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「13歳からの地政学」ができるまで③朝5時の幸福
「忙しい新聞社に勤めながらどうやって本を書いたのですか?」。最近、本が徐々に知られるようになるにつれ、こういう質問を受けることが増えた。
新聞記者は常にニュースになるほどの面白い話を扱う商売だ。普通の生活をしていては会えないような面白い人と出くわすことも多いが、書籍の刊行に至る記者は意外にも少ない。
たいていの記者はとても忙しく、本を書くためのまとまった時間がとれない。それに出版不況なので、記者が書いた作品に対するニーズも減っている。記者は仕事で文章を書いているので、オフの時間はむしろ文章に触れたくないという心理が働く。私は以前はそんなことが理由だと思っていた。
しかし、実は重要だったのは以下のようなことだった。それは上記の質問に私が繰り返し答えていることでもある。
「酒を飲まず、早寝早起きしました」
2020年の春から夏にかけて取得した育休からの復帰後、私には翌年春まで完全に在宅でできる仕事が割り当てられた。コロナ禍中であったことに加え、育児との両立への会社の配慮が働いた結果だった。
現場の記者はもちろん、デスクと呼ばれるシニアの編集者も含めて新聞社の編集局員の生活は不規則になりがちだ。常に自分の取材相手が生み出すニュースに振り回される。それに、翌朝の朝刊は夜につくるので、記者もデスクも深夜や未明までの勤務を強いられる。
育休とその後の在宅勤務の計1年は、私が20数年前に社会人になってから初めて規則正しい朝型の生活ができた期間だった。なにしろ乳児は朝も夜も早い。6時台には必ず起きて、20時か21時までには寝る。ちゃんと育児をしていたら、夜に飲みに出歩くことなど到底できない。子どもが寝るとすでにくたくたもなっているので、家でお酒を飲む気にもならず、寝ることになる。
私は育休中の育児で10キロ痩せたうえに、酒を飲まない早寝早起きの生活を続けたことでみるみる健康になった。22時に寝て、朝4時半ごろに起きる。猛暑日でも、この時間は涼しい。窓を開けると爽やかな風が入ってきて、頭は冴え渡り、何でもできそうな気になる。この本の初稿を書き始めたのは、そんな幸福な夏の朝だった。
それから5時前後から娘が起きてくる6時半までの1時間半、毎日のように書き続けた。時間が限られていると、かえって集中力が増すらしい。言葉が奔流のように出て、キーボードを叩く手が止まらなくなった。
20万字の初稿が完成したのは、翌21年5月の大型連休のころだった。ひどく拙く、完成形にはほど遠い。でも自分の書きたかったことや、情熱はすべて注ぎ込んだ。さあ、次の段階に進むときだ。私はどうすれば出版できるか全く知らなかったが、赤ちゃんの幸せホルモン(オキシトシン)にどっぷり浸かったせいか、すっかり楽観的になっていた。
早寝早起きは万人にオススメするものではない。夜間の方が質の高い文章を書ける人もいるだろう。私にとって最も執筆がはかどる時間が早朝だった。それだけのことかもしれない。
ただ、本を集中的に書く期間には酒は断った方がいいというのは間違いなさそうだ。アルコール浸りの生活では創作を仕上げるために不可欠な体力が奪われることになる。酒を飲みながら書くなんていうのは論外だ。言葉には人の生死を左右するほどの力がある。人に読んでもらう文章を酔いながら書くのは飲酒運転と同じくらい危うい。
欧米の大学や新聞社では「サバティカル」という制度がある。長期の研究や執筆などに充てる長期の有給休暇のことで、それを使って本を仕上げるのが一般的だ。
日本企業ではそういう制度を導入している例は極めて少ない。ただ、仕事に10年以上夢中で取り組んできた人には、いったん仕事量を軽くしてそれまでの蓄積を本にまとめることをお薦めしたい。書籍を刊行すれば、自分の世界が大きく広がり、一人の組織人としては想像もできなかったような景色が広がることになるためだ。
しかし、ある世界のプロとして脂が乗りきった人が仕事を減らすのは現実的に難しいことはわかっている。私だってコロナ禍や育児がもたらした生活の転換がなければ本を書くことはなかった。それだけに、この本は娘がもたらした何よりの贈り物だと思えてならない。