第1章最終話ロサンゼルス・クラブ最後の日
1988年10月11日「ロサンゼルス・クラブ三軒茶屋店」のランプ・アリーナがクローズする日がやってきた。
プール・ガーデン(ビリヤード)のように は収益をあげられないとの会社側の判断で、アキさんが設計し、そこにスケーター達が息吹を与え、多くの外国人プロが来日時に訪れては賑わい、そして俺達ローカルの思い出がたくさんつまったこのランプ・アリーナがたった1年と1日でその役目を終えようとしていた。
クローズの話が浮上した一ヶ月ほど前から、生谷さんが発起人となって約300名にものぼる反対署名を集めていた。
署名参加者の中には後にサブカル・ファッション界のカリスマとまで呼ばれる人物や、今となっては多くの著名人が名を連ねていたのだが事態を変えるまでには至らなかった。
この日「L.A. Cローカルズ」は全員、普段あまり着る事のなかったスケート ・デッキとヘルメットのデザインの入ったランプ・アリーナSTAFF専用の白のポロシャツで「正装」し、顔を揃えた。
カツ君が石原君を伴って来てくれて、アキさんと3人でこのランプ・アリーナに憂愁の美を添えるかのようなOLD SCHOOL同士の熱いセッションをラ ンページで披露した。俺はボトムでスピードが半減してしまうものの、リップでのアクションが大きくてスタイリッシュな石原君の滑りを見ていてカッコイイ と思い、アキさんにそう言うと「いまだにジェイ・アダムスが忘れられねえんだよ。」と満面に笑みをたた えながらそう応えた。
俺の高校時代からの親友で、スケーターからBMXerへと転身した林「チャーリー」一也は日本BMX界のOLD SCHOOL堀沢寿美生とともにあらわれ、強引にも「L.A.C」特有のフラットが短くてバーチがきつく「忙しい」ランページにBMXで挑んでいった。
普段の営業日であればBMXはランプ・アリーナ に入れなかったであろうが、この日にかぎってはもうそんなケチなルールなんか関係なかった。BMXといえば日本のGTの専属プロライダーである和田幸司もスケートを携えて遊びに来ていて、俺としては駒沢公園の仲間達がこの特別な日にかけつけてくれた事 がとても嬉しかった。
やがてお馴染みのスケーター達が顔を揃え、「ロサンゼルス・クラブ三軒茶屋店」のランプ・アリーナの最後を締めくくるべく大会が開催され、 「L.A.C ローカルズ」の面々はそれぞれに「L.A.C」で過ごした一年間の想いのたけをこめて滑った。
俺は自分の番がくると意味もなくランプ・アリーナとプール・アリーナを仕切っていた台の上に飛び乗り、走っていって飛び降りざまスケートに乗るとみせかけてそのままボードを床に叩きつけたりして、付近で見ていたオーディエンスをドン引きさせたが、ランページで皆でよく練習した「ラップオーバー・グラインダー」だけは失敗したくなかった。
結果は「L.A.C」の落とし子であり、生谷さんに1年間を通じて師事してきた 長島亘が、同じく優勝候補と目され、クリスチャン・ホソイが来日時にここ「ロサンゼルス・クラブ三軒茶屋店」で「チーム・ホソイ」に誘った程の逸材である川村諭史をおさえて見事優勝をさらい、その諭史を含め 「L.A.C ローカルズ」の皆が心から亘を祝福した。
表彰式が終わり店がクローズすると、三軒茶屋店のスタッフとローカルズだけが残って「さよならパーティー」を開いた。この日は始発まで帰ろうと思う者など一人もいなかったので、皆ランページのボトムに車座になって思い出話を肴に呑み始めた。 いつもは酒を呑まない生谷さんもこの日ばかりは呑まずにはいられなかった。
