目からビーム! 17 民族対立のシナリオを書く者
「沖縄県で生まれ育ったすべての人々は日本人として生まれ、会話し、勉強し、仕事してきた。日本の少数民族などと意識したことはない」
さる8月16日、スイス・ジュネーブで開かれた国連人種差別撤廃委員会に出席した日本沖縄政策研究フォーラム理事長・仲村覚氏の堂々たるスピーチである。おそらくは大多数の沖縄県民の率直な声を代弁しているはずだ。
そもそも和の国・日本に民族対立は存在しない。これは世界中の国家を見ても稀有なことであり、そこに住むわれわれにとっては大変な幸せなことなのである。その存在しないはずの民族対立をでっち上げ、対立と憎悪、紛争をこの国にもたらそうという勢力がいる。そして彼らに扇動された沖縄のノイジー・マイノリティがいる。
彼らは、二言目には平和を口にし、平等を叫び、「差別のない世界を」と説くが、しかし、今いったように民族対立の行く末は、殺し合いと憎悪、そこから生まれる新たな差別があるだけである。平和を叫びながら、その一方でわれわれの手に銃を握らせようというのだ。
まさにこれは、かつての列強の植民地政策のやり方そのものではないか。英国はマレー半島を支配するとき、インド人や華僑を入植させ彼らに統治をまかせた。原住民の怨嗟が直接自分たち英国人に向かわないようにという巧妙なやり方だ。アフリカ大陸では部族対立を利用している。インドは英国の植民地化でもっともカースト間の対立が深まったという。今も第三世界はその後遺症に苦しんでいる。とりわけアフリカ大陸の内戦は完全に白人の置き土産といっていい。彼らに殺し合いの道具を売りつけるのがまた白人という構図。最近は中国もこの殺人ビジネスで一儲けしているそうだ。
もし、沖縄と本土との対立と分断に成功したら、闇の支配者は次に何を仕掛けてくるか。当然ながら、今度は沖縄に対立と分断を持ち込むはずである。本島と先島、宮古と八重山、那覇と首里…。すでにいくつかの楔は用意していることだろう。そのとき、真っ先に捨てられるのは、用済みになった「平和主義者」たちである。
(初出)八重山日報