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指導碁の考え方と、そこから見える囲碁の奥深さ

こんにちは。私はプロの囲碁棋士で、毎週指導碁をおこなっています。
この記事では指導碁の時に私がどんなことを考えているのかを言語化し、囲碁の奥深さの共有ができたらいいなと思っています。


この記事の目的

・囲碁の面白さと奥深さを伝える。
・指導碁中の思考を言葉にして、自分の考えを整理する。
・指導時に注意すべき点を、読者と一緒に考える。

前提事項

プロ棋士が指導碁の時にどれだけ高速に考えられるかが伝わりづらいと思うので、先に前提を共有します。

・置き石の数と、最初の5手で対局者の特徴が大まかにわかります。具体的には、大きい順番に打つのがうまいとか、弱い石を見つけて守るのがうまいとか、大局観に優れているとかです。
・20手ほど進めば、読みの鋭さやヨセの強さも大体判断できます。
・盤面全体を把握する時間は1秒以内で、脳内の残像で細部まで覚えています。
・いわゆる最善の手を探すのに要する時間も1秒未満です。
・読み間違え、見損じ等はたまにありますが、諸々の事情で無視できるものとします。

【指導碁の戦略と工夫】

前置きが長くなりましたがここから本題です。
指導碁といっても場面によって何を優先するか、かなり違いが出ると思います。今回は私が軸にしているものを紹介しますが、場面によって良くないこともある点はご了承ください。

私が意識している指導碁の最終目的は基本的に以下の2つです。
1. 来てくださった方を楽しませること
2. 来てくださった方の棋力向上に役立つアドバイスをすること

これらの目的のために盤上の着手、盤外を含め、様々な工夫をしているつもりです。

楽しませるために意識していること

楽しませるため意識していることを、盤上と盤外思いついたものだけ、優先度順に列挙します。

盤上
・相手の得意な陣形に持ち込むこと
・相手が気づいていなさそうな手で相手に大ダメージを与える手は打たないこと
・相手に咎めてもらえることのある弱点などを残すこと
・相手が自分で成長が感じられるような着手を打てるように誘導すること
・無理に勝ちに行かないこと

盤外
・褒めること
・着手のペースを相手と合わせること
・相手が質問などをしやすいタイミングを作ること
・私自身が楽しむこと

来てくださった方の棋力向上に役立つアドバイスをするために意識していること

同様に。楽しませるため意識していることを、盤上と盤外思いついたものだけ、優先度順に列挙します。

盤上
・相手の長所を盤上に露見させること
・相手の弱点を、相手自身が分かる形で盤上に露見させること
・相手自身が弱点を乗り越えられるまで難易度を落とした局面を提供すること ・・・(1)
・相手に咎めてもらえそうな悪手をたまに打つこと

盤外
・長所を伝えること
・弱点を伝え、(1)で用意したもののうち最も難易度の低い部分をおさらいすること
・対局中意識すると良くなることを伝えること
・勉強方法などを教えること

【実際の対局例(文章のみ)】

ここまで、普段意識していることをざっと箇条書きしました。
これらを基本として、実際に多面打ちの時にどのような運用になるのかの例をあげます。私が実際にこうできたらいいなと思っている理想に近い例です。

対局開始

3面打ち、対局者はAさんBさんCさんとします。

Aさん:9子局
Bさん:5子局
Cさん:3子局

3面同時にスタートしたとし、5手くらい打った段階で、以下の感触を得ました。
Aさんはどんな手にも受けてしまって、手抜きを知らなさそう。
Bさんは石を攻めたそう。
Cさんは序盤からよく考えるなあ。

指導方針を立てる

Aさんには、まず盤面全体を見る癖をつけてもらうため、私は最初に着手した部分を価値が小さくなっても打ち続け、手抜いてもらえることを待つ作戦に出ます。
Bさんには、対局を楽しんでもらうために、こちらの弱い石を放置して攻めさせます。攻めに来られたら、捨てずに逃げて、攻めを継続させます。
Cさんに対しての作戦はまだ考えなくて良さそうなので、Aさんの対局に思考を回します。

~5分後~
Aさんは手抜きを出来ました。この先も手抜きできるかを気にしながら、Aさんの得意な分野を探りに行きます。手抜きが苦手な方は、自分の弱い石を守ることが得意な傾向にあるので、相手の石を分断して、うまく守れるか様子を見に行きます。予想通り、Aさんはすかさず石を守ることが出来ました。対局後にここをほめることを記憶に刻みます。この段階ですでに弱点と長所が両方分かったので、あとは僅差の勝負になるように調整します。
Bさんは、石を攻めていますが、攻めの成果をどこであげようとしているのか、地をどこに作りたいのかがよく分かりません。意識できていない可能性があります。私は石をシノぐために必要なフリをして、価値の大きい手を相手に残してから、攻められている石の眼を作りに行く作戦に出ます。
Cさんは地と厚みのバランスの取れた立ち上がりです。対局も長くなりそうなので、とりあえず簡単に負けてしまわないように気を付けながら、相手の長所短所を探る意味も込めて、相手が悩みそうな手を打ち続けておきます。

