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退屈という毒に対する特効薬 「IN MY ROOM〜私の部屋の必需品〜」

「なんかつまんないな」

生きていて、そう思うことはないだろうか。
僕は、ある。日々過ごしていて、一週間、一日の中で、少なくとも何回かは、そう思う。

人生に、退屈している。そんな、感覚だ。
どうして、そんな風に感じてしまうのだろう。

現代は、豊かだ。生きるのに、困ることはない。
技術は進歩し続けていて、どんどん快適になっていく。
娯楽の種類も増え、街中は新しいもので溢れている。
確実に豊かだ。それなのに……

「なんかつまらない」と思っている自分が、確かにそこにはいた。
充分過ぎるほどに、恵まれているはずなのに。

去年大学を出るまで、親には本当にお世話になった。
予備校も通わせてもらったし、部活も、サークルも。「やりたい」と思ったことを、やらせてくれた。

ありがたいことに友人だって、たくさんいる。
学生時代から、今に至るまで、変わらず仲良くしてくれる奴ばかりだ。

仕事だって、そう。
生活していく上で、困らないだけの収入がある。好きな服を買ったり、遊びに使う余裕もある。まだ2年目のペーペーにも関わらず、だ。
職場の人たちも、いい人ばかり。休みも十分もらっている。

自分は幸せだ。
これほどまでに、恵まれている。客観的に見て、そう思う。

それなのに満たされないこの心は、なぜなのだろう。
自分に足りないものは何か。その答えが見つからないまま、過ごしていた。
だけどある日、突然気づいてしまった。

それは、ある日の金曜日。仕事終わり、学生時代の友人たちと集まった時のこと。
いつも通り、特に美味しくもないチェーンの居酒屋に入った。
乾杯して、お互いの近況や、職場の愚痴や、学生時代のバカ話に花を咲かせていた。

「わりー、遅くなった!」

1時間以上経って、ひとり遅れていた奴がようやく来た。

「遅かったな。また残業か? 可哀想に」
「お前のところ、本当にブラックだよな」
「よっ! 社畜!」

彼が来るやいなや、みんな口々に茶化す。
そこには、「そんな遅くまで残業だなんて可哀想に」といった、同情のニュアンスも含まれていた。
しかし、彼は……

「まあね。でもいいんだ、楽しいからさ」

と、爽やかに言ってのけた。しかもその姿は、とても強がっているようには見えなかった。
途端に僕は、彼の仕事に興味が湧いてきた。

「仕事、楽しいんだ?」

「うん。楽しいよ!」

そこから彼は、生き生きと仕事の話をしてくれた。それはまるで、子供が今日学校でした遊びを、親に嬉しそうに報告するかのようだった。
疲れは微塵も感じさせず、むしろいちばん元気に思えた。ここにいる誰よりも、長い時間仕事していたはずなのに。

そんな彼の話を聞いていて、気づいた。
自分に足りなかったのは、これだったのか。

夢中になれる、何か。自分には、それがなかった。

仕事に夢中になっている彼は、輝いて見えた。魅力的だと、素直に思った。
よくよく考えてみると、彼だけじゃない。僕の好きなスポーツ選手や、バンドマン。
何かに夢中になっている人は皆、キラキラしている。

「はあ……」

飲み会が終わり、帰り道。僕はため息をついた。
自分に足りないのは、夢中になれる何か。それがわかったところで、何も変わりやしない。
仕事に夢中になれるのなら、とっくになっている。
そうなれていないから、こうして悩んでいるのだ。

学生時代、通学時。
浮かない顔で満員電車に乗り込むサラリーマンたちを、何度となく見てきた。
朝が早くて眠いとか、疲れているとか、そういう理由もあったと思う。けどそれらを差し引いても、人生を楽しんでいるようには見えなかった。
絶対に、こういった大人にはなりたくないと思っていた。それなのに気づけば、「なんかつまらない」沼に物凄いスピードで引きずり込まれている自分がいた。片足どころか、もう両足突っ込みかけている。
このままじゃまずい。何かを変えないと……

誰かと一緒にいるうちは、まだいい。
楽しく会話をしていれば、満たされていない自分の心から目を背けられるから。

だけど家に帰り、ひとりになる。その瞬間、気づいてしまう。
自分には、何も無いということに。

部屋には、いろいろな物が置いてある。漫画とか、ゲーム、それからパソコン。
だけどそのどれもが、僕の心を満たすことはなかった。

いつの間にか降り出した雨の音が、部屋に響き渡る。その音がやたらと大きく感じられて、それがまるで「何も無い」ことをさらに強調しているかのようだった。

この「なんかつまらない」を、打破できる日は来るのかな……
未来のことを考えると、どうしようもなく不安になった。目をつぶるとネガティブなイメージばかりが浮かび、頭が支配されていく。布団に入っても、なかなか眠れない。そんな日々の、繰り返し。

幸か不幸か、「なんかつまらない」状態でも、日々を過ごすのには全く問題なかった。仕事は充分こなしていけるし、友人との関係が途切れることもない。
だけどだんだんと、自分の心が死んでいくのがわかった。
それはまるで、RPGで毒を喰らった時のよう。気づかない間に、じわじわと身体を蝕んでいた。

