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映画『ファイト・クラブ』について

今日はぼくの大好きな映画『ファイト・クラブ』の考察コラムを書き綴っていこうと思う。

①ファイトクラブとはなにか?

ーファイト・クラブの7つのルール

1.ファイトクラブについて口にしてはならない。
2. ファイトクラブについて口にしてはならない。
3. ファイトは1対1。
4. 1度に1ファイト。
5. シャツと靴は脱いで闘う。
6. ファイトに時間制限はなし。
7. ファイトクラブに参加したものは、必ずファイトしなければならない。

「ファイト・クラブ」by チャック・パラニューク


あれ? これってどんぱち系のアクション映画なんじゃないの? イメージと違うわー。

本作「ファイト・クラブ」を観たことがある方なら一度は思ったことがあると思う。

むしろ陶犬瓦鶏みたいに憤りすら感じた者もいるだろう。

しかしながら絶賛している感想を散見していると近年になって評価が上がり、漢の映画として扱われるのも個人的には甚だ疑問である。

ファイト・クラブ=道徳の映画

僕個人の考えだとこれに尽きるからだ。

この人はなにを言ってんだ?ーうん、分かるよ、それはそう。

あんなバイオレンスかつ過激な描写がある映画のどこに道徳があるんだ? むしろ非人道的じゃぁねぇかぃ?

いや、まぁそうなんだけど、バイオレンス描写がある映画が必ずしも悪だとは思わない、あくまでもぼくはね。

映画版のほうは20回以上は観ているし、早川書房から再販された原作も5回は読んでいる個人的なバイブルかつ勝手な解釈に過ぎないのだが最後まで読んでいただけると幸いでございます。

ファイト・クラブは1999年に、我らのデヴィッド・フィンチャー大先生によって製作&公開された作品である。原作は1996年にチャック・パラニュークによってリリースされている。

主演は、エドワード・ノートン。共演者にはブラッド・ピットやヘレナ・ボナム=カーターがいる。

ストーリーは、不眠症を患っている心身が疲れ切っている主人公 "ジャック" 。とある日、出張先へ向かう飛行機の中で石鹸を売っているセールスマン タイラー・ダーデンと名乗る男が現れる。ジャックが出張先から家へと帰ろうとすると家が爆破されている。身寄りがないジャックは、出張先へ向かう機内で出会った男タイラー・ダーデンに助けを求めるのだった……。

……と、まぁ、始まりはざっくりと書くとこんな感じで映画の幕が上がる。

そして、その日バーから出たあとにジャックとタイラーが殴り合う。

夜な夜なそんなことをしていると人が集まって作ったのがファイトクラブなのだ。

ファイトクラブの最初と二つ目のルールには……

Do not talk about Fight Club
(ファイトクラブについて口にしてはならない)

……という同じルールが掲げられている。これには「ファイトクラブを他言してはいけない」という俺たちだけの世界を邪魔されるなという物理的な意味合いと、「主人公が二重人格者である」という精神面でのダブルミーニングがある。

つまりファイトクラブとは、自分たちの中にだけ存在しているものなのだ。実際のところ物理的なファイトがあったのかどうか、ファイトクラブ自体すらあったのかどうかは不明だ。なぜなら彼らにしか分からないのだから。

しかし、ここで疑問が浮かぶ。

では、タイラー・ダーデンが主人公であるジャックの前に現れたのはなぜか?

そこで次の話題「タイラー・ダーデンとはなんなのか?」について触れていく。

②タイラー・ダーデンというアイコン

ータイラー・ダーデンとは一体なんだったのか?

ファイトクラブの中で最も重要なキャラクターかつ、アイコンと言えばブラッド・ピットが演じているタイラー・ダーデンだ。

戦争や世界恐慌が終わりを迎えた現代のアンチテーゼ的存在であり、また男が憧れる漢こそタイラー・ダーデンという存在なのである。

しかし、誤解をしてほしくないのはファイトクラブは前述の通り所謂「漢の映画」のみのくくりではなく、ぼくが道徳の映画と解釈しているのは現代に生きる人たちへ向けた精神面での不安定さやモロさに対してタイラーが教鞭をとってることにあると思うのだ。

冒頭のシーンにあった主人公"ジャック"の口に銃口を突きつけているあのしょっぱなのシーンから「甘ったれたこといってんじゃねぇよ!!」と喝を入れられる。

ージャックとレイモンド

劇中、主人公ジャックとタイラーがコンビニを襲うシークエンスがある。

そこでは、裏に呼び出された店員の男レイモンドに対してタイラーは「お前の本当にやりたいことはなんだ?」と脳天に銃を突きつけて問う。

レイモンドは「動物の医師になりたいが、勉強はしていない」と言うと、タイラーは銃で頭をぶん殴り「今すぐ始めろ、やってなかったら家に乗り込む」とそんな感じのことを言う

主人公であるジャックも、以前はレイモンドと一緒だった。仕事はしていたが心身ともに疲弊し、考える力を失った先にやっていたことは大量に物を買うことである。

そう、ジャックとは我々なのだ。

そして、全てを変えるために現れたのがタイラー・ダーデンなのだ。

タイラーとは、僕たちの憧れであり、アイコンなのだ。

ー石鹸が象徴したものとは?

