「PV狙いの分断記事」の大量生産が疑心暗鬼をもたらす理由
国内最大のニュースサイトの「Yahoo!ニュース」の「ライフ」カテゴリや、「スマートニュース」「gunosy」の「コラム」のカテゴリの上位に“ありそうな”見出しはこんな感じだ。
■Yahoo!のライフページでよく読まれそうな見出し
※ 美人妻が年収2000万円エリート夫の言葉を10年たっても忘れない理由
※ 病院待合室のクレーマーに向けた「小学生のド正論」が大反響
※ 「夫はATM、そこに愛はない」と言い放つ、とある主婦の心の闇
※ 孫に「ばあば」と呼ばれるのを嫌がる姑が望んだ呼称に驚愕
※ 夫の仕事、収入、子の成績…ママ友にされた衝撃のマウンティング体験
※ 6000万円のタワマンをキャッシュで購入したハイスペック夫婦の末路
※ 子どもの中学受験を決めた母親たちが語る「公立に感じている決定的な問題点」
※ 九九さえもが苦手だった私が国内最高峰大学の医学部に合格するまで
web業界の片隅で働いている私が、PVが伸びそうな見出しを作成してみた。どの見出しも、心のどこかにザラっとした印象が残るのではないだろうか。
このちょっと引っかかる感じが、クリックの衝動を引き起こす。政治や、国内外の事件やスキャンダルのニュースと異なり、ライフ(生活)欄、コラム欄におけるクリックしたくなる見出しが含む要素は、以下のようなものだろう。
■時間があると、ついクリックしたくなる記事の条件
・悩み事の解決につながりそう
・共感ができそう
・役に立ちそう
ここまではいいのだが、こうした要素も求められる。
・潜在的な不安を掻き立てる
・ツッコミ要素がありそう
・恵まれた人の「ちょっと不幸な話」を連想させる
・不倫・浮気にまつわること
・理不尽なふるまいをした特定の対象への怒り
・ちょっとした差別の感情を刺激する
・誰かの経験談をもとに特定のメソッドを称賛(またはその逆・科学的根拠は薄い)
・感動できそう
・指示代名詞で要点をボカしてクリック欲を刺激する
■PV狙い記事の有効な小道具
以上のことを踏まえると、よくクリックされるためには、イラつく配偶者、イヤなママ友、高収入世帯のトラブル、PTAトラブル、育児の悩み、不倫、義母の非常識なふるまい、などが良いネタとなる。釣りに例えれば、ギラギラとプリズムに光るルアーのようなものだ。
実際、硬派で真面目なライフ系の記事が多い専門媒体であっても、上位にこうした「ルアー記事」がランクインしていることはよくある。
しかし、ルアーはあくまでも疑似エサであり、血にも肉にもならない。時々刻々と流れる記事の羅列には、見出しのみが虚飾された栄養のない情報も混ざりこんでいる。
■記事を通じて読み手の「怒り」「不安」を増幅することも
もちろん、同カテゴリには専門家の知見を活かして悩み事や不安に寄り添ってくれる記事や、優しい気持ちにしてくれる記事も多くある。しかし、不安や怒りをあおる記事は、ギラついた言葉が目立ち、とにかく引きがつよいのだ。
真実かどうかわからないPV狙いの記事が、「もしかしたら疑似エサかもしれない」だと認識されていればいいのだが、ニュースのコメント欄やSNSでの反響を見ていると、記事を読んで特定の対象に対しての怒りや偏見を確固たるものにしている読者も少なからずいると推測できる。
意図せずともそうした記事に吸い寄せられ、閲覧し続けていたら、街を歩いている見知らぬ人に対する見方さえも変わってしまうのではないか。現在のように不可抗力で職場・家族・親しい友達以外のつながりが断たれた状態では、それ以外の人への疑心暗鬼を引き起こしたり、偏った正義感を尖らせるのに一役買ってしまう可能性もある。。
不安や怒りをあおる記事が、地域や国の問題の本質を知るために民主主義を担う人たちが読むべき記事にリーチする時間を奪っているケースもあるだろう。
■必要なのは、世の中の「生の空気」を届ける記事が「多くの人」に読まれること
町には優しい人がたくさんいる。困ったときに手を差し伸べてくれる人もいる。泣いている子どもを見て笑ってくれる人も、困ったら見返りも求めず励ましてくれるママ友もたくさんいる。男女差別する昭和おじさんばかりではないし、嫁を心から大切にしている姑もいる。
Web媒体の構造はそう簡単には変わらない。でも、「ライフ欄」にこそ、現実の空気感をフリーズドライして、読者の目に届いた瞬間に個々の想像によってリアルな感覚や香りが再現される記事が必要だ、と思う。そして、その記事ができるだけ多くの人に届くことが大切だ。
「リアルっぽい虚飾」ではなく、足を使って現地で収集された「あらゆる現実」が多くの読者の目に入るようになってほしい。