
スプラ4への道:公平な競争と問題児排除の課題
スプラシリーズが抱える課題の一つは、「子どもたちの視点から見てどうなのか?」という問題だ。公平な競争を実現するためには、スプラ2の仕様にほぼ戻すことで解決する可能性がある。例えば、レート制を導入し、平均パワーを基準にした実力差の小さい公平なマッチングを行うことで、健全な競争環境を作れるだろう。
降格については改善の余地があるかもしれないが、降格自体は公平な競争を成り立たせる仕組みといえる。そのため、スプラ2の仕様に大幅に戻せば、スプラ3で指摘されている不満の多くは解消されるはずだ。
しかし、スプラ2の仕様に戻しても解決しない問題がある。それは、「スプラ界隈における問題児」の存在だ。レート制を導入すると、「強いプレイヤーが偉い」「強いプレイヤーが注目される」といった風潮が生まれやすい。加えて、スプラシリーズは公式大会の数が少ないため、競技シーンにおける価値基準が「レートの高さ」に偏りがちになる。この結果、人間性に問題のあるプレイヤーが注目を集め、配信者として台頭してしまうケースが生じている。
まともな規律や倫理観を持つ配信者であれば問題は起きないが、現実にはそれらを欠いた配信者も存在する。さらに、一度問題行動を起こした配信者をコミュニティから追放する仕組みが不十分なため、彼らは活動を続けてしまうことが多い。任天堂がゲーム内で処罰を行うことは可能だが、それが配信活動の停止につながるわけではない。このため、通常であれば追放されるべき問題行動を起こした配信者でも、スプラ界隈に居座り続けることができてしまう。(この問題はスプラシリーズに限った話ではなく、国際的に見ても他の様々なオンライン対人ゲームでも起きている。メーカーとプラットフォームは問題児配信者の完全な追放を実現できていない)
現在は動画配信ガイドラインの強化により、任天堂が問題のある動画配信を確認し、そのチャンネルをBANすることは可能だが、動画配信ガイドライン違反に至らない場合には問題行動を起こした配信者が活動を続け、子どもを含む視聴者に悪影響を与える可能性がある。このような状況が悪循環を生み、スプラシリーズ全体に影を落としている。
結局、スプラシリーズが抱える本質的な問題は、「競技シーンを発展させる中で、問題児が誕生し注目される一方で、適切に排除する手段がない」という構造にある。この問題が解決されない限り、スプラ2の仕様に戻したとしても根本的な改善には至らない。「子どもたちの視点から見てどうなのか?」という観点から見ても全く問題が解決できていない。シリーズを前進させるためには、全く異なるアプローチが必要だ。
現在の課題は明確だ。「子どもたちの視点から見てどうなのか?」という観点で考えた時に「どうすれば問題児を生まないようにし、仮に生まれた場合でも適切に対処できる仕組みを構築するか」。
この課題に対する解決策としては以下の二つが考えられる。
レート制を廃止し、競争要素を薄めることで、レートだけが価値基準ではない多様なゲームモードを導入する。これは大幅な変革が必要で長期の開発期間が必要だ。
動画配信のシーンを免許制にし、厳密に管理することで、問題行動を起こした配信者を完全に追放できる仕組みを作る。これは法的な問題をクリアにしてプラットフォームと協力した広範囲の運営体制が必要だ。
これまでのスプラシリーズが「みんなが楽しめるゲーム」とされてきたのは、実は「分別のある大人」を前提としたユートピアだったのかもしれない。しかし、精神的に未熟なプレイヤーの存在により問題児が生まれ、それを子どもたちが目にすることで、シリーズ全体が成熟しきれていない環境であることが浮き彫りになった。
この現実を踏まえ、スプラシリーズは方針転換を迫られている。「健全に子供たちを中心に競争を楽しむゲーム」として成り立たせるのが難しい以上、問題児が生まれにくい仕組みを作るか、生まれても問題が起きないような管理体制を構築する必要がある。
結局のところ、スプラシリーズは問題児配信者の存在によってゲームの魅力が損なわれてしまった。この現実を受け入れ、私たち自身も「好きだった競争型のスプラシリーズが続けられなくなった原因を直視する」必要がある。問題解決に向けた次のステップをどう進めるかが、シリーズの未来を左右する重要な課題だ。
問題児の排除が難しい理由は、スプラシリーズの構造やコミュニティ全体の課題に起因している。例えば、ゲーム内でBANされた問題児が、新しいハードウェアを購入して新たなアカウントを作成することで処罰を回避してしまう現実がある。実際に、処罰中にもかかわらず動画プラットフォームでの配信活動を再開した例がすでに発生しており、これはコミュニティ全体で「倫理観が欠如したモンスター」として批判されている。しかし、現状では誰も具体的な対処ができず、問題が放置されている。
