Distorted

歪んでいるのは世界か、それとも私か…



私は大学に通っている20歳の女だ。

後輩も入ってきてバイトにサークル、良く言えば充実した日々を、悪く言えば忙しい日々を送っている。

私の通っている大学は地元の名門大学で、経済学部に所属している。

春になり、元から数学が得意ではなかった私は数式が並んだ講義を受け、絶望した。

私は大学の講義についていけなくなったのだ。

友人と試験勉強した際も、過去問を見てもさっぱりだった。

私は留年した。

高校ではそれなりに優秀な成績を取り、大学にも現役で合格したこの私が、だ。

とてもショックだった。

それに、もう1年この大学にいたところであの数式の意味を理解できる気がしない。

就活にも影響が出るだろう。不安でいっぱいだ。

飲食のバイトも忙しく、なかなか休まる暇がない。

またサークル同期が2年生になる中、一人だけ後輩と同じ1年生でとても気まずくなり、サークルには顔を出さなくなった。

そんな中、友人の一人が心配して声をかけてくれた。

「雪、最近元気なさそうじゃん。留年したこと気にしてるの?大丈夫だって。私なんて2浪もしてるんだよ。1年なんて誤差だよ。誤差。」

「でも!」

思わず私は声を荒げてしまった

「でも…留年と浪人は違うし。就活でも留年は大きなハンデになるって聞いたことあるし…」

「大丈夫でしょ。そもそも雪、そんなレベルの高い業界行きたいんだっけ?」

「そういうわけじゃないけど…。ただ、やっぱり良い大学に来たんだからそれなりに良い企業に就きたいなって。」

「まあその気持ちは分かるよ。私もよく知らない中小には行きたくないし?」

「私の気持ちなんて分からないよ…」

「いやー分かるよ。私たち友達じゃん?雪の考えてることなんて大体わかるよ。」

「麻美には分からないよ…。ごめん、もう行くね。」

苦しくなって思わず席を立ってしまった。

その日の夜はなかなか眠れなかった。

結局次の日の朝になっても眠れなかったので親には体調悪いからと言って大学を休むことにした。

「雪、体調には気を付けてね。来年こそはちゃんと2年生になれるように頑張るのよ。」

「うん。わかってる。心配かけてごめんね。」

結局その日は夕方まで寝込んでしまった。

夕方、目を覚ますとやけに気分が落ち込んでいた。そうだ、2回目の1年生、5月早々講義を休んだんだ。楽しい気持ちになれるわけがない。

それにしても、なんだろうこの気持ちは。将来への不安がずっと頭の中を渦巻いている。あと、昨日の麻美との会話も。麻美には謝らなきゃ…。

なんだか不安が胸を締め付けていて、落ち着かない。だからと言って何かをする気にもなれない。

どうしちゃったんだろう、私…。とりあえず、明日大学に行けるように今日はちゃんと寝なきゃ。

その次の日もなかなか寝付けず一睡もしないまま大学へと足を運んだ。

「雪ー。眠そうだね。もしかして寝てない?」

「うん。でも、大丈夫。」

「まあ出席しないと単位落としちゃうかもしれないからね。今年も留年したらまずいし頑張れ。」

「うん。ありがとう。」

その日の講義は何も頭に入ってこなかった。

授業中もずっと頭の中が不安と後悔が渦巻いていて、何もやる気が起きなかったからだ。

私は午後の授業を休んで、帰宅し、寝ることにした。

その日は何とか夜も眠ることができた。

翌朝、8時、もう起きなきゃいけない時間なのに体が動かない。

無気力感に包まれて、何もやる気が起きない。そのまま一日中布団に籠っていたい。

そんなことを思っていたが母親に無理やり起こされて大学へ向かった。

今日は麻美と話したくないな。誰とも話したくない気分だ。

講義は今日も何も分からなかった。

それより気になったのは周りの視線だ。普段はこんなに注がれてなかったはずの量の視線を受けた。

講義中も、食堂でも、ずっと周りの視線が気になった。帰りもずっと気になったので、気を紛らわすためにイヤホンを付けることにした。

電車の中でも、ずっと見られている気がして落ち着かなかった。仕事帰りと思しきおじさんたちの視線が怖かった。

その日、家に帰ると相変わらず不安に押しつぶされそうになった。

そして、今日はバイトがあることを思い出した。

そういえば最近バイト無断欠席してるし、行きたくないな。そう思ったが、これ以上無断欠席するのも良くないしなあ。そう思って、バイト先へと向かった。

バイトの店長に怒られるのが怖かったため、足取りが重かった。幸い、バイトの店長は遅れてくるそうで、バイトの仲間に休んだことを心配されただけだった。

バイト中、客からの視線が怖い。お客さんの態度が怖い。普段はこんなにお客さんって怖い存在だったっけ。それに、店長も怖い。いつくるか分からないけれど、いつか来る店長に会うのが怖い。店長は優しい人だから強く怒鳴ったりはしないはずなんだけど、でも、店長とお客さんがとにかく怖くてその日は一日仕事が手につかなかった。

それから、店長が来て軽く注意されてその後もなかなか集中できないまま仕事を終え、帰宅した。

次の日は休みだった。去年だったらサークルの活動なんかをしてたけれど、留年して以降、気まずくて顔を出せていないので、今日明日の週末は多分一日中家に籠っているだろう。