劇中、タイラーは石鹸について「消費主義と偽善に対する抵抗なんだ」と言っている。

タイラーが作る石鹸には、美容系クリニックの脂肪吸引によって出た廃棄される人間の脂肪が使われている。その脂肪吸引をやっているのはお金を持っている連中であり、タイラーは敢えてその脂肪を石鹸に加えて彼らに返しているのだ。

石鹸は体をキレイにするものだが、その中身はお前らの欺瞞も混ざってるんだぞ!とタイラーは訴えている。

タイラーが石鹸の起源について話しているシーンにも「上流で生贄の儀式が行われ、その灰が川に混じり灰汁になった。川で洗濯していてキレイになることから石鹸が生まれた」とそんなようなことを話しており、つまり石鹸は痛みや犠牲の上で成り立っている文明の発展というシニカルなものを象徴している。

後半部に差し掛かるとファイト・クラブはテロ行為をするが、あれの意図は全て資本主義社会というピラミッド構造からなるヒエラルキーと消費社会に対して警鐘を鳴らしたものなのだ。

60年代後半 ジョージ・A・ロメロの手によって映画化された「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」で生まれたゾンビが資本主義社会とベトナム戦争によって困窮するブルーワーカーにならざるを得なかった人たちへのメタファーとして描かれたように、このファイトクラブにおけるスペースモンキーたちもその役割を担っている。

劇中、タイラーが「俺たちは歴史における真ん中の子供たちだ。戦争もなければ恐慌もない。だがしかし魂の戦争している。俺たちはテレビによっていつかは金持ちやロックスター、映画スターになれると言われて育てられてきた。でも、おれたちはなれない。そのことに段々気付かされる。そして、そのことに今ブチギレてるんだ」というセリフにも窺えるようにテレビや広告によって欲しくないものを買わされる大量消費社会になっているんじゃねぇか!と問題提起をし、テロという武力行使に繋がってくるのだ。あのラストシーンの崩壊は、映画史上もっとも美しい瞬間を描いていると思う。

③スペースモンキーについて

ースペースモンキーとは一体なんのことなのか?

タイラーはファイトクラブに属する全ての人達のことを総称してスペースモンキーと呼んでいる。

Look at your hand. The first soap was made from the ashes of heroes. Like the first monkeys shot into space. Without pain, without sacrifice, we would have nothing!
(お前の手を見ろ。最初の石鹸は英雄によって作られた。最初に打ち上げられた猿みたいに。痛みや犠牲がなければ俺たちはなにも手に入らないぞ!)

by Tyler Durden

タイラーがジャックの手に大量の薬品をかけるシーンで登場するこのセリフ。英雄が犠牲となってできた石鹸、そして人類が宇宙に行くために犠牲となった最初の猿を思えば、お前の痛みなどクソみたいなもんだとタイラーは言及する。

初の有人宇宙飛行に成功したのは1961年4月12日の旧ソ連のガガーリンである。それ以前に霊長類を乗せた宇宙飛行が何度か行われている。大量消費社会に生まれた俺たちには物理的な痛みがない。しかし、人類を発展させてきたのは常に物理的な痛みや犠牲があってこそ成り立っている。ならば、その悪の根源を犠牲にすればいい……ということであのラストシーンがある。ビルを全て破壊するという行為に繋がってくる。

〜まとめ〜

主人公ジャックは当初、仕事や人生に辟易していて心身ともに疲れ切っている。趣味といえば大量にモノを購入すること。しかし、それでは満たされず不眠症が深刻化する。その後、医師から病気のセミナーに通うことをオススメされ、一時は眠れるようになったもののマーラ・シンガーという最悪な女が現れて不眠症に舞い戻る。そんな中現れたタイラー・ダーデン。彼はジャックとは正反対でボロい家に住んでいて、物には固執せず、自由に生きている。やがて、2人で始めた喧嘩はファイト・クラブを作り、拡大化、そしてタイラーの本当の目的が明らかとなる。この大量消費社会の崩壊とマーラ・シンガーの犠牲、これをスペースモンキーと共に成し遂げようとするが、ジャックが対抗して、見事にタイラーに勝利をするがタイラーはジャックが憧れてきて自分で作った存在である。以前のジャックはまともに物事を決められず、優柔不断な男。最終的には「自分の頭で考えて物事を決めろ」ってことなんだと思う。


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