さらに、任天堂が問題動画に対し警告を出し、「これ以上問題行動を起こした場合、動画チャンネルそのものをBANする」という強い姿勢を見せた例もある。その結果、該当する問題児は配信やゲーム内での行動を一部改善した。しかし、SNS上では依然として攻撃的な言動を続けており、プレイヤーの中には「なぜあの問題児がまだコミュニティに残っているのか」という不満を抱き続けている人が大半だ。このように、行動の一部改善があっても、根本的な信頼回復には至らない状況が続いている。
任天堂はガイドラインの範囲内で問題行動が収束している限り、それ以上は追及せず放任する姿勢を取っている。この対応は一見合理的に思えるが、実際にはプレイヤー間の不満を解消するには不十分。結果として、「任天堂が放置している」という印象を与え、コミュニティの分裂やゲーム全体への信頼低下を招く恐れがある。
また、こうした問題児の存在がスプラシリーズに与える悪影響は、単にコミュニティ内にとどまらない。未成年プレイヤーがそのような問題行動や言動を目の当たりにすることで、負の影響を受けるリスクも無視できない。スプラシリーズは子どもも楽しめるゲームとして設計されているが、こうした問題児の存在が家族向けゲームとしてのブランドイメージを損なう危険性がある。
結局のところ、問題児の排除が困難な現状が続く限り、健全なプレイヤーのモチベーションが下がり、コミュニティ全体の質が低下するという悪循環から逃れられない。そして、任天堂が最終的に問題児に厳罰を与える以外に効果的な解決策がないという現実が、スプラシリーズの未来をさらに暗いものにしている。
この状況を改善するためには、問題児が新たに誕生しない仕組みを構築するか、問題児が発生しても迅速かつ効果的に排除できる体制を整える必要がある。しかし、それを実現するには単なるガイドラインの強化を超えた、大規模な取り組みが求められるか、問題児が出にくいよう大幅な発想の転換が必要となっている。
問題児が新たに誕生しない仕組みとは、価値観の多様化を提供することに他ならない。現在、問題児が生まれる根本的な原因は、レートという絶対的な価値観から派生している。レートが高ければ偉い、レートが高ければ有名になり、配信者として収益を得ることができるという状況が、それを助長している。レートが存在することで、さまざまな問題が連鎖的に発生していることを否定するのは難しいため、まずはレートという絶対的な価値観を崩す必要がある。
そのために必要なのが、多様なゲームモードの導入だ。現状のスプラ3にもサーモンランというゲームモードは存在しているが、それだけでは不十分だった。さらに多様なモードを導入する必要がある。たとえば、サーモンランは協力型ゲーム(PvE)に位置づけられるが、他にも非対称対人ゲーム、ローグライク、またはロール別目標達成型のゲーム(例:人狼など)といった選択肢を増やすことができる。
重要なのは、勝敗が決まる対人戦の比重をできるだけ薄くすること。さまざまなゲームモードを提供し、それぞれに異なる指標を設けることで、レートという絶対的な価値観を薄めることができる。狙うべき方向性は、ポケモンシリーズに近いもの。ポケモンには対人戦やランクマッチ、レート、ランキングなどがあるが、それを主に楽しむのはマニア層。一方で、ストーリーのクリアや、お気に入りのポケモンを集める、ポケモン図鑑を完成させる、色違いポケモンを集めるなど、多様なプレイスタイルが存在し、その結果、価値観の多様化に成功している。
残念ながら、スプラシリーズもこのように価値観を多様化するために、もっと多様なゲームモードを採用する必要があるという状況に直面している。
将来的なビジョンはこうである。「子供たちの目線で安心して遊べるゲーム」を実現するために、「問題児が誕生しやすいレートという絶対的な価値観は崩す必要がある」し、必要であれば「問題児を追放できるさらに強固な体制」も求められるだろう。
現状では、「多様なゲームモードを実装することでレートという絶対的な価値観を崩し、多様な価値観を提供する」方向性が望ましい。スプラシリーズはかつて「子供も大人もはまれる画期的な対人ゲーム」だったかもしれないが、これからは「子供が安心して遊べる対人ゲーム」であり、そのためには様々なゲームモードで多様なプレイスタイルや価値観を提供する必要がある。
このようなビジョンへと変化したと言えるだろう。スプラシリーズは、多少の姿を変え、変革と進化を遂げる必要がある。