7.ロック・プレイヤーとの出会い(音楽に対する飽くなき追究)
1997年11月、実母の他界した三ヶ月後、以前から知り合いだったロッカーが、音楽活動を再開した。
実に20数年ぶりの活動再開である。彼は、商用ベースの音楽を嫌い、音楽シーンから姿を消し、サラリーマン生活を続けていた。日本でも、ここ数年、本物の楽曲を聴きたいなどの機運が高まり、また、創作者も自分のやりたいことができる環境が整ってきた(インディーズ・レーベルなどで)。
彼も、年齢的なこと、そして環境が整ってきたことも相まって活動再開にこじつけた。
彼は言う。聞き手に、精神的に良いポジティブなエネルギーを与える楽曲でなければいけない。自分にとって、ロックが一番の表現方法だと。「良いエネルギーを相手に与える」これは、まさに自分でも感じていたことであった。自分も音楽は好きだし、学生の頃、バンド活動もやっていた。青春期、楽曲によってずいぶん共鳴もしたし、励まされた。(今でも)楽曲の精神面への影響力は、身を持って感じている。
楽曲によって大きく人生が変わってしまった人も知っている。
そんな彼の人間性のにじみでる楽曲をいろいろな人に聴いてもらいたいとの想いから、HPを立ち上げたりもした。自分のエネルギーの放出先として、同調していて、今でも支援し続けている。1999年記
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彼との出逢いもとても不思議なものでした。川のほとりの土手で一緒に食べた秋刀魚弁当。二人で柴又帝釈天に立ち寄り、渋滞の環状七号線で車窓から射し込んだ柔らかく暖かかった陽光・・・。
彼とは月に一度位のペースで一緒に飲みますが、この十年以上前の出来事が今でも話題にのぼります。どうってことのない出来事なのですが、何故か二人とも魂の琴線に触れ深く印象付けられています。
彼にはいろいろな事を教わりました。
「一度生きて、死んでいく中で何ができるか」
「魂の琴線に触れる楽曲を伝えたい」
「人に良いエネルギーを与えたい」
「我思う、ゆえに我あり」
当時、酒に酔う都度に彼の口からはそんな哲学的な言葉が飛び出していましたね。
彼はスピリチュアリズムを知りませんが、今にして思えば、スピリチュアリズムの教えとの共通点が多く驚かされます。
三年ほど前に私と相性のよい霊能の方に、彼の写真を見せたところ面白い前世のビジョンを語ってくれました。
私が僧侶だった頃(修行僧?どうもキリスト教や神道など宗教関係者だった前世があると、他の霊能の方にも言われたことがあります)、細い道を歩いていた時に大きな石が道の真ん中にあって、歩行の邪魔だからとその石をどかそうとしたが、重くて動かなかった。
そこに現れた荒くれ者(浮浪人? それが彼・笑)が動かすのを手伝ってくれた事が縁になって現世に至っているとの事でした。
面白いですね^^
おそらくソウルメイトには違いないようで、今後もこの世を離れるまで互いの縁は続いていくことでしょう^^
2010年2月1日・記
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しかし、変わらずに家でギターを弾きまくっているようです。腕を磨くのだと云っています。新しいアタッチメントを購入したりと、飽くなき追究しています。
自粛社会で、ライブもできず、なかなか飲みにも行けませんが、二人で無観客競馬を楽しんだりしています(笑)
この世に居るあいだ、彼は音楽を追究するでしょう。その成果は、向こうの世界に行ってからも引き継いでいくことでしょう。