海の事故について考える4月
2021年、僕たちの仲間が自分のヨットに乗っている時に事故が起きた。
それから僕たちは、毎年4月に海の安全について考える機会を作るようになった。
この記事は、2021年に事故が起こった当時の近況と、翌年2020年に書いた【海の安全を考える】特集号をまとめたものだ。
海に関わる方には大切なことかと思い、全編無料公開にした。
ぜひ読んで、考えて、あなた自身の安全を守ってほしい。
■2021年5月 近況
【Old sailor never die. They just get a little dinghy.】
海にまつわる格言が書かれたボードに、
「Old sailors never die. They just get a little dinghy.」
という言葉があるのを読んだことがある。
その時は深く考えず、
「セイラーはあの世に旅立つ時も小さな船に乗っていくのか、格好良いな」
位に思っていた。
・・・
4月末から今日まで、短い期間に本当に色んな事があったので、気持ちもまとまっていはいないけれど、そのままそのことを書こうと思う。
先月、「DIYで無人島航海計画」の仲間と一緒に、モータボートで次の航海先の無人島の視察に行った。
このプロジェクトでは、去年はみんなで一緒に30年間放置されてボロボロだったカッターボートを直して、有人島まで航海をした。今は次の行き先を検討している所だ。
無人島は澄んだ海と、かつては人がいた跡が相まって魅力的な雰囲気だった。
視察をしながら、付近の岩場で蛸を探したり、幾つも島を見てまわった。
その2日後、その視察に一緒に行った海の仲間の1人が、ご夫婦で船に乗って海の事故で亡くなった。
彼はとても慎重でよく準備をする人だった。
無理をしないで、時間をかけて良いタイミングを図るやり方を知っている人だ。
つい一昨日一緒に行った視察では、彼は自分が買う予定のヨットの置き場所の話や、週末のレースに出る事を楽しそうに話していて、僕はてっきりこの先も何年も彼とそんな話をしながら海で会うものだと思い込んでいた。
彼は若い時に人のヨットに乗せてもらってからその魅力にはまり、自分もいつかヨットを持つことを夢見てがむしゃらに働いてきたそうだ。
丁度今年の秋に念願の自分のヨットに乗れる予定だった。
事故の詳細は、保安庁の調査結果を待つのみで今は分からない。
だけど海の素晴らしさを歌い、海での体験を人生の柱にしている僕は、
自分のせいにするなよと沢山の周りの人が言ってくれたけど、どうして何か力になれなかったんだろう、という考えが頭をグルグルまわった。
あんなにやりたい事が沢山あった人が、なんで?
別れ際に何か一言伝えられていたら違ったのだろうか?
どうしたら事故がおきずに済んだのか?
悲しみとも怒りとも言えない重く混乱した気持ちのまま、
安全をどうしたら守れるのか、その為の資料をただただ作り始めた。
数日後に「DIYで無人島航海計画」の仲間から連絡がきて、みんなで海に献花に行く計画を立ててくれた。
彼が亡くなった海域は、その日は風も弱くきれいに晴れて穏やかな海面だった。
仲間が用意してくれた白菊を1人一本ずつと、船を初めて海に浮かべた日に用意したお神酒、そして一緒に行くはずだった無人島の手書きの地図と、一緒に航海した高校生が初めて手にした収入で買ったビールが添えられた。
太陽の光がキラキラ光る海を見て、沈む様に悲しくて言葉にもならなかった気持ちが、少し声に出せる様になった。
この日まで、色んな人が連絡をくれた。
励ましてくれたり、僕を忙しくさせて元気にする為に仕事を頼んでくれたりした。
みんなが連れ出してくれたおかげで、少し前に進まなければいけないという気持ちになった。
5月になって、小豆島のカッターボートクラブとの交流の日が来た。
この交流会の楽しい詳細はまた次回書こうと思うが、実はこの交流会には亡くなった彼も来る予定だった。
島まで向かう途中、仲間と船の安全について話し合った。
ヒューマンエラーは起こるものだと仲間は話してくれた。
僕はこの日まで、一度書き始めていた安全の為の資料を作ることを辞めかけた時があった。
こんな物を作って何になるんだ。
彼は戻ってこないし、ヒューマンエラーは起こるし、世界最大のヨットレース・ヴァンデグローブを完走した白石康次郎さんも「海は人間のミスを見逃さない」と話していた。
