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花曇りの園

例えば抹消したアカウント、飲み込んだ言葉、押し殺した気持ち。消化しきれなかった思いの行き場。


*


彼が目覚めると、そこは美しい花園だった。色とりどり形も様々。頭上に広がるのは白い薄い曇り空。柔らかいなベールがかかったような心地の良い明るさだ。


立ち上がり見渡すと黒い人影が見えた。美しい女性だ。首の詰まった黒い丈の長いワンピースに腰のところにつけた白いエプロン。髪は後ろで纏められている。吸い込まれそうな黒い瞳がこちらを見ている。


「君は…?」


「私ですか。残念ながら名乗るべき名前を持ち合わせておりません。私はここの管理人です」

「じゃあこの庭は君が?」

「はい。」


不思議な感じがするひとだ。無表情で淡々としているけれど、嫌な感じはしない。

「綺麗だなあ。少し見て回ってもいいかな」

「御自由に」

彼女はうなずく。


「ありがとう」


*

本当に多種多様な花々が咲き乱れている。だけど決して乱雑なわけではなく、彼女の管理が行き届いているのがわかる。

この花たちに名前はあるのだろうか。



カツンと背後で鈍い音がした。

振り向くと、手に大きくて重そうなシャベルを抱えた管理人がいた。空の色は変わらず明るいグレーだ。


「君の仕事の邪魔をするつもりはないんだ。ただ、その前に僕の話を聞いてくれるかな」

「お聞きいたします」

彼女はシャベルを下ろし頷いた。

*

「ここに僕みたいなのがくるのは珍しいのかな。」

「はい。ここまでしっかりとひとの形を持ち話ができるのは貴方が初めてです。ほとんどはぼんやりとした塊のようなものか、人の形をしていても意思疎通が取れないものですので。」

「僕は、言ってしまえば、一つのアカウントだったんだ。単一の思念じゃないから、ちょっと複雑だ」

彼は空を仰ぐ。

「彼女は…主人は、いや僕は、詩を書いたり物語を綴ったりしていた。言葉が、とても好きなんだ。」

「僕はもう主人の一部では無くなってしまったけれど、主人がまだ詩を書いていればいいな」

「聞いてくれて、ありがとう」

「いえ…」


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例えば抹消したアカウント、飲み込んだ言葉、押し殺した気持ち。消化しきれなかった思い。それらはやがてここに行き着く。私の役目はそれらを埋葬すること。やがてその上に綺麗な花が咲くことを祈りながら。




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ひわ
最後まで読んでいただけたこと、本当に嬉しいです。 ありがとうございます。