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同情闘争は始まっている

在日3世保健師の不可解な裁判

 羽田闘争、三里塚闘争、辺野古闘争と、左翼は反戦平和を謳いながら、なぜか〇〇闘争という言葉お好きである。もっとも、ゲバ棒や投石ばかりが闘争でなく、たとえば、山谷で炊き出しをして労務者をオルグしたり、本来の目的を隠して署名やカンパを集めたりするのも彼らにいわせれば、立派な「闘争」なのだそうだ。
 近年、その左翼勢力が特に力を入れている非暴力闘争のひとつが、「同情闘争」である。その名のとおり、大衆の同情心にアピールすることで世論を誘導し、最終的には現行法に穴を開けることを目的とした高等戦術だ。むろん、彼らがこの呼称を使っているわけではなく、あくまで但馬の造語であることをお断りしておく。
 1995年、東京都の保健婦として働いていた在日韓国人2世の女性が、国籍条項を理由に管理職への昇進試験受験を拒否され、これを不服として都に250万円の慰謝料を求めて起こした裁判をご記憶だろうか。結果的には最高裁まで争われ、原告の請求は棄却されている。「我が国以外の国家に帰属し、その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは、本来我が国の法体系の想定するところではない」が最高裁高の判断だが、これはしごく妥当なものだと思う。

すべて彼女の一存だったのか

 僕がこの問題を知ったのは、テレ朝の『報道ステーション』という番組だった。番組中、原告の同僚やケアラーのおばあさんがインタビューで登場し、原告の勤務態度や人柄をしきりに褒めていたのが強く記憶に残った。あたかも、「こんな“いい人”を国籍で(管理職から)排除するなんて差別ではないか」という印象付けを視聴者にしている感じだった。

原告とケアラー。確かに彼女は「いい人」なのだろう。それに異論はないが。

 そもそも、管理職公務員につきたいのなら、事前に日本国籍を収得するのが筋だろう。受験拒否されて初めて資格がないということを知ったというのも、額面通り受け止めていいものか。穿った見方をすれば、何もかも折込み済みで、「差別問題」を引き出すために受験に応募したというのではないかということだ。となれば、シナリオを書いた人間もいるだろう。自治体を相手に個人が最高裁まで争うというも費用面含めて強力なバックアップなくては不可能なことで、実際、彼女の支援者には、いかにもな人士が名を連ねていた。
「外国人は日本にくるな。日本で働くということはロボットになれということです」。
 最高裁判決を受けての記者会見での彼女の捨て台詞のようなこの言葉に、一時は同情を寄せていた視聴者もドン引きしてしまったのではないか。あれは明らかな戦略ミスだった。

「日本に来るな」。なるほど。自称難民は彼女の声に耳を傾けよ。人手不足は、それこそロボットやAIで解決せよ。

カルデロンのり子騒動
 
 もっとも、この時点では僕もまだ「闘争」をおぼろ気に認識しただけであった。その輪郭がはっきりしたのは、2009年のカルデロンのり子騒動のときである。
 騒動のあらましはこうだ―。それぞれ他人名義の旅券で入国したフィリピン人男女が日本で結婚し1995年に長女(のり子)が生まれた。母親が出入国管理及び難民認定法違反で逮捕されたことを契機に、一家3人に国外退去命令が出されたが、一家は取り消しを求めて訴訟を起こしたものの、2008年9月、最高裁で敗訴が確定した。そのころから、マスコミがたびたび一家を取り上げるようになる。このときも、父親(埼玉県蕨市で解体作業員として従事)の同僚や近所の住人が登場し、さかんに「いい人」を喧伝していた。地元の公立中学に通う長女は日本語しか話せず、フィリピンでの生活には不自由があるといい、同級生の父兄を中心に、一家の在留特別許可を求める署名運動の様子も報じられた。

大手を振って一家3人日本で暮らせるようになるまで、待てばいいだけの話だと思ったのは筆者だけではあるまい。家族離れ離れ? 全寮制の学校に入ったと思えばいい。

 

 2009年、法務省と東京入管は、正規で在留している叔母が身元を引き受けることを条件に長女のみ在留を認めるという決定を発表した。これは平成の大岡裁き、非常に人情味のある決定であると今でも思っている。ところが、一件落着とはいかなかった。
支援弁護士を中心に、今度は「一家離れ離れはかわいそう」の大合唱が始まったのである。その声は外相の発表以前よりもカン高くなっていた。中には「両親はフィリピンに帰ったら生きていられない」などと素っ頓狂なことを言い出す一般の支援者もいた。
 正直違和感ばかりを覚えた。中学生といえば、遅かれ早かれ親離れを始める年ごろではないか。世界も狭くなっている。インターネットを使えば、24時間リアルタイムでフィリピンの両親とアクセス可能だし、夏休みなどの長期休暇を利用して会いにいくこともできるし(実際は、国外撤去後、1年をめどに両親が長女に会うための短期入国が許可されており、彼らはこれを行使している)、両親が晴れて再入国が許される身になったとき、再び日本で就労するか、一家そろってフィリピンで暮らすか、3人で話し合って決めればいいではないか。
 内戦があるわけでもない、北朝鮮のような独裁国家でもないフィリピンで「生きていけない」にいたっては噴飯ものだし、何より(日本の外務省の働きかけもあって)不法旅券不法出国を不問に付すとまでいってくれたフィリピン政府に失礼千万だろう。
 ここまでくれば、さすがの僕も左翼弁護士たちの目的が一家の応援でなく、一家のケースを利用して現行の入管法を機能不全にさせ、不法入国者を多く引き入れることにあると気がつくに充分だった。「同情闘争」という言葉もこのとき僕の脳裏に生まれたのだった。