もし周到に準備をしても、海は無差別だ。死亡フラグなんてものは存在しなくて、突然起こる。
その時にふと何かが後ろ髪を引っ張った。
振り返ってみると、昔々から続く人間の歴史の中で船に乗ってきた人たちの事が頭に浮かんだ。
人が海で四苦八苦しながら航海術、海と船の知識と技術を作り上げてきた歴史が目に見えた。
間違いなく今日まで自然の中で沢山の人が死んできた。
そして間違いなく、その痛みをその後の海に出る人のための安全の技術に変えてきたはずだ。
僕に出来る事が何か、彼を思ってギュッとする気持ちにまだ答えもないし整理もできていない。
そのまま進んでいくしかない。
・・・
最初の言葉が頭に浮かんだ。
彼には小さいディンギーではなく、もうすぐ届くはずだった彼の為のクルーザーに乗ってほしかった。
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■【海の安全を考える】2022年特集号
【浜名湖】カッターボート転覆事故の検証
昨年の2021年4月25日、「DIYで無人島航海計画」の仲間が三河湾でヨットレースに出て亡くなった。
僕たちは彼をマイケルの愛称で呼んでいたので4月25日を「マイケルの日」として、黙祷だけでなく、海に出る人の安全を高めるために出来ることを考える日にすることにした。
そして先日4月2日のボートショー。
僕は「DIYで無人島航海計画」について講演させていただいたが、会場に来ていたお爺さんが
「浜名湖でカッターの事故があっただろう」
と、カッターの安全性について質問をされた。
お爺さんは鹿児島でカッターを学生の時に乗っていて、今でもレースに出ているそうだが、そんな人でも浜名湖の事故の内容と原因を知らないまま、この様な質問になってしまう。
ということは、世間ではカッター自体について存在が知られていないか、または知られていても事故などと紐づけられて”危ない乗り物”と認識されているのかもしれない。
そして僕たち自身ももしかしたら、なにか危険性のポイントを理解していないのかもしれない。
事故や失敗からは、それを引き起こした原因と対策を学べる。
自分の状況を鑑みて再考する機会になる。
マイケルの日の今週は、2010年6月18日に浜名湖三ヶ日青年の家で起こったカッターボートの転覆事故を検証することにした。
この事故では転覆により一人の学生が溺死で亡くなっている。
資料は静岡県教育委員会による事故調査報告書と、横浜地方海難審判所での裁決の記録が誰でも見ることができるので、こちらを元に考察する。
また、興味のある方には2020年12月に発売された著書「2時間30分の真実 浜名湖カッターボート転覆事故からの伝言」は学生の両親の近くで事故の背景を追った内容だ。
今日の検証は、今読んでくれているあなたと一緒に考えたい内容だ。
それぞれの資料は、「静岡県教育委員会」の視点、「小型船舶操縦士所持者を裁く横浜地方海難審判所」の視点、「学生の両親側」の視点に沿ったものなので、それぞれを読んで、あなたの視点で原因と対策を考えてみてほしい。
僕は今年、浜名湖の事故が起きた三日日青年の家を訪れて現所長のお話を聞いてきたのでその時の内容も踏まえて、セイリングカッターで楽しむ者の視点で原因と対策、自分たちに活かす教訓を考えてみようと思うが、それは僕の視点であり全ての人にとっての正解ではないことは先に書いておこうと思う。
[事故の概要]
まずは事故の概要から始めよう。
どのような状況と経緯で事故が起こったのかはここに書き出そうとすると長くなり、また資料と同じ内容になってしまうので、静岡県教育委員会による事故調査報告書と、横浜地方海難審判所での裁決の記録を読んでみてほしい。
・静岡県教育委員会
https://www.pref.shizuoka.jp/kyouiku/kk-080/mikkabi/documents/zikohoukokusyo.pdf
・2時間30分の真実 浜名湖カッターボート転覆事故からの伝言
https://www.amazon.co.jp/2時間30分の真実-浜名湖カッターボート転覆事故からの伝言-MyISBN-デザインエッグ社-奥宮-芳子/dp/4815024316
[事故の原因につながった要素]
資料を読んで、死亡事故を引き起こした原因となったと思われることを考えてみたい。
複数あったのではないだろうか。
あなたはどういったことが原因だと思っただろうか。
