見出し画像

世界重要農業遺産とパーマカルチャー


<世界重要農業遺産とパーマカルチャー>

パーマカルチャーの実践例は決して個人レベルにとどまらない。その中でも近年注目を浴びている世界重要農業遺産はパーマカルチャーそのものだと言えるほどだ。世界重要農業遺産はパーマカルチャーデザインを通して生まれたものではないが、まるでパーマカルチャーデザインの教科書のようにその風土に適した適正技術と文化が融合した生業が継承されている。

提唱者のパルビス・クーフハカンは「農業に文化を取り戻すこと。それが、私が世界重要農業遺産の仕組みづくりをはじめた、一番のきっかけでした。世界重要農業遺産のコンセプトと『動的保全』の取り組みは革新的です」と説明するように現代の農業が単一栽培で、どこも同じような機械と資材が使用されるようになり、風土の色合いも無ければ、独自の文化から切り離されてしまった中、暮らしの中に息づく農業は「懐かしい未来」と呼ぶにふさわしいだろう。

世界重要農業遺産は今残っているのに目向けて、それを暮らしとともに守る活動と言える。クーフハカンは「農業システムの大いなる価値だけではなく、過去、現在、未来に渡って、食料安全保障や、サスティナブルな発展に果たす役割や可能性も視野に入れたものです」と説明する。

パーマカルチャーも同様に今残っているものにも、過去にあったものにも目を向けて、それを最新の技術や文化、暮らしと融合をさせて、100年後に世界重要農業遺産に認定されるようなシステムを構築すると言っても差支えがないだろう。もちろん、それほど大きな話ではなくても、自分の住んでいるフィールドや地域だけの規模でもパーマカルチャーはできる。

総合地球環境学研究所の阿部健一は世界重要農業遺産の特徴について三つ指摘している。
一つ目は「農業のさまざまな役割を重視していることです。農業はたんに必要なものを生産する場ではありません。生物多様性を育み、風土に根ざした文化を創出・継承する場でもあります。」

農が持つ多機能性とそこから生まれる暮らしや伝統芸能などの文化を重視している。日本の地方の里山に残る祭りや儀式が老若男女の交流の場でもあり、教育の場でもあり、地域愛を育む場でもある。農は環境への多機能性を持つばかりではないことが分かるだろう。

二つ目は「『変えていく遺産』であることです。農業は、新しい知識や技術を取り入れ変わってきました。これからの農業もそうです。あるべき農業とは何かをみんなで考え、共有し、その農業の実現に向かって今ある問題を解決してゆく姿勢が大事です。」

ほかの世界遺産(文化や自然遺産)との違いは「そのまま残す」のではなく「変化しながら保全していく」動的保全にある。暮らしというのは社会や時代によって変わっていくものである。風土もまた微細ながらも変わっていくもので、それに抗うわけでもなく、その中で形を変えながら続けていくというものこそ生業であろう。

三つ目は「つなげてゆく遺産であることです。今日世界のどの農業も、ひとつの地域で閉じて自立することはありえません。生産物の流通だけでなく、生産の担い手に関してもそうです。農村と都市が密接につながることで、地域の農業が活性化されることもあるでしょう。」

農村同士も、農村と都市の間でもつながることで、お互いの違いから生まれる価値を認め合い、続けていく。現代のグローバル経済はありとあらゆるものを巻き込んでいくが、大企業や大都市に依存すれば農村の横のつながりは失われるばかりか無駄な争いばかりが起きるだろう。どちらにもつながりを育むことで自立分散型ネットワークは共倒れも崩壊も防ぐことになる。

5つの認定必須条件
①食料および生計の保証(地域の人々に対する食料安全保障)
②生物多様性および生態系機能(農業と環境の共生)
③知識システムおよび適応技術(育種、営農、灌漑などの農業技術の適用と展開)
④文化、価値観および社会組織(農業とともに育まれてきた文化)
⑤優れた景観および土地と水資源管理の特徴

そのほかの基準
・社会的・文化的特徴(農業が地域の社会・文化にどのように関連しているか)
・歴史的な重要性(農業が社会経済の変化にどのように持続性を保ってきたか)
・現代的な重要性(食料安全保障や気候変動への対応など現代の農業政策との関連)
・脅威と課題(農業への驚異と課題にどのように対処するか)
・実際的な考慮(世界重要農業遺産のための現状の取り組み)
・活用保全計画、アクションプラン(推奨してくための具体的な行動計画、制度や財政面を含む)

パーマカルチャーデザインを学び、実践する上で世界重要農業遺産を作り上げ、維持し続けている人々から学ぶことは多い。特にそこにある地形や微気候を生かし、動植物の才能を存分に発揮していることで、食の豊かさと災害への対策、そしてコミュニティの絆を高めている。

もちろん、これらの事例は決して短期間で作り上げたわけではない。長い期間をかけて、何世代にもわたって知恵と技術と文化が熟成されて、楽園が築かれていったのだ。

現代人はついついすぐに完成品や結果を求めてしまいがちだが、過程の中で収穫物を得て、豊かさを享受することでゆっくり小さな変化を繰り返していくことができる。それに呼応するかのように周辺の動植物もまた空間時間を最大限に活用して、成長していく。

その過程の中で予定通りに進まないこともたくさんある。楽園づくりには長期的な視点は大事だが、短期的な臨機応変さも必要である。

「problem is solution」その問題をよく観察し、その問題をデザインそのものに活かすことで思いもつかなかったような美しいデザインが生まれる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?