「東京家族」は、「東京物語」もちろん「息子」にすら及ばない
「東京家族」を観ようとした。
西村雅彦がまったく医者に見えない(長男にも見えない)。中嶋朋子も憎まれ役としては物足りなかった。「杉村春子ってやっぱりスゴいんだな」と感心した。橋爪功と吉行和子はまだ安心できるかなと思ったが、母親役には香川京子を起用して欲しかった(たぶん山田にとって邪魔だったのだろう)。
蒼井優はまだ出てきてもいなかったが、観るまでもないだろうと思って、観るのをヤメた。
最初の部分を見ただけだが、東京物語と比べると、誰も彼もが「役不足」に見えた。言っておくが、それぞれの役者はキライな役者ではない。むしろ、蒼井優は少しファンだ。なので、役者は悪くない。悪いのは、監督した山田洋次である。やはり言っておくが、ボクは山田のファンである。少しだが。
ボクの大好きなYouTubeに制作報告会見の動画があったので、観てみたが、抜粋だとしても、こんなパッとしない会見も珍しい。
山田はなぜ、「東京物語」のリメイクなどという「暴挙」に出たのだろうか。誰かに唆されたのだろうか。すでに「息子」世に出しているじゃないか。永瀬正敏演じる末っ子役は若き日の山田自身である。この末っ子は親父に認められず、反発しながらも苦しんでいたが、それは小津に認められたい山田の心情でもあった。そういうことも含め、息子は山田にとっての東京物語だと思っていた。
だからこそ、山田がわざわざ東京家族を撮ったことが、訝しかった。「東京物語と比べてくれ」と言っているようなものだからだ。「雉も鳴かずば撃たれまい」に。まるで、ケチをつけられることを目的に撮ったかのようだ。
ここまで書いたが、やはり途中まで観て感想を書くのは心苦しい。まず「東京物語」を観てから、「東京家族」に再度チャレンジしてみた。
妻夫木聡が出てきたが、息子の永瀬そのものだった。東京物語のリメイクだと思っていたが、息子のリメイクでもあった。とくに蒼井優の登場シーンは、まんま息子だ。
妻夫木扮する役は、東京物語には登場しなかった人物なので、東京物語との比較はできないが、ストーリー上、かなり重要な役割を担っている。それだけに、妻夫木がどういう芝居をするのか期待したのだが、壮絶な肩透かしを食らった。
蒼井優は、原節子と同じ役だと思っていたが、妻夫木役の彼女役として、この一家との関連性はない等しい他人という設定に成り下がっている。
蒼井優も自らのセリフで言っていたが、吉行和子役と一晩話したというだけで、広島まで同行し、数日間滞在するのはムリがある。
橋爪功役が吉行和子役の肩身分けとして時計を蒼井優に渡すのは、その行為だけ見れば東京物語と同じだが、意味はまったく逆になっている。東京物語では、息子のこと忘れて再婚を促しながら時計を渡すのだが、東京家族では、息子との結婚を期待して時計を渡すカタチになっている。
別の家族になる(ことを期待している)人間だからこそ、時計を渡すという行為に意味が出てくるのだと思う。しかし、結婚して家族になるなら、今渡す必要はなく、結婚してから時計を渡せば良いじゃないかと思った。妻に先立たれて、精神的に沈没していたとしても、軽はずみな行為だと言わざるを得ない。
この点、控えめに言って、東京物語のシナリオをぶち壊している。小津本人が観たとしたら、怒り狂うだろう。それが山田の制作意図だったのであれば、完全に成功した言えるわけだが。
若い頃の山田は小津を嫌っていたが、年をとって、小津を尊敬するようになった。だから、東京物語をリメイクした。映画を見る前は、そんなのんきな風に考えていたが、
観てしまったわけだが、やっぱり東京家族は観ない方が良かった。批判的な感想を書くのは、基本的に不毛なことだからだ。その上で言えば、東京家族は、「椿三十郎」とか「丹下左膳百万両の壺」とか、他のリメイク作品同様、東京物語を何一つ超えていない。
もっと言えば、息子の方がまだマシだとすら思った。例えば、橋爪功より三國連太郎の方が良かった。妻夫木より永瀬正敏の方が良いし、蒼井優より和久井映見の方が良い。
東京家族で良かったと思ったのは、島の中学生の女の子と犬が可愛かったことだ。原作を大きく裏切って、ヒロイン不在の映画になってしまったわけが、この子をヒロインにしておけば、もっと観応えが出たのではないかと思う。