TOB中の過年度修正(イオン・いなげやの事例)
(※本記事は、2023年12月14日配信のスパークル法律事務所ニュースvol.14の内容です。)
先日、イオンが大手食品スーパーであるいなげやに行った公開買付けにおいて、いなげやが決算修正をしたことにより、イオンが公開買付期間を延長することとなった事例がありました。監査人との関係など、興味深い事例であると思われたので、紹介いたします。
【1】背景
東京八王子地域を中心にスーパーマーケットを展開するいなげやは、スーパーマーケット事業の最大手であるイオングループに参画することに合意し(プレスリリース )、本年10月より、イオンによる公開買付けが開始されました。イオンが提出した公開買付届出書 によれば、イオンは、公開買付けによっていなげや株式の51%を取得し、いなげやを連結子会社としたうえで、来年11月を目途に、イオンのグループ会社(USMH社)の完全子会社となることにより経営統合を行う予定とのことです。
【2】公開買付期間延長と金商法の規定
本件公開買付けは、当初、公開買付期間を30営業日(法令上は20営業日以上、60営業日以内(金商法27条の2第2項、金商法施行令8条1項))に設定して開始されました。ところが、期間終了の1週間前(11月14日)になり、いなげやが過年度決算訂正のリリース を公表したため、同日、イオンも公開買付届出書の訂正届出書 を提出し、公開買付期間は11月29日(訂正届出書の提出日から10営業日を経過した日)まで延長されることになりました。
公開買付期間中に対象会社に何らかの事象が生じた場合であっても、すべての場合に対応が必要ということではありませんが、公開買付届出書に記載すべき事項に関し重要な事実が発生した場合は、訂正届出書の提出が必要となります(金商法27条の8第2項、他社株府令21条3項2号、株券等の公開買付けに関するQ&A 問2も参照)。訂正届出書を提出した場合は、公開買付期間を訂正届出書提出の日から起算して10営業日を経過した日まで延長しなければなりません(金商法27条の8第8項、他社株府令22条2項)。
公開買付けにおいて、継続開示会社である対象会社の有価証券報告書等は、公開買付届出書の記載事項となります(内閣府令2号様式 記載上の注意31、32 参照)。本件では、いなげやが過年度の有価証券報告書・四半期報告書の訂正報告書を提出し、その内容が損益状況を訂正するものであったことから、公開買付者であるイオンにおいて、公開買付届出書に記載すべき事項に関し重要な事実が発生した場合であると判断し、訂正届出書を提出したものと考えられます。ただし、公開買付価格の変更は行われませんでした。
本件公開買付けについては、本年11月30日に、予定どおり成立した旨の公開買付報告書 が提出されました。
【3】過年度決算訂正の経過について
いなげやのリリース によると、過年度決算の訂正は、2023年3月期に計上した繰延税金資産のうち一部に誤りがあったためにこれを取り崩し、法人税等調整額にて追加計上を行ったことによるものとのことです。
このリリースにおいて注目を集めたのは、いなげやが監査人である仰星監査法人とのやり取りに詳しく言及した点です。すなわち、いなげやは、監査法人が過年度に遡った取り崩しを一方的に要請してきたと主張し、決算の過程で繰延税金資産の取り崩しに関する取り扱いについて監査法人が異議なく了承していたことや、無限定適正意見を出していたこと等に触れつつ、監査法人が「誤謬を発見できなかったことに全面的に過失があったと謝罪するばかりで結論の変更は困難であるとの答弁を繰り返す事態に至った」とし、到底納得はできないものの、訂正することにしたとの不満を隠さない表現をしています。
【4】若干の考察
監査の大前提として、財務諸表の作成責任はあくまで経営者にあり、監査人の責任は独立の立場から当該財務諸表が会計基準に適合しているかを判断する点にあるという原則があります(二重責任の原則)。しかし、監査人の財務諸表に対する監査意見は会社にとって極めて重要であり、不適正意見や意見不表明になれば、上場を維持することは困難になります。その意味では、監査人は会社の運命を握るキーマンにもなり得ます。
本件は、そのような会社と監査人との関係を改めて想起させる事例です。公表されている経過が事実であれば、会社にとってやや酷な状況があったことも窺われますが、監査人は財務諸表の作成責任を負うものではないことから、法的な観点から監査人の過失というべきかについては議論の余地があるように思われます(本件ではおそらく一定の財務DDも実施されているはずですが、その過程でも発見されていません。)。また、いなげやの外部への発信手法についても、様々な意見があるものと思います。
公開買付けの進行中に予定外の事象が生じたことにより、公開買付者であるイオンは訂正届出書を提出し、公開買付期間を変更せざるを得なくなりました。このような場合、スケジュール変更による調整はもちろん、各種の届出書類の作成、関連する締結済みの各種契約上の対応など、数多くの論点が生じることになります。M&Aの進行中にこのような事態が発生した場合、関係者はその対応に追われることになり、本件でも、そのような舞台裏があったのではないかと思います。
報道では、監査法人の交代が今回の事件の遠因となっていることも指摘されています。近時は、会計士自体の人数は増えているものの、コーポレートガバナンスの進化に伴い、監査業務の要求水準が高まっていることから、監査法人の不足が深刻であるとも言われています。本件の出来事の背景には、そのような状況があることも窺われました。
当事務所では、M&A中に生じた突発事態への対応や、監査法人や監査の役割に関する案件も取り扱っております。何かお困り事がありましたら遠慮なくご相談ください。