1月、話にならない男
ここからの帰りはいつも、
なんだか天気がいいんだよなあ。
ワタシ
歳は30代前半、仕事は小さなアパレルの副店長、休みは平日に不定期、
雪国生まれ、5人姉弟の真ん中、
彼
3つ上、電気工事士(?)、休みは日曜日(らしい)、
関東生まれ、3人姉弟の真ん中(だったはず)、
昔音楽をやっていた(らしい)、趣味は掃除(だとか)、
結婚して仕事を辞め、離婚して、年下の彼氏と別れて、恋愛も仕事も落ち着かなくて、誰かと話していたくて出かけているうちに、ひょんなことからスナックでバイトを始めた。夜のお店は縁遠くて、根拠のない抵抗感と、抵抗感に対する罪悪感を持っていた。
接客の仕事は長いからなんとなく続いて、それがひとつの居場所になり始めていた頃。
常連さんに連れられてきたひと。
仕事関係で長い付き合いみたいだけれど、ある会話から不穏な空気になった。
きっとよくある光景だ。先輩の悪ノリを迷惑がって帰りたそうな後輩サンと、それを引き留める店員。半分はお店のため、半分は、私情。たぶん半分。
それから毎週土曜日の夜、連絡がくる。
ーーーー「くる?」の一言。
「いく!」と返す。
お休みの前日だけ飲みに行くというその帰りに、暇つぶしなんだろうか。
深夜に訪ね、一緒に寝て、(ぜんぜん)おきない男を後目に私は仕事のためそっとベッドを抜け出す。
ーーーー「最初の日だけだったね、やさしかったの」
「なにが?」
「初めてここに来た日は駅まで送ってくれたんだけどなあ」
「疲れてんのよ」
「、へえ」
実際そうなのだろう。何度か酔って夜に電話して怒られたし、二度だけ昼まで過ごしたときもずっと寝ていたし。
平日は仕事が朝早い(らしい)から、本当に早くに眠りにつく。(らしい)
着信で起こされたくないなら携帯のモードなんていくらでも変えられるのに、もしかして、彼にも連絡を待つ誰かがいるのかもしれないとふと思う。
どんなひとかと人に尋ねられ、彼について知っていることが不明確なことばかりだと気づく
部屋の乱れは心の乱れ。住まいがそのひとのなにかしらを反映するのだとしたら彼について思うことは、寂しいひと、なのかも。
清潔な部屋。広いスペースは掃除が行き届いていて、置きっぱなしのものなんてひとつもない。少ない家具も目立つものはなく、ソファ、ダイニングテーブルとチェア、作業用のデスクでさえのっているのは最小限の機材にみえる。目を引くとすれば、どんな趣味なのか数枚絵が飾られている。
たしかにこの部屋に対する感想が、この人の全てを表しているように思える。
こざっぱりとして癖がないから一見人を寄せ付けるけれど、開け放されているようで本心がどこにもない。なんでも置けるスペースがあるくせに、何も欲してはいないから、こちらがしてあげることもできることも何もないと、むなしくなったりして。
それでも、こんなひとと寝ていいのかと自分に問うたこともなかった。
触れる手は間違いなく下心なのに、距離を詰められていやらしいと思ったことなどなく。
体の相性がいいらしい。(そんなことこっちは思ってない)
でも私と会うのは体のためではないという。(会うたびちゃっかりやるくせに)
私が他の男と会うことに言及する。(だったらちゃんと執着してよ)
他に女はいないという。(たしかに女の影はみえない、と思う)
会うたび行為は親密になっていくのに、"会話"は数えるほどしかない。
会話
かい‐わ【会話】クワイ‥ 二人あるいは小人数で、向かいあって話しあうこと。また、その話。「―がとだえる」「英―」
会話①幽霊の話
仕事ついでに後輩と面白半分で心霊スポットに寄り、どうやら憑りつかれたらしく、不思議なことが起こる。棚に置いたiPadが急に落ちて腹がたったという。後輩は家鳴り、家電の故障ですっかりまいっているらしいが、それをこともなげに「気の持ちよう」と片付ける。なるほど、都市伝説とかホラーが好きなだけある。
会話②スーパー開運日の話
年始には今年の開運日をチェックする。一粒万倍日と天赦日の日周りで、年に3回開運日があるらしい。情報源が1つだと、日程が間違っていることがあると複数のソースをチェックしている。自宅の水回りには年始に清酒を流すのだと自慢げに話す。
会話③体の話
後にも先にも一度きり、真夜中の連絡を怒るあなたからの、真夜中の着信だった。彼と離れて半年が経とうとしている今も、勝手に彼を心配し続けることになる、忘れられない話だった。電話口の彼の声は心地よく、ぽつりぽつりと、事実を告げていく。いったい、どんな言葉が彼に寄り添っただろうか。
それにしても、誰かとの会話をこんなふうに指折り数えること、あるかね。
(まったく憎らしい男である)
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