすごい祝祭性を帯びるのだけれど、翌日になると一気に熱が冷めるところがある。ビルディングタイプが偉大なのは、竣工後も小学校なら小学校としてずっと機能するので、形骸化という別の問題はあるにしても、そうした問題はあらかじめ回避できる点です。
ところが新しい課題に対応して提案された建築の場合、プログラムを持続させるためには相応のマネジメントコストが必要になってきます。私が《鶴ヶ島太陽光発電所環境教育施設》(2014)という施設をつくったときも、竣工時には熱狂したのですが、次の瞬間から「環境教育」とはそもそも何なのかという問いが付きまとい、運営システムを構築していくプロセスが始まりました。
その経験を経て思うのは、ものづくりの熱狂性というのはちょっと引いて見る必要があるということです。建築は人を動かす面もあるけれど、その熱狂はすぐに忘れ去られるので、社会システムと連携しないと駆動していかないところがある。
門脇
この本は全体としては建築家らしく慎重に論を進めていますが、いくつか極端に楽観的なポイントがありますね。
藤村
その飛躍が秋吉さんの魅力かもしれないし、伸びしろなのかもしれません。
秋吉
メタアーキテクトというのはつくることが続くような場をつくるインキュベーター的な側面を担う存在です。藤村さんが言うマネジメントにも近いですが、もっとものづくりの段階に人を巻き込んで、育てて、自立させていくようなプロセスをデザインすることを重視しています。ですからメタアーキテクト論の課題としては2つあって、メタデザイナー的なアーキテクトの参画の方法をどうやってつくっていくのかということと、マスタービルダー的なものづくりからどうやってビルドデザインの方法論をつくっていくのかということです。その課題を念頭に最後の6章を書き始めたのですが、まだ十分に実践がないこともあり、中途半端な書き方になったところもあります。また書くなかで見えてきた課題もあるので、その辺りは次の5年で実践を重ねるなかで掘り下げていければと思っています。
藤村
私も設計プロセスに人を巻き込むことには興味があったし今もあるのですが、34歳で東洋大に着任したときに痛感したのは、建築学科の学生でさえ、つくることに興味がない人が少なくないということです。この本にはものをつくりたい人、志を共有している人しか基本的に出てきませんが、世の中にはものづくりにまったく興味がない、消費だけできればいいという人はたくさんいて、そういう人にメタアーキテクト論がどう対峙していくのか興味があります。
秋吉
それについてはイノベーター層からの突き上げと若い人たちへの教育が大事だと思っています。経験からも、今の若い人たち、特に小学生くらいだとゲームの延長上でものづくりをしてくれるという感覚があるので、大学教育よりも初等教育や義務教育の段階でもっと関わっていきたいですね。僕たちも活動するなかで「誰もがつくりたいと思っているわけじゃない」ということは痛感していますが、それでも行動を続けていくことが重要だと考えています。よく「こういうことをやろうとしている人は昔からたくさんいた」とか「こんな誰でも思い浮かびそうなことをよくやりますね」ということを言われるのですが、言葉ではなんとでも言えます。それよりも実践することのほうが大事ですし、実践し続けた先には今とは違った景色が広がってくると思うので、地道に続けていくしかないですね。
藤村
教育といえば、『建築雑誌』のときに「エリート・スターシステム以外の職能教育のゆくえ」というテーマに取り組みたかったのですが、結局実現できませんでした。そのことはずっと燻っていて、Twitterなどではいまだにその手の不満を見かけます。製図の講評会でディスられたけど、建築家の話ばかりされてピンとこなかったとか、タイムラインに上がってくるのはそんな話ばかりです。そこはやはりフレームワークの再設定が必要で、今の社会にジャストフィットするような、こう言えばもっとみんなが参加しやすくなるという言い方があるはずです。秋吉さんにはその辺りのことも期待したいですね。
秋吉
この本ではあえて「プロフェッサー×アーキテクト」か「アントレプレナー×アーキテクト」かという二項対立を書きましたが、どちらも大事であることは言うまでもありません。ただ、「プロフェッサー×アーキテクト」でも大きなデザインだけして終わりというのではなく、もっと実践のなかに市民を巻き込んで意識を変えていったり、時には市場創出をしていくようなことも大事なのではないかと考えています。
門脇
そこが秋吉さんのすごくロマンティックなところであり、また魅力的なところですね。『メタアーキテクト』では内田祥哉先生の「住む人の一人一人が優れたデザイナーとして、生活の道具をはじめ、生活そのものをデザインすることが必要である」(124頁)という文章が引かれていますが、この思想のルーツは茶室を研究した堀口捨己なんです。茶の湯は茶室も器も掛け軸も全部含んだ生活芸術である。建築もそういう芸術であるべきだということを堀口は言っていて、内田先生は彼の弟子なので、おそらくそのことを念頭に書いたのでしょう。これは内田先生のすごくロマンティックなところだと僕自身は一歩引いて見ていますが、その点、秋吉さんは根本的なところで一般の人たちを信じているのかなとお話を聞いていて思いました。すばらしいことだと思います。
秋吉
そうですね。自分自身は性善説だし、人間の可能性を信じているタイプなのだと思います。
さて、すっかり時間をオーバーしてしまいました。実践を続けるなかで、またみなさんと議論を重ねていくことができればと思います。今日は有意義な話ができました。ありがとうございました。
[2022年4月12日、unico川崎にて収録]
秋吉浩気(あきよし・こうき)
1988年府生まれ。建築家/メタアーキテクト、VUILD株式会社代表取締役CEO。芝浦工業大学工学部建築学科を卒業し、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科X-DESIGN領域にてデジタルファブリケーションを専攻。2017年にVUILD株式会社を創業し、「建築の民主化」を目指す。デジタルファブリケーションやソーシャルデザインなど、モノからコトまで幅広いデザイン領域をカバーする。主な受賞歴=SDレビュー入選 (2018)、SDレビュー入選 (2019)、Under 35 Architects exhibition Gold Medal賞 (2019)、グッドデザイン金賞(2020)。
門脇耕三(かどわき・こうぞう)
1977年生まれ。建築家、建築学者。明治大学准教授、アソシエイツパートナー。博士(工学)。2001年東京都立大学大学院修士課程修了。東京都立大学助手、首都大学東京助教などを経て現職。2012年に建築設計事務所アソシエイツを設立。現在、明治大学出版会編集委員長、東京藝術大学非常勤講師を兼務。建築構法を専門としながら、建築批評や建築設計などさまざまな活動を展開。建築の物的なエレメントに根ざした独自の建築理論も展開している。第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展では日本館のキュレーターを務めた。
藤村龍至(ふじむら・りゅうじ)
1976年生まれ。建築家/東京藝術大学准教授。2008年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2005年よりRFA(藤村龍至建築設計事務所)主宰。2016年より現職。2017年よりアーバンデザインセンター大宮(UDCO)副センター長/ディレクター、鳩山町コミュニティ・マルシェ総合ディレクター。公共施設の設計のほか、指定管理者としての管理運営や公民を巻き込んだ都市再生プロジェクトにも数多く関わる。主な著書に『批判的工学主義の建築』(2014)、『プロトタイピング』(2014)、『ちのかたち』(2018)など。