事例紹介:スルガ銀行定時株主総会開催禁止等仮処分命令申立て事件(静岡地裁沼津支部令和4年6月27日決定)
(初出:2022/10/21)
文責:弁護士 津城 耕右
はじめに
新型コロナウイルス感染症の流行によって、感染防止の観点からいわゆる「三密」を回避することが推奨された。多数の人が密室に集合する株主総会もその例外ではなく、新型コロナウイルス感染症が流行するなかで、どのように株主総会を開催するか、検討された。
本記事で紹介するのは、新型コロナウイルス感染症の感染防止のために、株主総会に出席できる株主を事前登録制とし、事前登録した株主が定員を超えた際には抽選としたことの可否が問題となった事案である。新型コロナウイルス感染症の流行によって株主総会の開催方法の見直しが検討されたなか、その一つの手法の是非が問われた事案として意義を有するものといえ、本記事で紹介する。
1 事案の概要
スルガ銀行株式会社(以下「債務者会社」という。)は、令和4年6月、その株主に対して、定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)を開催することを通知したが、その際、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、健康状態にかかわらず、来場を控えて、郵送又はインターネットによる議決権の事前行使を検討すること、出席を希望する株主は事前に登録をして、事前登録の希望者が会場に設置する座席数を超える場合には事前登録者を抽選とする事前登録制とすること、事前登録をしなかった株主、抽選で当選しなかった株主及び入場の際に当選が確認できなかった株主は、会場に入場することができないことを併せて通知した。
債務者会社の株主は、本件株主総会に出席を希望する場合には、ウェブサイトから申込みを行い、メールにより抽選結果が通知される。抽選に外れた株主も、書面又はインターネットによる議決権の行使が可能である。なお、本件株主総会では、ウェブでの参加等の措置は設けられていないが、当選しなかった株主は、当選した株主の委任を受ければ代理出席が認められる。
本件株主総会において、事前登録制の抽選により出席できる株主の人数は、206名とされた。なお、本件株主総会の会場(以下「本件会場」という。債務者会社では、令和元年以降、毎年、本件会場で定時株主総会を開催している。)の収容人数は最大で1000名程度であるが、新型コロナウイルス感染症が流行した令和2年以降の定時株主総会では、出席した株主の座席間に間隔が設けられたため、本件会場に収容できる株主数が減少した。近年開催された株主総会において出席した株主数は、令和元年が556人、令和2年が183人、令和3年が248人である(なお、令和2年及び令和3年の定時株主総会では、出席する株主数が事前に制限されていなかったため、本件会場に収容できなかった株主は、開催会場と同じ建物にあるホールに収容されたが、令和3年には会場が満員のため3名の株主が入場できなかった。)。
債務者会社の株主のうち、303名の株主は、本件株主総会において、10個の議案(以下「本件提案」という。)の提案を行った(以下本件提案を行った株主らを「債権者ら」という。)。事前登録制による抽選の結果、債権者ら303名のうち83名が当選した。
債権者らは、以上の事実関係のもとで、株主総会への出席について事前登録制を採用することは、株主が株主総会に出席して、議題・議案に関する説明を求め、又は意見を陳述する機会や、株主提案の趣旨説明をする機会を不当に奪うものである旨主張して、主位的に、債務者会社に対し株主の総会参与権に基づく妨害排除請求権として本件株主総会の開催の差止めを求め(会社法360条の違法行為差止請求権に基づく申立ても行っているが、本稿では省略する。)、予備的に、債務者会社及び債務者会社の代表取締役(以下、債務者会社と債務者会社代表取締役とを併せて「債務者ら」という。)に対し総会参与権に基づく妨害排除請求権に基づき、本件株主総会に債権者らが出席して株主権を行使することを妨げてはならないこと(妨害禁止)を求めて仮処分命令の申立てを行った。
2 裁判所の判断
裁判所は、概要以下の通り述べて、債権者らの申立てをいずれも却下した。
⑴ 主位的申立てについて
⑵ 予備的申立てについて
3 本決定の意義と考察
本決定は、新型コロナウイルス流行下において、会社が株主総会に出席できる株主を、事前登録制と抽選によって選別する手法によって制限した事例において、そのような制限を適法と判断したことに意義があるものといえ、実務上参考になる決定例である。
もっとも、以下に述べるように、現在発行されている評価の中にも、留意点を述べるものがあり、検討を要すると思われる。
⑴ 総会参与権から株主総会の差し止め請求、妨害排除請求が導かれるか
債権者らは、主位的に、総会参与権に基づいて株主総会の開催差し止め、予備的に妨害排除を求めている。総会参与権とは、株主が株主総会に出席し、討議に参加し、質問をし、動議を提出し、決議に加わる権利のこととされている[1]。
本決定では、主位的申立てについて「株主の総会参与権に基づいて株主総会開催の差止請求権を観念することは困難であると言わざるを得ない」、予備的申立てについて「総会参与権は、会社に対して、希望する株主全員を株主総会に出席させなければならないとする権利であるとは認められない」とする。しかし、かかる記載は誤解を招く表現であることが否めないとする評価や[2]、最判昭和58年6月7日(民集37巻5号517頁)を踏まえると、総会参与権を軽んじているとの評価[3]もあり、さらなる評価や事案の集積が待たれる。
⑵ 事前登録制・抽選制の合理性について
本決定は、主位的申立て、予備的申立てのいずれにおいても事前登録制の採用は合理性を否定できないとしている。その理由として、①新型コロナウイルス感染症に感染する危険性を無視できる段階には至っていないこと、②経済産業省及び法務省が令和2年4月2日付けで作成した「株主総会運営に係るQ&A」[4]で、本件株主総会と同様の事前登録制を採用することが許容されていること、③過去の株主総会において飛沫感染等のリスクが懸念される状況が生じていたことを挙げている。
このうち、②の「株主総会運営に係るQ&A」に関しては、同Q&Aが入場人数を制限できるのは「やむを得ないと判断される場合」であると記載されていることから、「通信技術が発達している」現在においては、「沼津市内の多くの会場を結んで、株主総会を開催することは可能なのではないか」、債務者会社は「出席希望株主が206名をはるかに超えることを認識または合理的に予測している以上、それに応じた方策を講ずることが必要だったと考えられる」とする評価があり[5]、出席株主について事前登録制を採用する際の検討として参考になる。
また、予備的申立ての判断中では、「債権者らの約27パーセントが事前登録制の抽選に当選している上、抽選に外れた株主であっても、当選した株主から委任を受ければ本件株主総会に代理出席することができるから、当選した株主である債権者あるいは当選者から委任された株主である債権者において、本件提案の趣旨説明を行うことは十分に可能であ」るとして、債権者らは株主提案の趣旨説明の機会を失わないとしているが、債権者らのいずれも当選しなかった場合や、代理出席もできなかった場合については請求が認められる余地があるのか、なお検討を要すると思われる。
6 まとめ
本決定は、新型コロナウイルスの流行下において、感染防止対策という観点から、出席株主について事前登録制、抽選制を採用して開催された株主総会について、そのような開催の差し止めなどの申し立てを認めなかった事案として、株主総会実務において参考になる。その射程や、内容の適否に関しては、文中に引用した評論のほか、さらなる評価が待たれる。
[1]大隅健一郎、今井宏「会社法論中巻 第3版」46頁、江頭健次郎「株式会社法 第8版」350頁参照
[2] 「資料版商事法務」No.461 138頁
[3] 弥永真生「Jurist」No.1575 3頁
[4] https://www.meti.go.jp/covid-19/kabunushi_sokai_qa.html
[5] 弥永真生「Jurist」No.1575 3頁