特例が前例に、許可が権利に

 とはいえ、署名運動に参加した一般の支援者や署名者のすべてが左翼的なイデオロギーの持主であるとは思わない。いや、ほとんどの人は「善意」からこれに加わった第三者であろう。この、善意の第三者を巻き込みながら運動を拡大させていくやり方こそ「同情闘争」の第一の特徴であり、狡猾でこわいところである。
 たとえば、あなたの娘(息子でもいいが)が、カルデロンのり子さんの同級生だったとしよう。一家の在留許可を求める署名がまわってきたとき、是々非々を原則にこれを断れるだろうか。「冷たい人間に思われたくないし」「娘(息子)が学校で立場をなくすのではないか」「みんな署名しているし」「うちの一筆ぐらいなら」「仲良く暮らすのは悪いことじゃない」とあれこれ自分にいい聞かせながら、結果的にこれに応じてしまうのではないか。もし、断った場合、あなたに貼られるレッテルは、排外主義者あるいは差別主義者であろう。誰だって善人と思われたいものだ。「同情闘争」は、あなたに「善人」の踏み絵を踏ませることから始まるのだ。
 ご町内レベルでの「かわいそう」はやがて全国レベルに広がっていく。「あなたは善人ですか、排外主義者ですか」という問いかけを突き付けながら。左傾化したマスコミ、とりわけテレビメディアも積極的にこれを後押しする、というよりもある意味共犯者だ。
 彼らの狙いは、まず「特例」を認めさせること。「在留特別許可」は法相の裁量による文字とおりの特例なのだが、一度でもそれを与えると彼らは「前例」と言いつのる。そして気が付くと、「前例」が「慣例」になっているのだ。同様に、「許可」は「権利」にすり替えられていく。

「同情闘争」という呼称を広めよ

 カルデロンのり子さんの在留許可から15年、すでに彼女のケースは「前例」になってしまったようだ。3月16日付け共同通信によると、長野県在留で、日系ブラジル人の父(病死)と日本人の母の間に日本で生まれた、在留資格のない高校3年生の姉と中学3年生の弟に在留特別許可が下りたという。このケースも彼女らの支援者である行政書士を中心とした嘆願運動があったようだ。行政書士は「親に罪はあっても子供には罪がない」と訴えたそうだが、むろんそれに異論はない。しかし、世界中で移民や不法滞在者によるトラブルや犯罪が多発している中、日本がそのように在留許可のハードルを下げてしまっていいのだろうか。現に埼玉県川口市では、クルド移民と地元との軋轢が表面化している。「前例」を盾に、子供さえ生めば日本に住み着くことができると合点した彼らが、次々と子供をつくり、生活保護を申請したら自治体の財政はパンクするだろう。何よりも、それを入れ知恵する人権屋弁護士が罪深い。
 これから日本のいたるところで「移民かわいそう」の声が上がり、「善人」の踏み絵が行われるだろう。われわれはどう対処したらいいのか。まず、これは仕組まれた闘争であると認識することから始めないか。そして「同情闘争」という言葉をぜひ広めてほしい。呼称を広めることが、今のところ彼らの闘争へのカウンターになるからだ。
「かわいそう…かもしれませんね、でもそれって同情闘争でしょ」と。

絶賛、同情闘争展開中

「別れるなら死んでやるから」。そんなこと言って死んだ女はまずいない。
まずはガーナ共和国の大使館に訴えましょう。外国人でも医療費が無料のイギリスに行くという手もある。
アフリカ人「同性愛が原因で家族に殺される。難民認定を」。それって家族の問題でしょ。

初出・『表現者クライテリオン』2024年5月号


(追記)
僕はすべての移民、難民を拒絶するつもりはない。中共政府の迫害・差別を逃れ、日本に移り住んだ、亡命チベット人、亡命ウイグル人、亡命モンゴル人を何人か知っている。彼らはみな日本になじみ、中には日本国籍を収得し、お花畑日本人よりもよほど日本の将来や中共の脅威を憂いてくれている人もいる。そして彼らは、この日本にいながら、母国の建国を、独立を、そして中国の真の民主化を訴え闘っている。しかし、マスコミ、とりわけテレビメディアは彼らを取り上げることは滅多にない。
 クルド人活動家がテレビで言っていた言葉に唖然となった。彼はこんなことを言っていたのだ。「われわれを受け入れるためにも、日本は変わらなくてはいけない」と。
 君たちが変えなくてはいけないのは、日本の社会や日本の政府でなく、トルコ政府であるはずだろう。トルコにはクルド系の大臣もいるという。不可能な話ではない。そのために、日本で声を挙げるというなら、僕にも耳を傾ける用意はある。何度でもいう、君たちが闘うべき相手は、トルコ政府であって日本政府ではないはずだ。
 それから、日本を支配するのは法である。アラーではない。むろん、法律も人間が作るものである以上、間違いもあるし、中には時代にそぐわなくなったものもあるだろう。それらは変えればいい。人間の作ったものだから人間が変えられるのだ。
 一方、コーランは千年、一語一句変わらず、これからも変わることはない。あくまでイスラームのやり方を押し通すというなら、この国とはなじまないし、どこか余所の国へ行ってくれ、というのが正直なところだ。

あなた方に神の御加護を

和の国・日本ほどまれ人に寛容な国はない。されど……。

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