見出し画像

現代のお山論


<現代のお山論>

現代までの森林経営は用材用の人工林か天然林の自然保護の二択しかなかった。経済的な価値、水源価値、美観の価値、娯楽価値が指標だった。そこには生物多様性の創出と食糧や薬の生産は考えられていなかった。

森林の多面的な機能を生態系サービスとして、貨幣換算し経済的に評価していることで、価値を見える化している。これによって私たちがどれだけ森林から豊かさを受け取っているのかが分かったが、それがヒト以外の生き物たちが複雑な関係性の中で育んで維持している点が見えにくくなっていないだろうか。

お金があってもこれらの生態系サービスをヒトが作り出すことはほとんど不可能だ。そして、最も生態系サービスを与えてくれる森林もまた、単一の人工林ではなく多種多様な植生と生き物を育んでいる森林であることも。

現代の経済中心に生きる人にとって、森林は文化財ではなく資源だった。人間が作り出したものはいち早く文化財に指定され保護されたが、生命たちが作り出した森林や樹木が文化財に指定されたのは、その資源がつきそうになって貴重なことに気づいた時だった。ここ100年ほどの歴史しかない。

しかし、山に生きる人々は数千年以上ずっとそこに価値を見出していた。守りつつも活かし、活かしつつもい明かされるお互い様の関係性だった。保安林は人間が森林を守っているのではなく、森林に守ってもらっていることを忘れていけない。それは日々の暮らしだけではなく登山やキャンプといったアウトドアまで。

草だけの場合と森林の場合では土壌浸透する水の量は67倍も違う。ビーバーが作る水路とダムはスポンジのように余剰な水を吸い取り、洪水リスクを抑制する。ダムは細かな堆積物を細くして淡水を浄化する役割も果たし、この水は私たちが利用する貯水池に行き着く。

高木(樹高十メートル程度)が夏の1日に吸い上げて蒸発させる水の量は200リットルにも及ぶ。蒸散によって自らの体を冷やし、気温を下げる。蒸散された水は上昇気流によって龍神(雲)となり、恵の雨を降らす。その水はまた大地を潤し、鎮守の森が吸い上げ、また龍となる。

村人は水源を守るご神木や鎮守の森を大切にし、要所に溝や池、井戸を掘って土中で水と空気が動くように働きかけていました。結い作業は神様への信仰であり、野良仕事でもあった。

岡山藩の陽明学者・熊沢蕃山は「日本水の融合、一体化により荒廃を防ぎ、森林の恵を享受できる」と述べ、農民たちに草木の根を掘り起こすことを禁止し、植林による治山治水を訴えた。しかし貧しい農民たちがその日暮らしのために樹木を伐採し、経済的に価値の高い短命の植物ばかりを栽培する姿を見て、落胆していた。これは現代のメガソーラーパネルや駐車場整備などと似たようなものだ。

古代中国(2300年前ごろ)の政治経済論集「菅子」に中に「稲を植えるものは用を一年の後に待ち、人を教えるものは用を十年の後に待つ。木を植えるものは用を百年の後に待つ。」という言葉が残っている。私たち現代人には自分の寿命以上の長さで、物事を見通す意識が必要だろう。

針葉樹林中心の食べられない森は田畑には利用できないような広大な痩せ地を再生し、木材、繊維、燃料など作り出す。その森林からはハチミツ、キノコ、ハーブ、樹皮などの副産物を得ることができる。特に日本のように雨が多い地域では針葉樹は建築材に最適だ。

長期輪作による針広混交林には成長が早く、成長速度が鈍ってからも長期にわたって質が高まり続ける針葉樹、
その日陰で育ち、いずれ中高木としての位置を占める広葉樹は食料や落ち葉に影響する。

さらにその日陰で育つ常緑樹には食糧のほか、燃料用としても、キノコのホダ木としても利用価値があり、伐採後に新しい芽が出ることで、山を崩さずに森林そのものを利用できる。これらはブラジル・トメアスやタンザニアで実践されているアグロフォレストリー(世界重要農業遺産)ととても似ているし、日本において世界重要農業遺産に指定されている仕組みとも通じるだろう。

日本の山々には多様な気候と地形があり生物多様性の宝庫としてあらゆる樹木を育む。それならば農業全書(宮崎安貞著)の尽地力説のように適地適木を意識し、その土地に必要な樹木を育てるほうが効率的である。

明治30年に日本で最初の森林法が制定されるとき、地木結合論が根底にあったという。それは気候と土壌、地勢などの自然条件に合致するようにさまざまな樹種の森林を育て、また刈ってこそ土地の生産力を最大限に行かせるという考え方だ。これは現代にこそ必要な価値観だろう。

樹木と森林は人類の生存を約束する数少ない「貯金」となるのだから、保護と同様にその再生と育成はとても重要である。究極的に再生可能な資源でありエネルギーとなるのは結局、樹木に他ならない。

太陽エネルギーのうち数%しか植物は利用していない。それを食物連鎖ピラミッドによって高次生物が利用するたびに3分の1しか利用できない。経済学者はエネルギーの法則にヒトも従っていることを忘れてしまったのかもしれない。

人間はそのピラミッドの連鎖がから離れることで、人口を爆発的に増やすことに成功した。それが古代の植物が蓄えた太陽エネルギーである石油と石炭である。つまり、森林を破壊し、アスファルト砂漠を作ってもなお人口が増えたのは化石燃料のおかげである。

ということは言い換えれば、化石燃料の使用量を減らした場合、どうなるだろうか?そう現在の人口を養うことは難しくなる。化石燃料の使用量を減らし、現在の人口を養うためには緑化が必須となる。緑化は美徳ではなく、人類が生き残るための義務に近いのではないだろうか。

すべての生物が太陽光エネルギーに依存している限り、化石燃料を手放すか放棄するなら、最終的に太陽光エネルギーを資源に変えることができる植物とくに森林次第となる。そのとき、人間圏の国々の豊かさは森林の量と同等になるだろう。つまり日本は世界でも稀に見る資源国なのである。あとはそれを私たち日本人が活かせるかどうかにかかっている。

~森林の機能~
・生物多様性保全機能:遺伝子、生物種、生態系保全
・地域環境保全機能:CO2吸収、O2排出などの気候安定システム
・土壌保全機能:土砂災害や侵食防止、防風・防雪(雪崩)
・水源涵養機能:洪水緩和、水質浄化、水量調節、地下水資源
・快適環境形成機能:気候安定、大気浄化、警笛環境形成
・レクリエーション機能:療養、保養、行楽、スポーツ
・文化機能:景観、教育、芸術、宗教、伝統文化、地域の多様性維持
・物質生産機能:木材、食料、工業原料、工芸材料


いいなと思ったら応援しよう!