誰か友人に声をかけようかとも思ったが、なかなか体が動かず、結局週末は寝て過ごした。

そして、休み明けの月曜、気が重くてなかなか起きれなかった。

お母さんに体調悪いから休ませてと言おうとしたが、留年の2文字がちらついて結局無理やり行くことにした。

大学では相変わらず視線が気になる。麻美と何か話したけれど、ボーッとしていて適当な受け答えをしてしまった。そして、そのことがずっと気になった。変なこと言ったんじゃないか、とずっと後悔しながら午後の授業を受けていた。

帰りの電車、スマホを触っていると、隣の席のおじさんからずっと視線を感じる。

そう思っていると、急に脚を触られた。

痴漢!そう思った私は怖くなってしまい頭の中が負の感情を襲った。

そして、早く痴漢が終わってくれないかと、負の感情を鎮めるためにずっとスマホで動画を見ていた。動画には全く集中できなかった。気が付くと隣には誰も座っていなかった。おじさんなんて最初からいたのだろうか。そもそもいたとして、本当に痴漢をされていたのだろうか。

その日のバイトも、お客さんが怖くて集中できずにいたらお皿を割ってしまった。店長は優しく注意しただけだったが、内心めちゃくちゃ怒っているのではないかとずっと怖かった。また、それと同時に店長への申し訳なさで消えたくなった。

その日の夜も全く寝付けなかった。

次の日の朝、いつも通り無気力感につつまれながら無理やり目を覚まし、視線も受けながら大学へ向かった。

講義中、気づいたら寝てしまった。

目を覚ますと、周りからの視線が怖くなって思わず講義室を飛び出した。

適当に食堂で時間をつぶすことにした。

食堂で、気が付くと人生について思案していた。

今後の人生のことを考えるととても怖くなった。

就活はうまくいくだろうか?いや、いくはずがない。その後は?ブラック企業に就いて、過労死するまで働かされるのだろうか?結婚はできるのだろうか?できるとは思えなかった。じゃあ、その後は?ずっと孤独に生きるのだろうか。死ぬまで孤独に。サークルも行ってないから友人も多くないし、数少ない友人だって結婚したら私なんかとつるまなくなるだろう。人生は楽しいのだろうか。今、楽しいのだろうか。今って、辛いだけじゃないか。そして、今後も辛いだけじゃないか。人生って、なんだろう。



遺書

「お父さんお母さん迷惑かけてごめんなさい。でも、私は今までとても辛かったのです。講義、バイト、友人関係、人生。何一つ楽しめませんでした。ただ、辛いだけでした。そして、その後の人生に希望を見出せませんでした。留年もしますし、きっと良い企業には就けないでしょう。そして、孤独に生きることになるでしょう。それに、もし仮に良い企業に就けていて、結婚できたとしても、同じです。人生が楽しめないのです。ただただ苦しいだけなのです。この苦しみからはいつ解放されるのでしょうか。そんなことを私はずっと考えていました。この、火であぶられるような、拷問のような苦しみからはいつ解放されるのでしょうか。大学を卒業したら?それとも、結婚したら?この苦しみはいつかスッと消えていく、そんなものなのでしょうか。私はそうは思えません。それに、もし大学を卒業したら消えるのだとしても、4年間もこの苦しみに耐えなければいけないのはあまりに非道いと思います。私にはそれに耐えるだけの器はないのです。私は、ここ最近ずっと考えていたのです。そもそも大学を卒業できるのか、と。多分無理です。少なくともその未来が見えません。大学1年生の最初の部分でここまでつまずいてしまった私が2年以降のより高度な授業を理解できるとは思えません。それに、もしできるとして、そのための努力はきっと果てしないものだと思います。私には、それだけの努力ができる自信がありません。ここ最近、ダメなんです。家にいても授業の復習をする気になれないのです。ずっと、無気力感に苛まれているのです。何も、やる気が起きないのです。何も、起きないのです。その証拠にここ最近はずっとお風呂にさえ入れていませんでした。お風呂に入るだけの気力もない人に、大学の授業を受けるだけの気力があると思いますか?私には、どうやら普通の人間ができるだけの努力ができないようなのです。それに気づいてしまいました。そんな人間は仮に大学を卒業できたとしても社会ではやっていけないでしょう。きっと、就職できたとしても、すぐにクビになると思います。ここ最近、大学に行くのすらかなり辛かったですし、きっと私には適応能力が無いのだと思います。こんな私は生きていたとしても働けず、家でニートをして、お父さんお母さんに迷惑をかけるだけです。そんな存在になるくらいなら、私は迷惑をかける前に死んだ方がマシだと思っているのです。それに何より、この、無理やり社会に適応しなければいけない苦しみ、日々の日常で感じる耐え難いほどの辛い気持ち、将来へのから解放されるのならば私はどんな手段にでもすがりたいと思っているのです。こんなダメな私をどうか許して下さい。」



葬儀所にて

50代とみられる喪主を務めている瘦せこけた男は沈んだ目でマイクを取り、参列者へ挨拶をしていた。


「本日はうちの雪の葬儀に来ていただきありがとうございます。生前、雪はとてもやさしく、また、頑張り屋な子でした。大学が忙しく、また、学業があまりうまくいってなかったようで苦しんでいたようで、ここ1年は家でも暗い顔をしていました。私どもももっと気にかけてあげればよかったなととても後悔しています。警察の方から連絡を受け、急いで現場に向かったのですね。それで、気が動転していてあまり顔をよく見れなかったのですが、昨晩、顔を近くでよく見てみたんですね。そしたら、雪…とても幸せそうな顔をしていました。」

ここから先は

0字

¥ 500

期間限定!Amazon Payで支払うと抽選で
Amazonギフトカード5,000円分が当たる

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?