事例紹介:ファミリーマート価格決定申立事件(公正な価格について)
文責:弁護士 津城耕右
本件は、伊藤忠商事(以下「伊藤忠」という。)がその子会社を通じて行った二段階買収手続き(公開買付け→株式併合)による株式会社ファミリーマート(以下「対象会社」という。)の完全子会社化取引(以下「本件取引」という。)について、二段階目として行われた株式併合に反対した株主らが、対象会社に対し、その保有する対象会社の株式を公正な価格で買い取るよう請求したが、その価格の決定に関する協議が整わなかったため、各事件の申立人が会社法第182条の5第2項 に基づき、価格の決定の申立てを行った事案である。
当該価格について、対象会社は、公開買付けの公開買付け価格である2300円を買取価格として主張したが、裁判所はかかる価格とは異なる価格を採用し、買取価格を2600円と定めた(東京地方裁判所令和5年3月23日 資料版商事法務No470 130頁)。
1.本決定の意義
本決定は、本件取引のように、公開買付け後に株式併合を行う場合において、公開買付者及びその関連会社が当該株式会社の株式の相当数を保有している等、相互に特別の資本関係がある会社間において公開買付けが行われるとしても、独立した特別委員会や専門家の意見を聴くなど意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられているなど、一般に公正と認められる手続により公開買付けが行われた場合には、特段の事情がない限り、株式併合に反対した株主からの株式買取請求にかかる買取価格である「公正な価格」を公開買付けにおける買付け等の価格と同額とするのが相当であるとして、JCOM事件(最高裁平成28年7月1日第一小法廷決定・民集70巻6号1445頁参照)の判断枠組みを採用しつつ、あてはめにおいて本件取引は上記の「公正と認められる手続きにより行われた」とは認められない旨判旨し、「公正な価格」を裁判所において算定することとした。
そのうえで、裁判所は、「公正な価格」の算定に当たって、ナカリセバ価格と、取引により対象会社に生ずるシナジー効果その他の企業価値の増加のうち株主が享受してしかるべき部分から構成される金額を算定することが相当であるとして、対象会社の市場株価及びこれに対する同種事例におけるプレミアムの平均値等、公開買付けにおける第三者算定機関の算定結果、特別委員会が、専門的助言に基づいて決定していた交渉方針を総合的に考慮し、公正な価格を2600円と算定した。
2.事実関係の概略
当事者
本件では、第1事件から第4事件までの4事件が併合されており、それぞれ、対象会社と買取請求を行った株主が当事者となっている。
時系列(概略)
~R1.9
伊藤忠は子会社も併せて対象会社の株式の50.1%を取得
R1.9上旬
伊藤忠において対象会社の非公開化の検討を開始
R2.2上旬
伊藤忠が対象会社に対し、非公開化に関する検討を開始したい旨の初期的打診
2.19
対象会社が特別委員会[1]を設置
2.25~7.8
特別委員会開催(27回)、対象会社と伊藤忠との交渉
7.8
特別委員会が対象会社に答申書を提出
伊藤忠取締役会において本件取引の実施を決議
さらに、伊藤忠は①本件公開買付け成立後速やかに、対象会社取締役に対し、対象会社株式の株式併合を行うことを付議議案に含む臨時株主総会の招集を請求するなどして、対象会社株式の発行済株式の全ての取得を目的とした手続を実施する予定であること、②株式併合により生ずる端数株式に対する金銭交付については、対象会社に対し、本件公開買付けに応募しなかった株主に交付される金銭の額が、本件公開買付価格に当該各株主が所有していた株式数を乗じた価格と同一となるよう設定した上で、裁判所に対して任意売却許可の申立てを行うよう要請する予定であることを公表
対象会社は公開買付けへの賛同意見を表明するとともに、公開買付けに応募するかは株主の判断にゆだねる旨を決議し、その旨発表
7.9~8.24
公開買付実施
公開買付期間 令和2年7月9日から同年8月24日まで(30営業日)
公開買付価格 普通株式1株につき2300円(以下「本件公開買付価格」という。)
買付予定数の上限 なし
買付予定数の下限 5011万4060株(所有割合9.90%)
公開買付けに対して、7901万7884株(所有割合15.61%、自己株式及び伊藤忠らが保有する株式を除く対象会社の株式数に占める割合31.29%)の応募
8.25
伊藤忠が、対象会社に対し、株式併合及びこれに伴う定款変更を付議議案とする臨時株主総会の招集を請求
10.22
対象会社は株主総会を開催、令和2年11月16日を効力発生日として、対象会社の普通株式2億5304万3334株を1株に併合する内容の株式併合を承認する旨の議案が、出席株主の有する議決権数の94.89%の賛成により承認可決
3.本件の争点(「公正な価格」)
本件では株式併合に反対した株主による株式買取請求に係る「公正な価格」が問題となった。
裁判所の判断枠組み
裁判所は、本件における「公正な価格」の判断枠組みについて、以下のとおり判示した。
