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目からビーム!54 美ら瘡と人頭税

 新型コロナウイルスの脅威はこれから本格化していくのだろうか。
 疫病とは見えない恐怖そのものである。沖縄、それも先島は何度もその恐怖にさらされてきた。直近でいえば、波照間島の「戦争マラリア」被害がまず思い浮かぶ。このマラリア禍とそれを招いた元凶として、沖縄戦史の中では極悪人として語られる「山下虎雄」については、いつか機会をみて書いてみたい。
 実は、先島はそれ以前の琉球王朝支配下時代にも、何度もマラリア禍を経験しているという。たとえば、ある村落にマラリアが発生し労働力が不足すると、王府は他の島から強制的に人員を移住させ、結果、先島全島にマラリアが広がっていったのである。なぜ王府がそこまでして、先島に労働を強いたかといえば、ひとえに人頭税の取り立てのためだった。
 画家の岡本太郎は、米軍政下の沖縄を旅し『沖縄文化論』を書き上げた。その中で、沖縄の人たちが天然痘を「ちゅらかさ」(美ら瘡)と呼んでいると記している。これを読んだとき、怖ろしいはずの疫病を「美ら」と呼ぶ南国の人々の天性のオプティミズム、あるいは、厄災も崇めることで聖なるものへと転化するという日本古来の、というよりもアジア的農耕民族本来の自然観や諦念をそこに感じずにはいられなかった。
「だが何といっても天然痘なのだ。決して好ましい客ではない。この凶悪に対し、彼らは大事にする。人間が自然の気まぐれに対し無力であった時代、災禍をもたらす力は神聖視された。凶なる神聖である。それは幸いなる神聖と表裏一体である」(『沖縄文化論』)
 太郎は、この旅で波照間島にも足を伸ばすが、島のどこへいっても「人頭税」がいかに過酷だったかを、いまさらの愚痴として聞かされることにいささか辟易している。しかし、不思議なことに、より直近の厄災である戦争マラリアについての言及がこの本には一切ない。太郎は本の中で沖縄戦における旧軍を痛烈に批判している。戦争マラリアの受難に関して島民から一度でも耳にしていたならば、それについて触れるはずだと思うのだが。
 罹患率99%、致死率30%を記録する戦争マラリアが小さな悲劇だったなどというつもりはない。だが、島の人にとって、「人頭税」はそれ以上の厄災だったのだろうか。
 
初出・八重山日報


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