①牛蒡男と刀疵
2004年冬、僕は道に迷っていた。
もうかれこれ1時眼以上彷徨っている。
寒さで鼻の下は既にカピカピである。
(そろそろ諦めようか)
そんな風に思い始めていた。
その年の春、大学に入学したは良いもののほぼ学校にも行かず無気力な生活をしていた。
そんな自分を変えるために、昔から好きだった格闘技をもう一度初めてみる事にした。
高校の時少しだけ習っていた時期もあったが、続かず、部活も辞め、グレる訳でもなく、勉強する訳でもなくただひたすら毎日楽しく過ごしていた。
それでも心の中の何処かに燻っている何かがあった。
多分。
(今度こそ変わろう)
そう思い立ち、当時の格通片手に元町駅まで出かけた。
当時のシューティングジム神戸に入会する為にである。
しかし見つからない。
寒い。
帰ろかな。
でも一応電話して聞いてみるか
と思い、何故か格通に載っていたシューティングジム大阪に電話をかける。
?『はい、シューティングジム大阪です』
小「シューティングジム神戸に行きたいのですが」
?『…今何処ですか?』
小「元町駅です」
?『正面見上げて下さい』
目の前に有りました。
とても良い立地ですね。
因みに滅茶苦茶丁寧に受け答えして下さった方が中蔵さんでした。
その節は有難う御座いました。
そんなこんなで無事シューティングジム神戸のあるビルに到着。
明らかに怖い感じのするビル。
当時、○法DVD屋があったり何だかガラの悪い外国の方がエレベーター内で煙草吸っていたりと田舎者の牛蒡男(漢字にしたら強そう)にとっては少々刺激が強過ぎた。
やっとの事でジムの扉までたどり着く。
この時点でほぼHPはゼロに近かった。
緊張で高鳴る胸を押さえ、扉を開ける。
するとそこには牛蒡男の残りHPを根こそぎ持っていく金髪で、顔と頭に切り疵がある大男が立っていたのだった。
(一部創作を含みます)
滅茶苦茶怖い大男は、厳つさを抑えつけ、引き攣った笑顔で色々早口で案内してくれた。
いや、そんな笑顔で厳つさ抑え切れてないから。
あちこちから滲み出てるから。
普通に滅茶苦茶怖いから。
んでその頭の疵なんなん?
刀でいかれたんですか?
等と考えながら
(この人が中蔵さんか)
と初っ端からとんでもない勘違いをかました。
僕ともう1人の見学のおじさんが見守る中、
始まるスパーリング。
(まぁ昔やってたし、どんなもんかな)
ドーーーーーン!!
ガッシャン!!
??
初めは何が起こったのか分からず、その音の原因であろう大男に恐る恐る目をやった。
『おぅ、いけるか?』
ロッカーに叩きつけられた人が立ち上がる。
次は目の前を人が前のめりに倒れていく。
そしてまた立ち上がり向かって行く。
初めて人が倒れる所を見た。
(あっ、ここ199X年後の世界やわ)
1人の会員さんが僕の方につかつかと歩いて来てこう言った。
『和製シュー○ボクセへようこそ』
僕の非常に敏感な機器察知能力が発動する。
うん、帰ろう。
そんな僕の感情の機微を大男は見逃さない。
僕の目をしっかり見て、今まで出してこなかったスポーツ漫画に出てくる様な爽やかな笑顔で
『お前にはやらんからな☺️』
と。
この世で一番信用出来ない台詞である。
未来の僕が目の前に倒れているやないか。
血だらけの鉈もった殺人鬼に
『お前には殺らんからな🪓』
って言われて安心するのやつなんておるか。
等と思いながらも良き所で退散する流れに。
『おぅ、また来ぃや!一緒に頑張ろうぜ!!』
いちいち台詞だけは爽やかである。
二度と来ない事を心に誓いながらも僕はジムを後にした。
すると外で一緒に見学していたおじさんがボソリと一言。
『格闘技なんかしても何にもならへんよなぁ〜』
と吐き捨てる様に言った。
その時、何故かこのジムとは全然関係無いはずの僕の心に何か沸々と湧き上がるものを感じた。
(お前にこの人らの何が分かるねん)
と謎の怒りにも似た感情に襲われ僕はおっさんを置いてダッシュで帰った。
その時芽生えた感情の名を僕はまだ知らない。
つづく
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