「二段階取引によりシナジー効果その他の企業価値の増加が生じない場合には、反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は、原則として、当該株式買取請求がされた日における、二段階取引がされなければその株式が有したであろう価格をいうと解するのが相当であるが、それ以外の場合には、二段階取引後の企業価値は、二段階取引において予定されている公開買付け又は株式併合後の端数処理により株主に分配される価格(以下「株主分配価格」という。)により株主に分配されるものであることに照らすと、上記の「公正な価格」は、原則として、株主分配価格が公正なものであったならば当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格をいうものと解するのが相当である」(最高裁平成24年2月29日第二小法廷決定・民集66巻3号1784頁参照)。
「二段階取引における公開買付者及びその関連会社が当該株式会社の株式の相当数を保有している場合のように」「相互に特別の資本関係がある会社間においても、独立した特別委員会や専門家の意見を聴くなど意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられ、公開買付けに応募しなかった株主の保有する株式も公開買付けに係る買付け等の価格と同額で取得する旨が明示されているなど一般に公正と認められる手続により上記公開買付けが行われ」「た場合には、上記取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情がない限り、裁判所は、「公正な価格」を上記公開買付けにおける買付け等の価格と同額とするのが相当である」(JCOM事件 最高裁平成28年7月1日第一小法廷決定・民集70巻6号1445頁参照)。
「一般に公正と認められる手続により当該公開買付けが行われたと評価できないときは、原則として、仮に一般に公正と認められる手続により公開買付けが行われていたならば公開買付価格となったであろう金額(以下「公正買付価格」という。)を推定し、株主分配価格が公正なものであったならば当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格は」「特段の事情がない限り、公正買付価格と同額であるとするのが相当であると考えられる。」
本件公開買付けが一般に公正と認められる手続により行われたか否かについて
裁判所は、本件ではシナジーが生じる場合に該当するとしたうえで、上記判断基準に照らし、本件公開買い付けが公正と認められる手続きにより行われたかについて、概要以下のとおり判示してこれを否定した。
本件特別委員会がその役割を十分に果たしたといえるかについてみるに、本件特別委員会は、対象会社の意思決定過程が恣意的になることを排除するために設置され、対象会社の意思決定過程に影響を与え得る十分な権限を付与され、本件アドバイザーらからの専門的助言も受けられる状況にあり、実際、令和2年6月22日頃までは、本件アドバイザーらから本件新事業計画に対する対象会社と伊藤忠との見解の相違や公開買付価格と第三者評価機関の株式価値算定結果のレンジとの関係等について受けた専門的助言に基づいて、公開買付価格に係る提案を2800円とし、2500円を合意可能な水準ではないと明示した上で、伊藤忠が提案価格を引き上げられない場合は本件取引に係る協議を終了することを伝えるとの交渉方針を決定していたものである。
しかし、そうであったにもかかわらず、本件特別委員会は、同月25日以降、伊藤忠が、その会長の意向も踏まえた提案価格であるなどとして公開買付価格に係る提案を2300円から一向に引き上げず、むしろ非推奨意見であっても本件取引を実現する意向を示す中で、対象会社の経営陣(会長・社長)からも、非推奨意見で本件公開買付けを実施しても悪影響は生じないなどとして本件取引についての結論を早く出したい旨の意向が述べられると、上記交渉方針を十分な検討なく放棄し、非推奨意見であっても本件公開買付けを実施するという伊藤忠及び対象会社経営陣の意向を受入れ、その他の条件について交渉するとの方針へと大きく転換したものといえる。
その際、本件特別委員会は、自らの見解を変更する理由を示しておらず、また、本件公開買付価格(2300円)が、自身が選任した第三者算定機関のDCF方式による株式価値算定結果のレンジの下限(2472円)を下回るものであったにもかかわらず、一般株主にとって妥当な金額の範囲に収まっていると判断するに足りる合理的な根拠も示していない。
さらに、本件特別委員会は、公開買付価格以外の条件に関しても、本件アドバイザーらからの専門的助言に基づき3分の2条件の設定を求め、設定できない場合には本件公開買付けについて中立意見とするという方針を決定していたにもかかわらず、伊藤忠が本件下限条件から譲歩しないことを受けて、本件下限条件による本件公開買付けについて賛同意見を出すこととしたが、どのような検討を経て上記方針を変更し、賛同意見を出すこととしたのかは明らかではない。
これらの方針転換の経緯等に照らせば、本件特別委員会は、相互に特別の資本関係がある対象会社と伊藤忠から独立した立場から、対象会社の意思決定過程が恣意的になることを排除するための機関として、その役割を十分に果たしたものとは評価することができない。
本件公開買付価格についてみても、本件特別委員会が選任した財務アドバイザー兼第三者算定機関であるPwCのDCF方式による株式価値算定結果(本件答申書においても「不合理な点は認められず、信用できる」と判断されている。)のレンジの下限を下回るものであり、また、そのプレミアム水準は、類似事例と比べても低いものであった。