ぜひいくつか挙げてみてほしい。
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僕は上記の本と三日日青年の家の所長からお聞きした話から分かるポイントも踏まえながら、事故の原因につながった要素を時系列をさかのぼりながら書き出してみた。
・転覆した時に学生が船の中に入ってしまった。
転覆後の船内で学生の声を聞いたという証言があるが、大きな波が来て船内の水位が上がった後に行方がわからなくなった。
→カッターボート転覆時に船内にいることは危険。
→船に転覆、座礁など万一のことがあった場合、必ず点呼を行い人員の確認を行うことが必要。
・曳航の仕方がわからない人が、曳航されていたカッターボートの舵をとっていた。
舵を取っていた学校の先生は初めてカッターボートに乗った人で、曳航時に舵の操作が分からなくなったと証言している。
この曳航される船には施設所員が乗っていない。
(出航時に施設所員の乗っていないカッターボートがあるのは、全てのカッターに所員が乗ると施設運営がまわらないため。)
また曳航時、櫂を船内にしまわず、生徒は櫂の持ち手を足で踏みつけた状態で曳航されている。
この状態では生徒がバランスを取ることも打ち込んだ水を掻き出すことも難しい。
船の前方を浮かせて曳航されやすいように生徒を船の後方に移動させるということもなかった。
→船には必ず一人カッターボートの扱いがわかる人が乗る必要がある。
→曳航時は櫂をしまう。
→曳航される側の船はできるだけ軽くし、船首を持ち上げるように荷重(乗員)を船尾に移動させる。
・船を曳航した所長は曳航の練習をしたことがなかった。
2010年4月から三日日青年の家の運営は民間委託された。
それまで1シーズン(5~10月)で3回ほど曳航が発生することが分かっているが、曳航練習の引き継ぎがされなかった。
船内に水が入っている状態で曳航を始めたため、遊水により船がひっくり返りやすい状態だった。
そして、曳航する場合の風向きによっての避難港の設定がない。
曳航時は曳航用ロープを船の右舷スターンクリートの係留索に繋いでいる。
→曳航の練習が必要。
→曳航時のロープは曳航する船の中央に。Y字に曳航用ロープをとることで船を引きやすくする。
→船内の水はすぐに掻き出す。
・天候による出航判断の誤り
当時の出港判断は、警報意外は参加団体の「カッターボート訓練をやってほしい」という要請も踏まえた所長判断となっている。
静岡県警は当時を「風雨が強く白波が立っている状態だった」「天候が悪いため警備艇の出航を控えていた」と指摘。
→白波、風速、波高などそれぞれの数値を元にした出艇基準が必要。
・2008年8月28日にも訓練中に指導員が乗っていない船で生徒がカッターボートを漕げなくなり曳航して岸まで戻った事があった。曳航した所員は曳航経験があった。
→小さな出来事から、事故を防ぐ対策を始める。
[対策]
事故の原因につながった要素を考えた上でどうしたらこの事故が起きなかったか、また自分が海に出る時に活かせる安全対策をまとめてみよう。
あなたはどう考えただろうか。
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僕がカッターボートで活動する時に出来る対策を考えてみた。
・出艇基準を決める。
「DIYで無人島航海計画」では出艇基準を
風速 8m/sec以上、視程 500m 以下、波高 1.5m 以上
その他異常が検知された時は出航を取りやめることとしている。
・船内の水はすぐに掻き出す。
船内にアカクミをロープで結びつけておく。
・曳航の練習をする。
曳航する方、される方両方の練習をする。
曳航用ロープの結び方、帆・櫂のしまい方、座る位置、舵取りの仕方を確認する。
・転覆の練習をする。
どうなったらカッターが転覆するのか、転覆するとどうなるのか、閉じ込められないようにする練習をする。
あなたの考えはどうだっただろうか。
浜名湖のカッターボート転覆事故についての見方が変わっただろうか。
カッターボートはどんな船だろうか。
事故は正直、普段考えたくもない事柄だ。
だけど怖がりながら忘れるようにするより、原因を知れば対処ができる。
この思考の時間を今回あなたと一緒にとれてよかったと思う。
今年も対策をしながら、みんなと無事故で海を楽しみたい。