山本清流の傑作ショートショート①『次、停まりません』
2020年2月10日、午前7時半ごろ、愛媛県松山市内を走るバス車内で、高校生の本田くん(15)がスマホのディスプレイからふと顔を上げたところ、窓の向こうに見知らぬ街が広がっているという事件が発生した。
現代の住宅街であったが、目にしたことは一度もなかったという。
本田くんは乗り過ごしたかと思って、すぐに停車ボタンを押したが、「次、停まりません」と無機質な男性の声がアナウンスした。
「停まりませんって、なんだよ、ってイラっと来て、運転手の方を見たんです」
そのとき、本田くんは、バス車内に自分以外誰も乗車しておらず、運転手もいないことに気がついた。バスは独り手に走行し、朝の清々しい住宅街を進んでいたのである。
目の前で起こっている不思議な現象に心細くなり、怖くなってきた本田くん。その現実から逃げるためにスマホゲームをしようとディスプレイを見つめたが、ガタン、と車体が揺れた。
そこで、顔を上げ、さらなる異常に気が付いた。車内に、さっきまでいなかったはずの乗客が出現していたのだ。いつのまにか吊り革を握る人がいるほど満車となり、彼ら全員が本田くんのことを虚ろな目で見つめていた。じぃっと。
「怖いなんてもんじゃないです」と語る本田くんは、停車ボタンを連打した。
次、停まりません、次、停まりません、次、停まりません……。
事件は結局、本田くんが気絶したことによって収束した。目が覚めたら、高校の最寄りのバス停にいた。
「これから、バスに乗るとき、次、停まりません、って言われるんじゃないかって思うと……」と、本田くんは停車ボタンへの恐怖を語る。本事件は調査中だが、類例は発見されていないため、安心して停車ボタンを押してもらいたい。