ぽんちゃんのカレーと、変化。
2016年7月。
岡山県西粟倉村での仕事のため、乗り換えをしていた兵庫県の姫路に降り、ゲストハウス「ガハハハウス」にいたぽんちゃんという当時大学3回生の女の子と出会いました。
彼女はゲストハウスに住み込みで働いていました。
店主は、京子さん。ぽんちゃんにとって、お母さんのような存在だった。京子さんや商店街の人たちに、すごくよくしてもらっているから、商店街のために何かやりたい、という話を聞き、「カレーのイベントを、ぽんちゃんが主催して、地域の人を巻き込んだカレーのイベントをやってみない?」と言ったら、すぐに京子さんに相談して、カレーのイベントを開始。
彼女はとても素敵な子で、地域の人に可愛がられていて、応援してくれる人がたくさんいたんです。
商店街のカレー屋さんを数店舗巻き込んでのカレーフェス。ガハハハウスだけが盛り上がるのではなくて、地域のカレー屋さんも含めて、盛り上がっていく、ということを、3日で作っちゃったんです。
その短期間に、デザイナーさんが現れて、スタンプラリーをつくってくれたり、景品となるステッカーをつくってくれたり。この様子を描いてくれる絵が得意な人がいたり、それをメディアの人が取り上げてくれた。
商店街が、ぽんちゃんのおかげで盛り上がったような空気になりました。
ぽんちゃんが本当にやりたかったことは、塾が行けない子どもたちに無料で教える塾を作ること。教育学部だったのもあり、その想いがイベントを通して、ぽんちゃんの声が商店街に届くようになりました。
そのなかから、「うちの空き家をつかって、塾をやってみたら?」と声をかけてもらい、実際に塾を開いて、子どもたちに授業を教えるところまでいきました。
カレーはわかりやすいし、はじめやすい。まざりやすい料理だと思っています。
このイベントの主役は、ぽんちゃん。
でも、大事なのは、ぽんちゃんだけが主役になるのではなく、地域のカレー屋さんも主役になる。いろいろデザインをしてくれた人も主役になるような伝え方を彼女はしていました。関わった人たちみんなの瞬間や、表現したいものがちゃんと「主役」として表に出る。
皆が、次の仕事につながるといいなと思って活動を紹介したり、活動を知ってもらう場にしたりと、参加した人みんなが主役になるようなイベントのつくり方が大事だな、ということを学びました。
カレーの活動も、変化する。
最初は、イベントを開いて、カレーをつくってそのストーリーとかを話すというものだったけれど、大量にカレーをつくることは、正直しんどいこともあるし、メッセージをみんなに伝える一方通行感がありました。みんなの前でしゃべるけれど、本当にちゃんと伝わっているのかわからなかったし、伝え方も、他にあるんじゃないか。
そう思ったときに、みんなと一緒につくるという方向に向いていきました。単純に、みんなでつくった方が楽しいというのもあるし、自分が活動を継続していく上でも、みんなでつくった方がよかったという意味もある。
例えば、農家さんを紹介するだけではなくて、農家さんと畑から一緒に耕す、というような。
カレーをつくる前に、野菜をつくる。一緒にクリエイションしていく過程が、実は一番楽しいのではないかと思うようになったんです。
今は、知りたいことはすぐ知れるし、買いたいものはすぐ買える。
しかし、自分から何かを作り出す、ということは足りていない。そこに欲求を感じている人が多いんじゃないかなと思っています。本能的に、クリエイションに関わりたい人は多い。クリエイションという時間が、今、最高エンターテイメントだと思っていて。自分の思想の真ん中にある。6curryも、スパイスカレー研究部も、老若男女誰でも参加できるからこそ、ここまで広がっていった。
料理という側面なら、餃子でも、ハンバーグでも参加できるとは思います。おそらく、林間学校での飯ごう炊飯は大体みんなごはんをつくりますよね。この、みんなでつくるという初めての料理は、カレーだった気がする。そういう経験を少なからず1度はみんな通るから、大人になって、もう一度、子どもの頃に感じた経験にワクワクするんだと思います。