本件公開買付価格の決定に当たっては、対象会社と伊藤忠との間に本件新事業計画に対する見解に相違があったこと等により、公開買付価格に係る提案に開きがあったにもかかわらず、PwCの算定結果や類似事例におけるプレミアム水準等を材料とした交渉が奏功しないまま、非推奨意見、すなわち公開買付価格が一般株主に対して公開買付けへの応募を推奨することはできない水準である旨の意見であっても本件取引を実施することが優先された。
このような本件公開買付価格の水準及びその決定に至る経緯に照らせば、本件において、本件特別委員会自身の財務アドバイザー兼第三者算定機関であるPwCの専門的意見を十分に尊重し活用した上で一般株主にとってできる限り有利な取引条件の獲得に向けた検討・交渉を行うという手続は遂行されなかったものといわざるを得ない。
本件公開買付けに応募した株式数は、対象会社の発行済株式の総数の15.61%にとどまり、仮に本件公開買付けにMoM条件や3分の2条件が設定されていれば、本件公開買付けは成立していなかった水準であった。
以上からすれば、一般に公正と認められる手続により行われたものとはいうことができない。
株主分配価格が公正なものであったならば当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格は幾らかについて
裁判所は、上記のとおり、本件公開買付けが一般に公正と認められる手続きにより行われたかについて否定したうえで、公正買付価格について、概要、以下の旨を判示した。
ナカリセバ価格
本件においては、対象会社の市場株価について、意図的な価格操作が行われるなどして異常な価格形成がされたことはうかがわれないから、本件取引の公表時点において本件取引が行われることがなければ対象会社株式が有したであろう価格(本件ナカリセバ価格)の算定における基礎資料として市場株価を用いることに合理性がある。
他方で、令和2年1月に日本国内初の新型コロナウイルス感染症感染者が確認された後、同感染症の感染が拡大し、同年4月から同年5月にかけて緊急事態宣言が発令されるなどしていたことを勘案すると、対象会社の市場株価について、そのような社会的変動の中で投資家の思惑等を含む偶発的要素の影響を受けて刻々と変動していた面があることは否定できない。また、本件取引に係る本件特別委員会における検討の中でも、同年3月3日の会合において、同感染症の影響による市場株価の急落を希釈化することができるよう、公表前6か月間の市場株価平均値を基礎として交渉すべきではないかとの意見が出されていたことも認められる。そこで、本件ナカリセバ価格の算定の基礎資料としては、本件取引公表前日(同年7月7日)における対象会社の市場株価のみならず、同日から一定期間遡った期間における対象会社の市場株価平均値をも考慮すべきである。
増加価値分配部分
本件取引により対象会社に生ずるシナジー効果その他の企業価値の増加のうち株主が享受してしかるべき部分(本件増加価値分配部分)の算定方法については、裁判所の合理的な裁量により、対象会社の企業価値増加分のうち株主が享受してしかるべき部分として相当な金額を検討するよりほかはないとした。
結論
本件公正買付価格は〔1〕対象会社の市場株価及びこれに対する同種事例におけるプレミアムの平均値又は中央値、〔2〕対象会社選任の第三者算定機関であるML及び本件特別委員会選任の第三者算定機関であるPwCの対象会社株式価値の算定結果、〔3〕本件取引の交渉過程において本件特別委員会がML及びPwCからの専門的助言に基づいて決定していた交渉方針を総合的に考慮すれば、2600円と認めるのが相当である。
本決定の意義
手続きの公正性について
本決定は、JCOM事件以降、二段階買収取引に係る公正な価格について、手続の公正性を認めず、公開買付価格を採用しなかった初の事例とされており、先例としての価値を有する。本決定においては、手続きの公正性を判断するうえで、どのような事情が考慮されるのか、具体的な事実関係を提供するものである点に意義がある。なお、本記事では詳細は割愛したが、本決定では、特別委員会(全27回)の審理状況がかなり詳細に認定されている。
本決定は、特別委員会の方針が途中で転換した際の理由がはっきりとしないことや、特別委員会が選任したアドバイザーの株価算定結果を十分に活かした検討、交渉ができていたとは言えなかったことを指摘しており、特別委員会での検討内容や伊藤忠との交渉状況を実質的に見て手続きの公正性について判断している。
本決定は、手続きの公正性が問題となる事案においては、特別委員会の活動状況や判断過程が重要な事実となることを示唆している。当事者は特別委員会、取締役会の議事録や、構成員の陳述書等から、重要な事実をピックアップして主張することが重要となると考えられる。
価格の算定について
本決定は、手続きの公正性が否定された場合に、裁判所がどのように買取価格を算定するのか、その事例としての意義がある。
本決定は、市場株価及びこれに対する同種事例のプレミアム率、特別委員会及び対象会社が選任した第三者算定期間による株式価値の算定結果、本件の交渉過程において特別委員会が第三者機関からの専門的助言に基づいて決定した交渉方針を総合的に考慮して買取価格を決定した。今後も、手続きの公正性が否定され、公開買い付け価格をもって構成化価格とできない事案について、本決定のような総合考慮方式が主流となるか、今後の事例の集積が待たれる。
(なお、本件は抗告審に係属中である。)
以 上