ここまでまとめると
Aさん:9子局、手抜きが苦手、弱い石を守るのが得意
Bさん:5子局、相手の石を攻めるのが好きそう、地の意識が薄いかも
Cさん:3子局、多分強い

終局のタイミングを意識する

~30分後~
Aさんの対局は順調に終盤入口くらいまで進みました。Aさんの考慮時間がだんだん長くなってきました。
Bさんは私の残した価値の大きい手を打つことが出来ました。結果的には十分な攻めの成果をあげられたことになります。私は弱い石をもう一つ作りに行き、攻めに来れるかの確認と、その後の攻めでうまく成果をあげられるか再度確認する作戦に出ます。
Cさんはやや妥協気味な手を打ってきました。形勢判断が上手なのでしょう。私は各所でちょっかいをかけて、全部妥協してもらえたらヨセ勝負になる感じに局面を運ぶ作戦に出ます。

私は検討のタイミングで、他の対局者の方が長考したくなる局面であることが望ましいと思っています。Bさんの対局の山場が近づいてきているので、Aさんの対局をそろそろ終わらせたいです。Aさん相手に、自分の隙をいっぱい残し、どこか咎めてもらえたら投了するという作戦に出ます。

検討の工夫

~20分後~
Aさんは結局どこも咎めることができないまま、ダメ詰めまで終わってしまいました。
Bさんの対局も山場を過ぎ、もう少しで終局です。
Cさんは中盤が終わり、今からヨセが始まる感じです。
私の予定とは違い、AさんとBさんが同じようなタイミングでの終局になってしまいました。Aさんの整地を済ませた後、検討に移ります。

Aさんには序盤の弱い石を守れたところをまず褒め、その後は終盤の咎め損ねたもののうち簡単なものを再現して問題を出します。Aさんに問題を考えてもらっている間に、Bさんの対局を終わらせ、Bさんの対局の整地に移ります。

Bさんの整地待ちの間にAさんが問題を解けたかどうか確認します。答え合わせを終わり、軽く感想などを話して、指導碁を終了しました。

Cさんが着手していたので1手返し、それからBさんの整地の結果と勝敗を確認します。Bさんには最初から並べ直して検討しようと思ったので、片付けをお願いし、自分である程度初手からの並べ直しを進めておいてもらうようにお願いします。その隙に、Cさんの対局を難しい局面になるまで進めます。

~5分後~
Bさんの検討に集中します。まず、攻めるの上手ですねと褒め、分からなかった点を聞かれたので答えます。おすすめの攻め方として、どうするともっと成果をあげられたかなどを伝えます。

まだBさんは検討を続けたそうなので、私は「もう一局の着手をしながら検討を続けますね」と言い、Cさんとの対局を進めながらBさんとの検討を続けることにしました。

~10分後~
Bさんとの検討も終わり、Cさんとの対局ももう終わりそうです。
Bさんに棋譜並べで勉強したいけど誰の棋譜を並べるのがおすすめですかと聞かれたので、中国の戦いの強い棋士の名前を挙げ、国内の棋士の名前も数人挙げました。
Cさんとの対局も終わり、残るはCさんだけなので、その後は検討を一緒に楽しみました。

まとめ

囲碁は非常に奥の深いゲームです。
勝つためにも考えるとがかなりたくさんあります。
指導碁の観点では、勝つための手法が基にはなりますが、それ以外にも考えていることが多いことは上の例で分かっていただけるかと思います。
プロ棋士ならではの観点かもしれませんが、盤上でもできる工夫はかなり多くあるのです。

サービスの向上としての意識もしていますが、私自身が楽しむためにも、囲碁をこれからもより深く、勝つためだけでなくコミュニケーションなどとしても活用していきたいです。

最後に軽く宣伝と、お願いです。
私は毎週木曜日の夜に多面打ち指導碁を1局2000円(+席料)でおこなっています。
料金設定は、私の指導碁の練習も兼ねていて、実験的なこともするからという理由で相場よりも下げています。
私自身の指導碁力の向上に加え、指導碁の技術を言語化して後輩などに伝えることも目的で、囲碁普及につなげたいなとひそかに思っています。
私は盤外のことはとても苦手です。もっとこうしたほうがいいんじゃないかといった指摘を、他の観点から指摘していただけるのは歓迎なので、ぜひお願いします。

これからも囲碁を楽しんでいきましょう!

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