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うしおそうじ幻のニュー『スペクトルマン』企画
ピープロ版『寄生獣』?
蒲生譲二といえば、御存じ『スペクトルマン』の主人公の名前。ネーミングの由来はウクライナ出身の宇宙物理学者ジョージ・ガモフであることはファンの間ではよく知られている。名づけ親のうしおそうじもお気に入りなのか、後年、自身の作家としての変名のひとつに使っていた。そのうしおが、1978年元旦付けの東京中日スポーツ紙上に「蒲生譲二」名義で発表したSF短編マンガが『アインベーダー』である。このマンガがどのような経緯で同誌に掲載されたかは不明だ。ちなみに、原作とクレジットされている「滝川音彦」もうしおの変名で、もともとはピープロのボツ企画『パーフェクターM(ムー)』の主人公の名前として用意されていたもの。『鉄人タイガーセブン』の主人公・滝川剛にその名残をとどめる。
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アインベーダーとはすなわちeye(目)+invader(侵略者)。宇宙から飛来した眼球状の知的生命体が人間の指に寄生するという基本設定は、岩明均の『寄生獣』よりも10年先んじる。そういえば、地球をズームしていく導入部もよく似ている。しかし、そこは、うしおそうじ=ピープロ、単なるパラサイトSFでは終わらなかった。たとえば――主人公・渋沢青年の指の内部に潜伏した宇宙生物が「覚醒」するのは、渋沢が性交中に指を挿入した女性の膣の内部という設定である。膣内の分泌液が何らかの作用によって、アインベーダーを活性化させてしまったらしい。しかも、指先の目が見たそのヴィジョンはそのまま渋沢の脳に伝達されるのである(つまり、アソコを内視鏡で覗くようなものだ)。以後、渋沢はこの「第三の目」を駆使することで、麻雀では負け知らず、セックスにおいては女体のあらゆるツボを知り、本業である興信所の調査員(鍵穴を覗くなど朝飯前)としも大出世するのだが――。
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うしおはこの『アインベーダー』の映像化を本気で考えていたらしく、80年代の一時期東京荻窪にあったビデオショップ・ピープロの会報「P~P~P」に、設定、プロットそれに絵コンテを描きおろし、これをもとにしたオリジナル・ストーリーを誌上で公募している。審査委員は自身と土屋啓之助、的場徹。最優秀賞に金10万円とあるから本格的だ(ただし、応募者はゼロだったらしい)。もし、映像化が実現していたら、おそらくはファイバー・カメラなどを駆使した、シュールで異様なヴィジュアルが展開されていたことだろう。想像するだにワクワクする。
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女体への憧憬
実はこのような、ミクロな視点から女体を見る、あるいは膣や子宮へ入っていく、というイメージはうしおそうじが得意としたもので、僕もよく聞かされたものだ。書きかけだという小説原稿の束を見せてもらったこともある。原稿の表紙には「子宮人(インフマン)」とあった。また、「ヤットコ屋物語」という艶笑ホラー小説は、ヤットコ屋という古道具屋から買ってきた巨大なペニスをもつ木彫りの小人人形が女性を追いかけまわす話だった。
例によって話し出すと止まらない人である。女体の山脈を登り、子宮の中を探査し、羊水の海に漂流しながらも、そのとうとうとした語り口に少しのいやらしさもないところが、逆になんとも可笑しかった。むしろ、機械好きな男の子が、こっそりと目覚まし時計の蓋を開けて歯車の宇宙を覗き込むような無垢な好奇心さえ感じずにはいられなかった。「男女七歳にして席を同じうせず」を建前に育てられた大正男にとっての女体とは、僕らなんかに比べてずっと神秘的で神聖なものであったと思う。
「もし『スペクトルマン』をリメイクするならば、タイトルは『蒲生譲二』として、内容もぐっと大人向けにのものにしたい」。これも、よく聞かされた。ウルトラマンや仮面ライダーに比べリピートの機会の少ないピープロ作品のファンは世代が固定化しているし、それもありだななどと軽く聞き流していると、とんでもない追撃をくらう。
「SFというと、たいがいは外宇宙(アウター・スペース)を扱う。僕はそれを逆手にとって、内宇宙(インナー・スペース)に着目しているんだ。今度の『スペクトルマン』は子宮の内部が舞台だよ」。
かろうじて、ソファからずり落ちるのを回避できたのは、『アインベーダー』や『子宮人』の予備知識が免疫作用となっていたからに他ならない。うしおの「新スペクトルマン」も両作品が下敷きにあるのは明らかだった。かしこまって聞いている(事実は固まっている)僕の様子に、気をよくしたのか師の言葉は続いた。
「導入部はこうです。……クリスマスの夜中、ホームレスの男が、新宿中央公園の植え込みの陰で、老婆がゼリー状の卵を産み落とすのを目撃してね…」。
もう、あとのお話は断片的にしか記憶にない。いや、実際に断片的なイメージの積み重ねだったと思う。うしお先生のお話はときに、このような無整理のラッシュ・フィルムの形で届く、それをこちらの脳内で編集して言葉を返さなければならないのだが、このときばかりはその作業は止まってしまった。
大戦末期のUFO大飛来――GHQ――霊能者――ケネス・アーノルド(空飛ぶ円盤の目撃者として有名)――縦でなく横一文字型の女性器をもつミュータント女性――、うしお先生の口からこぼれる、これらのラッシュ・フィルの断片をどう編集すれば、一本の筋の通った映像になるのか、僕のつたないイマジネーションのキャパシティを超えた作業であった。おそろしいことに、このラッシュの時点では、スペクトルマンも蒲生譲二も、むろんゴリも一切登場しないのだ。
ひとつ確かなのは、うしおそうじの脳内のスクリーンには、既に完成フィルムが映し出されていたということである。そして、新スペクトルマン『蒲生譲二』は文字通り、幻のピープロ作品となって、彼の創造主とともにネビュラの星に旅だって行ったのだった。
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初出「特撮秘宝」vol3(2016年2月)(洋泉社)
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