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日本でキャッシュが愛されるわけ ー前編ー

私が長年感じている日本の不便リストには、ハンコ文化に並んでキャッシュ文化がある。これは日本の金融システムが無難な選択しか取れない性質を持っていると言う話でもあるけど、一番の理由は日本文化の奥深いところにあると思っている。

日本のキャッシュ文化を理解するに当たってのヒントを去年の秋ベルリンを訪れた時に得た。ベルリン市内を走っている従来のタクシー(ウーバーとかでは無い)の多くがカードを受け付けないし、カフェやバーの多くがキャッシュオンリーだ。ドイツといえば合理的でキャッシュレス化はずいぶん進んでいるイメージがあったが、このことについては、あまり表面に出てこないドイツらしさを感じた。そして日本のキャッシュ文化を理解するヒントを得た。

ベルリン

ベルリンといえば壁が崩壊してからもずっとスタートアップモードの街であり、冷戦中凍結していたインフラ開発を市民が中心となって行なっている。というか、せざるえない状態にあるように思える。

そういった開発モードに一番適している自治モデルや事業モデルは分散型であり、集約型では間に合わないし不効率であるようだ。ベルリンの開発モードは市民が主導する分散型で、中央からの指示やリーダーシップを市民は求めない。

そんな市民はグローバルブランドが自分の街に進出して来ることよりも、地域の事業や商店をサポートする。そういったマインドセットがあると、決算の手段にキャッシュが選ばれるのはよくわかる。できるだけ地元だけで完結できる決算システムがキャッシュだからだ。

日本人にとってキャッシュレスは不透明?

クレジットカード決済のお金の流れを理解しきれている人はごく一握りだと思う。別に秘密にされているわけでは無いとは思うが、クレジットカード決済で買い手から売り手に現金が渡るまで(PayPalの様に実際に振り込まれないままのサービスもある)のお金の流れは結構複雑だ。クレジットカード、プリペイドカード、お財布携帯などの決算方法は全て「集約型」モデルと言え、情報やお金は必ずどこかで一回「中心」を通る。

不透明なキャッシュレス決済は消費を推進したい側にとっては好都合な消費麻痺を起こすことが多いと思うが、大量消費を目的としていない売り手には商売にはいらない複雑性とも考えられる。近年、暮らしの丁寧さなどが注目されてきている中で、日本でもキャッシュレスになる必要性を感じていない商店や事業はかなりたくさんある。もちろん手数料節約という目的もあるだろうが、不必要な複雑性を取り除き、一つ一つの取引、一人一人のお客を大切にしたい気持ちが強いケースも多いようだ。

なぜ日本人はキャッシュレスに不安を抱くのか

キャッシュレスの決済は不透明なだけではなく、買い手と売り手の距離がどうしても開いてしまう。ゆえに、ある一定の不安を生む。店員のいないコンビニがあちこちで見かけられる様になったが、そのような場合、買い手は「何を信頼して買い物をするのか」について少なからずどこかで心配なはずで、無人ショップで済まされる買い物の内容はかなり限られていると思う。

この現象は旅客機から人間のパイロットが消えない現象にも似ている。過去に起きた航空機の事故のほとんどが人的ミスだったように、機械の方がむしろ安全に飛行機を飛ばしてくれることは皆知っている。ただ、コクピットに人が座っていることによって定量化しにくい信頼度が増す。コクピットが無い航空機は先端をもっと尖らせることができるので、燃費が上がる事は前世紀から分かっている事だが、そんな飛行機には誰も乗らないことも予測されている。

いくら慣れてきて、安全だと分かっていても、人を介さない買い物や、実際に人がお金を数えたり運んだり、渡したりしてくれる行為がなくなる事は「不透明」としてしまう人が日本には多いように感じる。キャッシュレスのプロセスを全て可視化できない限り、キャッシュレス=不透明のイメージを持つ人は後を絶たない。

また、ニュアンスとか空気を読む事を特に大切にする日本人にとって、コミュニケーションが減ることについては本能的に敏感で、それはお金のやりとりの場にも言えることだ。コミュニケーションには質と量のバランスが重要だということをとても理解している国民性がゆえの反応だとも言える。

お祝儀などのめでたい場では、礼儀として新札を使うことが好ましいという話を聞いた時、お金を払う、という行為にはお金の価値以外のものも含めてキャッシュが動いているという証拠だと理解した。もちろんキャッシュの渡し方にも複雑で濃いコミュニケーションが詰まっている場合も多々ある。

売り手が全く見えなくなってしまった社会は、「買う」という行為に必ず付いてくるコミュニケーションが全くなくなるということだ。缶コーヒーを買って飲むのと、誰かが丁寧に入れてくれたコーヒーをお礼を言ってから飲むのとではコミュニケーションの量が物凄く違う。今の時代、全く無音の取引を求める人々が増えている世の中にもみえるが、ボディーランゲージも含めて、そうでない人も大勢いるのが日本だ。

では、キャッシュレス化が進んでいない日本は、遅れているのだろうか?
後編に続く。

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