2時間ほど呑んで大分酔いがまわってくると、明日からの解体作業に備えて業者がすでに搬入していた、大ハンマーや大木槌を手に取り、皆の想いのこもったこのランプ・アリーナを他人様に壊されてしまうくらいなら、いっその事自分達の手で引導をわたしてやろうじゃねえかという事になり、アキさんを筆頭にかわるがわる大ハンマーと大木槌をふりあげ、ランプのR面を破壊していった。
普段は気のやさしい芳文でさえ「やっちゃえー!」と拳をふりあげてアキさんを煽っている。ランページにつづくウオール部分の天井には幾度となくボードのノーズが突き刺さった大きな穴が開いており、プラクティス中にこの穴に手を突っ込んで切ってしまい、縫った手を包帯でグルグル巻きにしていた諭史は健気にも片手で大木槌をふるっているので、俺は諭史の背後にまわってその片手ごと木槌を握り、2人で一緒におもいきりR面に叩きつけた。
普段酒を呑まないせいか酔っ払って所在なげにフラフラしている生谷さんをつかまえて亘が「生谷さんもやっちゃってくれよ、もう無くなっちまうんだぞ、ここが一!」と大声で檄を飛ばしている。夢中 でハンマーを振り回していると次第に皆の間に「ああ、本当にもう今日で終わりなんだな」という現実感が押し寄せてきた。
気がつくと俺は店の備品である業務用の大型掃除機を木槌で粉々のペチャンコにしていて、 アキさんがその掃除機からはずれた金属製の外枠をサッカーボールのように思い切り蹴ったので、それが壁にあたって大きく跳ね返りスタッフの一人がすんでのところでよけた。これを皮切りに今度は壊れた掃除機のパーツだのアイスペールだのトレイだのを皆があたり構わず思い切りブン投げ始めると、次第にやり場のない怒りがこみあげてきて、そしてその矛先は俺たちの気持ちなど決して顧みる事のないであろう会社側へと向けられていった。
亘が「ふざけんじゃねえよ、明日からどこ行きゃいいってんだーっ!」と叫 びながら大ハンマーを振り回している。斉藤君は何を思ったか、ビールの空き缶に残ったビールとポテトチ ップスの油が混ざってツルツルになったランページで無理矢理スケートしようとしてすぐにひっくり返り、その上に亘とスタッフの柏木ちゃんが折り重なるようにして倒れこむ。諭史も芳文もかわるがわる大ハンマーでランページに穴を開け続けている。荒れ狂うアキさんの両肩に手を置いて亘が何事かつぶやいている。俺は「(こんな風にして取り上げるくらいなら) 始めっから造るんじゃねえよーっ!」と叫んで大木槌でランページを乱打し始め、それに応えて亘も「そのとおりだ、コノヤローッ!」と大ハンマーで乱打を始める。とうとうアキさんが抜けなくなるほど深々とR に大ハンマーをぶち込んで、「もう滑れねえよ、ザマみろコラア!」と叫んだ。
「やっぱり、一番悔しいのはアキさんだろうなあ」マックス・モーションにやって 来て、この「L.A.C」の設計図を見せながら俺を誘ってくれた日の事を思い出すとさすがに目頭が熱くなった。見ると、諭史と芳文と斉藤君が3人で肩をくむようにして抱き合いながら泣いている。
突然姿が見えなくなった亘は一人トイレに閉じこもって泣きじゃくっていた。皆心配になって 「亘ゥ、出て来いよお」と声をかけると「明日っからどおすりゃいいんだよお」という嗚咽が聞こえてくるので、「亘行けえ、ガッコ行けえ」と生谷さんが諭すように叫んだ。「そう いえば亘、学校行ってなかったっけな」とぼんやり思い出す。中学をやっと出て「L.A.C」を知り、スケ ーターになっていなかったら間違いなく暴走族になっていたという亘はこの一年の間に、一度にあまりに多くの人と出会い、多くの経験をし、生谷さんという師匠と出会い絆を深めてきた。明日からはもうその生谷さんとも思うようには一緒に滑る事も出来ないだろう。亘が行き場を失ったと感じる気持ちは痛いほどよく判った。
店の入り口の自動ドアからは既に朝の光が差し込み始めていた。
こうして「ロサンゼルス・クラブ三軒茶屋店」のランプ・アリーナ は
幕を閉じた。