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あなたは大丈夫ですか?話しを盛りすぎる自分に気をつけつけろ!

世の中には一定数妄想癖のある人がいる。むしろ、程度の差はあれども、ほとんどの人は自分のことを誇張したり、矮小したりして、フラットに自分をみることのできない生きものかもしれない。

子供の頃は相当荒れていた!なんで悪ぶる奴には人生でごまんと出会ってきた。その実は反抗期で親に口答えしたくらいのレベルの人も相当含まれる。

暴走族のリーダーをしていたと豪語する割には、全くの統率力のない元上司、実績を粉飾しまくり、採用したものの全く使えない元部下……

かくいう自分だって、話をもりすぎて後悔することは一度や二度ではない。むしろ油断をすればその傾向がある人間だと戒めている。

Xの投稿なんて、90%は妄想の世界だと思っていいだろう。盛りすぎの体験談や不幸自慢に始まり、全くの創作と実体験を混合している人で溢れている。

先日キングコングの西野亮廣さんがvoicyで語っていた話だが、自分が出演した全く記憶のないT V番組での発言をなじる内容がXに投稿された。その内容はとてもリアルで、実際にその番組を観たものとしての感想が詳細に書かれていた。

自分の記憶があやまっているのではないかと、過去に出演した番組や、発言を検証したがその事実は見当たらない。

よくよく調べると、2ちゃんねんるに架空話として、投稿されていたものがあった。おそらくXを投稿した人物は、その投稿を読んだ記憶か、誰かから聞いた記憶を自分の記憶として投稿したと推察される。

ここまで突き止めるのに費やした時間は一日半、フロードウエイでの舞台準備や、映画の制作に分刻みで仕事をする西野氏が仕事の手を止められた時間の損失は計り知れないものがあると憤慨されていた。

投稿者が悪意を持って意図的に発信されたのか、現実と架空の認識ができない人なのかはわからないが、その投稿に賛同して拡散する者もいて、架空の話はあたかも現実として広まっていく。とても怖い話だ。

こういった虚飾や妄想は、個人によってもたらされるばかりとは言えない。新聞やマスコミ報道も偏ったものや、考えられない創作を事実として報道することがある。左翼系の全国紙などはその最たるもので、特別な思想信条はないが危うさを感じる。

なかったものを証明するのは難しい、悪魔の証明と言われる所以である。

こういった場合、XやS N Sの存在は個人の意見や反論を正々堂々と語れる強力なツールとなる。従来は世論として確立されていたものが、それは総意でないと監視する役割も担っている。

僕らは自分の意志で自分を語る手段を手に入れた。そこで語る自分は嘘偽りのない自分でありたい。過去を盛ることなく、等身大の自分で生きてゆきたい、これは紛れもない本心である。


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