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名前のない木 20章 評価


記憶と断絶

私は、「長年悩まされてきたトラウマの原因」と「謎」が同時に見えてきた気がする。

⇒ 頭を打ちつけたことにより「私の記憶は一部が断絶していた」
⇒ 母の告白により「何が起きていたのかの謎」の穴埋めが起きた
⇒ 父の告白により「私が夢でうなされた原因」を知った

オカルト・心霊のみならず、占いやジンクスにも全く無関心である父が、「自分自身の行動が起因だったのではないか」と考えていたことは驚きだった。

「初めて聞いた話ばっかりなんで驚いたよ。
 今年の台風で折れた桜の木が・・・クヌギの木から名前を変えて、
 新たに植えられた〇〇さま(先祖の名前)の木、ということなんだね?


私は掠れた自分の声を聞いて、喉がやたらと乾いていたことに気付く。
水を飲みたかったが目の前のコップはいつのまにか空だった。
父のように、ウイスキーを喉でゴクン、と呑む。

父は問いかける私から視線を逸らし、リビングの窓から見える桜の木を眺める。

⇒ 1991年、私が死体を見たと騒いだクヌギの木は、実際に過去に人が亡くなっていた「偶然」
⇒ 順番を指摘した私は、父が順番を間違えたことを知らなかった「偶然」
⇒ 父が墓参りの順番を間違えた年に、台風で庭の木が折れる「偶然」
⇒ 1991年、2019年で折れた木は『同じ』ご先祖の木という「偶然」

今日、母と父は示し合わせていないが、それぞれの「偶然」を感じていたことも明らかになっている。

――そもそも

今日の私の帰省は『夢が終わらないこと』が理由なのだ。

「ここまで偶然が重なると、何かの意志があるように感じるね」

そうなんだよなぁ、と父が相槌をうつ。顔は赤くなり目も充血していた。
トイレに向かうのだろうか、おもむろに父はソファから腰を上げたが、
ふらついて、ガタンとレコードを収納している棚にぶつかる。

「もう、お父さんは夕飯前にそんなに呑んでどうするのよ」
と、父が棚にぶつかった音を聞いて、リビングに顔を出した母が叱る。

「大丈夫だよ」と父は返答しながら、廊下に出る。

二階へ階段を上がっていく音
天井から低音でドスンという音

酔った父が布団に倒れ込んだのだ。

「あらぁ、、、お父さん寝ちゃったわね。朝から木を運んで切る仕事
 してたのに、夕飯前にこんなに呑んだら、酔いが速く回るわよね」

と母が解説を入れる。

「あなたは大丈夫なの?土を掘り起こしてたし体は疲れてるんじゃない?
 二人ともずいぶん早いペースでウイスキー呑んじゃって」

たしかに、買ってきたウイスキーボトルが半分近く減っている。
近所のバー、スナックでは「酒豪」で有名らしい父が、大半を呑んだのだろうか。
リビングのテレビの脇に置いてある時計を見ると、まだ19時前で私は驚いた。おそらく2時間足らずで呑んだことになる。
不思議と私の酔いはそこまで回っていない。

寝不足と偏頭痛にこの数日間ずっと悩まされていたはずなのだが・・・

「大丈夫。それより今日の出来事を忘れないうちに、資料としてまとめておきたいんだよね。」

母は、まるで父を見るような表情で私を見る。

父と私は似たもの同士なのだ、と悟った。


「記憶 ⇒ 記録」

私は、もってきた仕事用のカバンからノートPCを取り出して、立ち上げる。電源コードをコンセントに差し込み、磁石式の電源コードをカチっと取り付ける。
PCの画面が立ち上がると、数年前から実家の無線LANを使用していたこともあり、すぐにネットに繋がる。

おもむろにクラウドデータにアクセスをし、溜めこんでいる下書きリストから、「記録と継承」という仮の名前をつけたファイルを選ぶ。

ここから一気にこれまでの出来事をアウトプットしていこうと、
まず全体の構成図とテーマ、見出しを箇条書きで打ちこんでいく。

ちらっとPCの時計を見たが、20時を少し過ぎた時間を指していた。

母が作ってくれた夕飯を一緒に食している間、母と雑談をした記憶はあるが、何を話したのかは覚えていない。
私の脳は「自分の記憶の回想」と「その文字起こし」にほとんどのリソースを費やしている感覚があった。

思い出しては、文章化する作業を繰り返していると、次第に映像の中に「第三者の私」が現れて、文字を入力している私に「親切に映像の状況説明をしてくれる」謎の感覚になる。

『語彙力、表現力、想像力が豊かな人は、もしかしてこの「第三者の私」の感覚の虜になっているのだろうか?』
などと余計なことまで思考が進むので、意識下に作り出した「閉じる」ボタンをクリックし、意図的に思考を切る。

重要な部分は一通り書き終え、『再検証するべきか』と思ったが、
時間をみると、既に深夜2時近い。
今日はここまでにしよう、とデータを保存しPCを閉じる。


私の目的としていた過去から現在までの出来事の記述を終える。

起こった出来事に対して、考察⇒仮説⇒検証と進めてきたが、
この文章を「評価」として位置づけたいのだ。

ならば、これからするべきことは決まっている

「現在から未来への私の指針を決めなくてはならない。」

明日以降の行動戦術を練り、メモに箇条書きの作戦が完成すると急に眠気が襲う。
ソファでそのまま横になるか、と辺りに意識が向く。
リビングのソファにいる私の目の前にいつのまにか敷いてあった布団を今更ながら認識する。

『泥のように眠る』という表現はまさしくこういう状態なのだろう。

その日、5日ぶりにぐっすりと眠った。

あの夢は見なかった。



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