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アヴィーチーのドキュメンタリーで突きつけられた「天才と社会的成功と幸福」

昨年末、Netflixで、Avicii(アヴィーチー)のドキュメンタリー『Avicii – I'm Tim』が配信された。
 
2018年に28歳で夭逝した彼の生前の映像と、彼が関わってきた人たちのインタビューで構成されている。

 彼の音楽のルーツは、スウェーデン・ストックホルムの子ども部屋。友人と音楽を楽しんでいた時期を経て、クラブハウスからゴージャスなステージへ。その箱はどんどん大きくなり、その名は海を越えてとどろき、世界で屈指のDJ&音楽プロデューサーに。
 
瞬く間にスターダムを駆け上がり、常に多方面からのオファーが絶えず、どの会場でも客を高揚させ、歓声に包まれる。
 
天賦の才を駆使して多くの人に愛され、マーケットに愛され、巨万の富を手に入れ、一見、ラッキーな人生を送っているように「見えた」。
 
だが、実際には「アヴィーチー」というキャラクターと、本当の自分である「TIM(本名)」の間に深い溝ができていく。
 
詰め込まれた制作とライブのスケジュールをこなし、だんだん心と体が摩耗していくアヴィーチーが、音楽のワクワクを取り戻そうと、カントリー音楽とEDMの融合にチャレンジするシーンがある。

あるとき、その試みを観客の前で披露するのだが、「アヴィーチーらしい音楽」を求めていた会場の客のリアクションはすこぶる悪く、ブーイングを浴びる。終演後、まるで自分の傷をえぐるかのようにSNSのタイムラインに流れる酷評を延々と見続ける場面は、見ていてつらかった。

これまで人々は、「アヴィーチー」という虚像に熱狂していた。「TIM」の人格を全面に出した新たな試みは拒否されたのだ。
 
カントリーとEDMの融合は、のちに大成功するものの、1度酷評にさらされたショックはそう簡単に消えない。
 
2016年、アヴィーチーは、自分の人生を取り戻すために、ライブ活動からの引退を発表する。アメリカのメディアが配信した「5000万ドル稼ぎ 26歳で引退か」という趣旨の記事を見て、彼は「アメリカ人の考え方らしいな。金がすべて」と鼻で笑う。
 
使いきれない金を得ても、自由を実感するのは、ランチやタクシー利用時だけ。金が動機になったことはない、と語るアヴィーチーだが、損得勘定から彼の取り巻きになっている人がいたことは、アルバム『TIM』の『Ain't a thing』の歌詞からもうかがえる。
 
その後の帰結を知っている私の主観のせいもあってか、彼が生前に取り組んでいたアルバム『TIM』に収録されている曲は、歌詞の行間から、音の間から苦しみが垣間見える。
 
苦悩から解き放たれ安息を求める「HEAVEN」。助けを乞う声が聞こえるかと問う「SOS」。心の痛みを感じさせる「Ain't a Thing」。坂本九の『上を向いてあるこう』がサンプリングされている「freak」の後に、うつむいたまま上を向くことができない「Heart Upon My Sleeve」……と曲が続くと、胸がえぐられる。

と同時に、情緒を揺さぶるサウンド、郷愁を誘う歌声、明解で強いメッセージを含む歌詞に圧倒される。
 
『Avicii – I'm Tim』は、Netfixで配信中。年齢制限(16歳以上)あり


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