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六)非合理の哲学

非合理の哲学

越智は事業を継いだバブル最盛期にあっても、大型機械の導入をしなかった。その理由は前述したように、売り上げの約半分を占める別子飴の売れ行きが低迷し、消費者ニーズの変化を感じていたからであるが、会社として大きく成長できるチャンスを逃したのかもしれない。

しかし、大型機械を導入すれば、その商品を製造し続けなければならず、彼が感じていた時代の変化、消費者ニーズへの対応を阻害すると考えた。

それに加え、機械の導入により従業員を解雇することになる。それも彼が望むことではなかった。結局彼は、あえて従来通りの手作りによる製造を続け、その工程の中で、新たな商品開発にチャレンジする方針をとった。

みんなが走り出している中で止まる決断をすることは、かえって勇気がいることだ。経営者としての手腕がないようにも見える。


しかしバブルが崩壊すると、大型機械の導入に踏み切り合理化を進めた老舗食品メーカーが次々と店を閉めていった。機械導入による借入金の返済負担に加え、土地神話崩壊による地価の下落に伴い、担保価値が低下し、金融機関から追加担保を求められたのかもしれない。

バブル期に一気に成長戦略を取りそれに成功した企業の陰で、多くの倒産店舗が生まれた。


越智の言葉の中には、ともすれば後ろ向きでチャレンジ精神の欠如とさえ感じるものが含まれる。

「外国産の商品に価格競争では勝てない」
「中小企業は大手企業と同じ手法をとることは出来ない。狭いエリアの中で生き残るしかない」
「中小企業に大ヒット商品は生まれない」
というような言葉だ。

だが、彼のこうした言葉を注意深く聞けば、お客さまの声に耳を傾け、良い素材を使った良い商品であるという彼の自信と、何度も揺らぎそうになりながら、厳しい時期を乗り越えてきたという経験、さらには地域や社員に対する経営者としての思いを見ることが出来る。

それは、非合理の哲学とでも言うようなものだ。
あえて合理化しない、あえて古い手法にこだわる、あえて地域の狭いエリアにこだわる。

こうした考え方は、大手企業の開示された経営データを扱う研究者や専門家には理解しにくく、ましてそうした研究者などの書籍を元に学んだ学生からすればナンセンスと感じる人もいるのではないだろうか。しかし、ここに彼の経営哲学がある。

別子飴本舗の商品は、それまでの5種類から彼が経営し始めてから増え続け、現在では150種類にもおよぶ。その商品のほとんどを、伝統的な手作りで作っている。

「一時的な売り上げ増加は嬉しくない」
と越智は言う、それを作っているのは人だからだ。
人は大切な生産工程を担っている。

つまり、一時的に大量の商品を製造しようとすると、従業員を長時間働かせることになる。するとやがて体調を崩し、生産に影響を与えるようになる。

従業員にも無理をさせないことが、お客さまからの期待に応え続けるゆえんである。
「狭いエリアの中で生き残るしかない」
というのが彼の言葉ではあるが、意外にも別子飴本舗の商品は全体の約半分が、首都圏で消費されている。
また、全部手作りという生産方法は、小回りがもっとも可能な製造手段でもある。

従って、イベント用の小ロットの商品の製造や、味や品質の微妙な調整、例えばもうちょっと甘くとかもう少し硬くなどという対応にも応じやすい。

こうした小回りが効くことが、多くの商品開発を可能にしている。
地元の新居浜商業高校とのコラボ商品「白いもキャラもっち」は1994年に全国菓子大博覧会」において名誉会長賞(技術部門)を受賞した。


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