My Favorite Things~モノと私のストーリー~①名刀とバゲット
わが家の朝の定番はトースト。
ただし、食パンではなく、バゲットの。
斜めに大きくスライスした断面に
バターと自家製ジャム、
ふわふわの卵なんかをのっけていただく
至福のひととき……
ひとつ難点をあげるとしたら、朝イチに格闘するには骨が折れるハードなクラスト(皮の部分)。
一歩間違えれば、キッチンの床一面にパンくずが飛び散る惨事になりかねない。
毎日のことなので、ここはいっちょう質の良いパン切りナイフを新調しよう!と思い立ち、理想のパン切りナイフを探し求めること3年目。
ついに出会ったのが、
包丁工房タダフサさんの「パンくずが出ない」パン切り包丁だ。
江戸時代から鍛冶の町として栄えた新潟県三条市の老舗工房が打つこのパン切り包丁は、まずその形状がユニーク。
西欧のパン切りナイフがギザギザの「波刃」なのに対し、タダフサのパン切り包丁は先端のみが「波刃」で残りの刀身は「直刃(すぐは)」なのだ。
「パンの切り口がなめらかでパンくずがほとんど出ません」と謳われているとおり、実際にバゲットを切ってみると、なるほど。
硬いクラストは波刃でサクサク小気味好く切れて、中の柔らかいクラムは直刃をスーっと滑らせるだけなので断面がボロボロにならない。
コツは
①上部のクラストを切るときは、先端の波刃を45度くらいに立てて前後に細かく動かす
②クラムに到達したら、パンを押しつぶさないよう、直刃部分を斜め前に滑らせる
③底部のクラストは、直刃部分を水平に当て、包丁を持っている手と逆の手を「みね」に沿えて、垂直に断ち落とす
慣れるまで少し時間がかかるけれど、コツをつかんでしまえばこんなに切りやすいパン切りは他にない。
特殊加熱処理した栗材の柄(ハンドル)は、温かみのある風合いと手にしっくり馴染む感触が愛おしい。
鈍色に輝く刀身は、日本刀を彷彿とさせる清廉な佇まい。
おおげさかもしれないけれど、このパン切りを手に持つと自然と背筋が伸びる。きっと、その昔、腰に帯びた刀を抜いたお侍さんも同じ気持ちだったに違いない。
朝、目が覚めて、コップ1杯の水を飲みながらコーヒーのケトルを火にかける。お湯が沸くのを待つ間に洗面を済ませて、愛犬にエサをあげる。
と、ここまではオートパイロットが常の私だけれど、バゲットと<名刀タダフサ>を取り出すや、一気に覚醒する。
文字通り、真剣勝負のはじまりだ。
キコキコ、スーッ、ストン。
キコキコ、スーッ、ストン。
寝ぼけていたり、集中力に欠くと、この最後の「ストン」が決まらない。
すると、皮一枚でぶらりんと繋がった情けないバゲットを泣く泣く手で引きちぎる羽目になる。
上手に切れたバゲットは、切り口がなめらかでクラムもふわふわのままだ。
キコキコ、スーッ、ストン。
キコキコ、スーッ、ストン。
朝の静寂の中、目の前のバゲットと一心に向き合うこの瞬間が、好きだ。
「今日も良い仕事をした」
食卓に並んだ幸せのカケラたちを満足気にながめてムフフとひとり悦に入る。
<名刀タダフサ>は、いまや私の朝に欠かすことのできない相棒だ。
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