特にきついのは、部屋にひとりでいる時。
特にすることもなく、時間を持て余していると、自分の心の闇に直面せざるを得なかった。
僕は次第に、ひとりでいる時間を恐れるようになった。

なるべく誰かと過ごしたい。とにかく友人に声をかけた。手帳がどんどん埋まっていく。
それだけを見ると、充実しているかのように思えた。
だけどそれは、まやかし。誰かといる時間が楽しくても、「何も無い」自分は、少しも変わることなくそこにいる。
だんだんと、誤魔化しが効かなくなってきて、友人との遊びにも集中できなくなっていった。

いい加減なんとかしないと。僕の焦りは、最高潮に達していた。

これまで、悩んでいても友人に打ち明けることはほとんどなかった。せめて友人には、「あいつ充実してるな」と思われたかったからだ。「なんかつまらない」人間だと、思われたくなかったからだ。
だけどもう、なりふり構ってられない。くだらないプライドにこだわっている場合じゃない。
僕は友人に、打ち明けることにした。

「最近、ひとりでいるのが辛くて……」

とある日の仕事終わり。「相談がある」と、信頼できる友人を呼び出した。

「自分には何もないなって思ってしまうんだよね。だから……」

話していて、惨めになった。
ああ。もう子供でもないのに。オレは、何を言っているんだろう。

「せめて何か、夢中になれることが欲しいんだよね……」

だけど彼は、そんな僕をよそに真剣に話を聞いてくれた。
日々、何を感じるのか。どういう時に「なんかつまらない」と感じるのか。どういう人間になりたいのか……
一通り話をして、それから、彼は切り出した。

「謙治さ。夢中になれるものを見つけなきゃって思ってるでしょ?」

「え?」

そんなの、当たり前じゃないの?
そう思った僕は、彼が何を言おうとしているのかわからなかった。

「俺は、夢中になる何かを探す必要はないと思う。そうじゃなくて、何かに夢中になる方法を知った方がいいと思う」

何かに夢中になる方法? そんなのあるのか?
僕の頭には、はてなマークばかりが浮かんだ。

「大事なのは、何に夢中になるかじゃなくて、いかに夢中になるかだから」

いかに夢中になるか……
そんな発想はなかった。

「オススメの本がある。今度、持ってくるよ」

翌週本を貸してもらう約束をして、この日は終わった。
いったい、どんな本を貸してくれるのだろう。約束の日まで、僕は気になって仕方がなかった。

ようやく来た、約束の日。青色の表紙の本を、僕は受け取った。

「これを、読んでみて欲しい。今の謙治に、必要な本だと思うから」

その本は、『没頭力 「なんかつまらない」を解決する技術』(吉田尚記, 太田出版)という本だった。
確かに。タイトルからして今の自分に刺さりそうな本だ。

さっそく、帰りの電車で読み始めた。
なるほど。この本の著者である吉田さんも、僕と同じで夢中になれることがなくて悩んでいたんだな……
共感を繰り返しながら、ページをめくる手は加速していった。

……面白い。今まで思いもつかなかった発想ばかりが、そこには書いてあった。
何より斬新だったのは、「なんかつまらない」状態を解決できるのが、「技術」であるという発想だった。
技術ということは、訓練さえすれば誰でも身につけられるということだ。
その発想が、僕に救いを与えた。

読み進めるたびに、気分は上向いていった。
それはまるで、特効薬のよう。心を蝕んでいた毒が、消えていく感覚がした。

あっという間に読み終えた僕は、もう一度読み返すことにした。
二週目もすぐに読み終え、彼にLINEで連絡をした。

「本読み終わったから今度返すわ、ありがとう!」

返信は、すぐに来た。

「お、読み終わったか。もう大丈夫そうかい?」

確信を持って、僕はさらに、こう返した。

「うん。おかげで大事なことがわかったよ」



彼に本を返してから、しばらくが経った。

あれから、「なんかつまらない」などと嘆くことはなくなった。
今の僕の生活は、ライティング、バンド活動、読書……と、夢中になれることで溢れている。
だけどそれは、夢中になれることを見つけたからではない。
何かに夢中になれる技術を、身につけることができたからだ。

それもこれも全部、彼が教えてくれたこの本のおかげだ。
今でも変わらず、僕の手元にある、青い表紙のこの本。
彼に返した後、「これからの自分にも必要だ」と思い、結局書店で購入してしまった。

今の自分は大丈夫。もうひとりで部屋にいる時間も、怖くない。
だけどこれから先、ふとした時にまた「なんかつまらない」と思ってしまう瞬間があるかもしれない。
毒に心を蝕まれることが、あるかもしれない。

そんな時はまた、この本を読もう。
特効薬となって、退屈という毒をやっつけてくれるはずだ。

もう二度と、「なんかつまらない」に負けないように。
この本を手放すことは、これから先もなさそうだ。


『没頭力 「なんかつまらない」を解決する技術』
(吉田尚記, 太田出版)

※この文章は、天狼院書店の週刊READING LIFEにも掲載されています。

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